第103話 猫人族メイド――初めての居場所
ダンジョンを後にした頃には、すっかり日が傾いていた。
俺たちはいつものようにタクシーでマンションへ戻る。
セリナは窓の外を静かに眺めていた。
流れる街並み。
夜でも明るい道路。
高層ビルの光。
表情は変わらない。
けれど。
尻尾だけは正直だった。
ぶわっ。
猫が驚いた時みたいに太く膨らんでいる。
「シンゴ様」
「ん?」
「先ほどから道沿いに光っているものは何でしょうか」
「街灯だな」
「街灯……」
真面目に頷く。
数分後。
マンションへ到着した。
入口へ近づく。
天井のカメラがこちらを向いた。
ピロン♪
【顔認証:OK】
自動ドアが開く。
「シンゴ様、これは?」
「顔認証」
「なるほど」
頷く。
だが尻尾はさらに膨らむ。
エントランスへ入る。
「お帰りなさいませ」
機械音声が響く。
「シンゴ様、これは?」
「音声案内」
「なるほど」
頷く。
だが尻尾はもっと膨らむ。
エレベーターへ乗る。
「15階へ参ります」
「シンゴ様、これは?」
「エレベーター」
「なるほど」
頷く。
尻尾は完全にモフモフだった。
「ふふふっ……」
ノエルが肩を震わせる。
「尻尾が正直すぎるのよ」
「にひひ♪」
クロエも笑う。
「驚いてる。驚いてる」
「そのようなことはございません」
即答するセリナ。
だが尻尾だけは嘘をつかなかった。
◆
部屋へ戻る。
最後に空いていた部屋の扉を開いた。
「ここだ」
ベッド。
机。
収納。
十分な広さがある。
「ここはセリナの部屋だから好きに使ってくれ」
セリナが固まった。
「……え」
珍しく反応が遅い。
「わたくしに部屋を?」
「そうだけど」
「そのようなお気遣いは不要でございます」
即答だった。
「大部屋の隅ででも寝させていただければ十分です」
思わず笑いそうになる。
ノエルなんて初日に勝手に一番広い部屋へ入り、
『ここ私の部屋!』
と言い切ったのだから。
真逆である。
「ここではみんな自分の部屋を持ってる」
俺は言った。
「ノエルも」
「当然!」
「フィーネも」
「……はい」
「クロエも」
「もちろん♪」
セリナを見る。
「だからセリナも同じだ」
少し沈黙があった。
セリナは部屋を見渡す。
窓を見る。
ベッドを見る。
そして小さく頭を下げた。
「……このような立派なお部屋までご用意いただき、感謝の言葉もございません」
少しだけ声が震えていた。
「大切に使わせていただきます」
尻尾だけが、嬉しそうに揺れていた。
◆
夕食の時間になった。
例によって冷凍食品だ。
レンジへハンバーグを入れる。
ピッ。
スタート。
一分後。
チーン。
完成。
セリナが固まった。
「シンゴ様」
「ん?」
「これは……魔法でしょうか」
「現代の魔法、冷凍食品だな」
「れいとう食品……」
さらにチャーハンを温める。
チーン。
完成。
「これは保存食でしょうか?」
「そうだな。家でないと調理できないが保存食だ」
セリナは真剣な顔でチャーハンを見つめていた。
◆
食卓へ並べる。
俺とノエルはビール。
クロエは赤ワイン。
フィーネは麦茶。
セリナは遠慮がちに言った。
「わたくしは水で十分でございます」
するとフィーネが小さく手を挙げる。
「……セリナさん」
「はい」
「わたしと同じ麦茶はどうでしょうか……美味しいですよ」
ナイスだフィーネ。
「では……頂いてみます」
コップへ注ぐ。
そして乾杯。
「それじゃあ新しい仲間に」
「かんぱーい!」
セリナも少し遅れて、
「か、かんぱい……でございます」
皆で笑った。
そして食事。
セリナがハンバーグを一口食べる。
固まった。
