第102話 奴隷卒業――猫人族の守護盾が仲間になった
ノエルのおかげで、何とか足がくっついた。
まだ少し違和感は残る。
だが、立てる。
歩ける。
それだけで十分だった。
「……シンゴさん、良かったです……!」
フィーネが半分泣きながら、俺の手をぎゅっと握ってくる。
耳もぺたんと寝ていた。
本気で心配してくれていたらしい。
「お兄ちゃん! 良かったね♪」
今度はクロエが勢いよく飛びついてきた。
どーん、と胸からぶつかってくる。
「ぐえっ」
「生きてる生きてる♪」
「今くっついたばかりなんだが!?」
クロエがけらけら笑う。
その横で、ノエルが腕組みした。
「ふふん。この天才天使に感謝しなさいよ」
「してるしてる」
「感謝の証は大吟醸でいいわね」
「分かった。分かった」
「よろしい」
いつもの調子だった。
さっきまで死にかけていたのに。
こういう空気に戻れるのは、正直ありがたい。
そんなやり取りを見ていたセリナが、静かに前へ出てきた。
そして。
俺の前で膝をついた。
深々と頭を下げる。
「シンゴ様」
その声は真剣だった。
「どうか、わたくしの主人になっていただけないでしょうか」
「……ん?」
思考が止まった。
主人?
◆
セリナは顔を上げないまま続ける。
「先ほど、壁へ叩きつけられそうになったわたくしを、自らのお身体を盾として受け止めてくださいました」
静かな声だった。
「さらに、わたくしのような者へ『ありがとう』というお言葉まで賜りました」
肩が小さく震える。
「そのようなお言葉を頂いたこと、生涯一度もございません」
俺たちは黙って聞いていた。
「身命を賭してお救いいただき、心までも救っていただきました」
セリナは頭をさらに下げる。
「どうか、このセリナ・フェリスに、生涯の忠誠を捧げさせてくださいませ」
何というか。
献身的というか。
不遇というか。
そんな言葉しか浮かばなかった。
俺はセリナの前にしゃがみ込む。
目線を合わせる。
「主人は勘弁してくれ」
セリナが固まった。
「でも、仲間なら喜んで」
そして笑う。
「むしろ、こっちからお願いしたい」
「……なかま?」
信じられないものを見る顔だった。
「でも、わたくし獣人ですよ?」
「関係ありません」
「物心ついた時から、ずっと奴隷でした」
「これからは違います」
俺は首を振る。
「たぶん、あの首輪で縛られていたんですよね」
「……」
「その首輪はもうない」
セリナは首元を押さえた。
「今のあなたは自由だ」
俺ははっきり言う。
「奴隷じゃない」
「しかし……」
言葉が続かない。
その時だった。
「もー! 硬い硬い硬い!」
ノエルが後ろから飛びついた。
「ひゃっ!?」
セリナが悲鳴を上げる。
「硬すぎるのよ! そんなの気にしなくていいの!」
ノエルは肩を組む。
「そのシンゴさん、こう見えて結構お金持ってるんだから♪」
「余計な情報を足すな」
「事実でしょ?」
まあ事実だが。
クロエも笑いながら近づいてくる。
「いいじゃん♪」
ぽんぽんとセリナの肩を叩く。
「魔法使いとしては、タンクが仲間になるの超嬉しいし」
フィーネもこくこく頷いた。
「……いいと思います」
セリナが