チャーハンを食べる。
また固まった。
「……保存食で、ここまで美味しい物が作れるのですか」
本気で驚いている。
だが次の瞬間。
その瞳に火が灯った。
「負けていられません」
「ん?」
「シンゴ様!」
急に身を乗り出す。
「わたくし、以前のパーティでは料理担当として鍛えられておりました!」
「へぇ」
「ぜひ一度、お召し上がりくださいませ!」
俺は笑う。
「それは楽しみだな」
「食べたーい!」
ノエルが即答。
「クロエもー!」
クロエも手を挙げる。
セリナは少し照れながらも嬉しそうだった。
◆
翌日。
俺たちはダンジョン協会へ向かった。
目的はセリナの保護申請だ。
自動扉を抜けた瞬間。
空気がざわついた。
「おいおい……またシンゴか」
「次は獣人のメイドだぞ」
「どうなってるんだあのパーティ」
「可愛すぎるだろ」
まあ、そうなる。
天使。
エルフ。
ダークエルフ。
そこへ猫人族メイドだ。
目立たない方がおかしい。
クロエはそんな視線を受けても楽しそうだった。
「セリナ♪みんなセリナをみてるよ!いいな!いいな」と言って、にひひと笑う
「そんな……何かの間違いでは」
セリナは首を傾げる。
「先ほどからシンゴ様のお名前ばかり聞こえておりますので」
自分じゃなくて俺が見られていると思っているらしい。
「さすがはシンゴ様。ご高名でいらっしゃいます」
ノエルが肩を組んできた。
「ふふん♪」
そのままセリナの肩にも腕を回す。
「なんだかんだ良いパーティに来たと思うわよ」
「毎日が楽しく過ぎていくわ」
「そうね♪幸運だと思うわ!クロエたち♪」
セリナは小さく微笑んだ。
少し照れくさい。
◆
番号札を取る。
呼ばれる。
個室へ入る。
予想はしていた。
やっぱり同じ担当だった。
ノエルの時。
フィーネの時。
クロエの時。
そして今回も。
担当女性が苦笑する。
「また異世界人の保護申請でお間違いないでしょうか」
「はい……すいません」
「もう顔なじみよねね」
ノエルが楽しそうに笑う。
手続きは滞りなく終わった。
そして。
セリナの保護登録が完了した。
「これで保護申請は終わりだ」
俺は言う。
「セリナは正式にうちにいて問題ない」
そして小さく続けた。
「……よろしくな」
セリナは胸の前で両手を重ねる。
静かに一歩下がる。
そして深く頭を下げた。
「身に余るご厚意を賜り、心より感謝申し上げます」
顔を上げる。
いつもの落ち着いた表情。
だが尻尾だけは隠せない。
ゆっくり。
左右へ揺れていた。
「固い!」
ノエルが叫ぶ。
「硬すぎるわ!」
そしてセリナの肩を抱く。
「ここでは誰もが自分を大事にしていいの!」
お前はもう少し遠慮して欲しいんだが。。。
◆
保護申請を終えた帰り道。
セリナは何度も、首から胸元へ手を当てていた。
もう首輪はない。
命令も聞こえない。
「防げ」
「止めろ」
「前へ出ろ」
そんな声も聞こえない。
代わりに聞こえるのは――
「今日のセリナの晩ご飯楽しみ!」
「……わたしもです」
「セリナも一緒に呑もう♪」
騒がしい仲間たちの声だった。
セリナは少しだけ目を細める。
そして、小さく呟いた。
「……賑やかでございますね」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
けれど、その尻尾は嬉しそうにゆっくり揺れていた。
もう奴隷ではない。
もう命令だけで動く盾でもない。
猫人族の守護盾セリナ・フェリス。
新しい仲間の生活が、今日から始まるのだった。
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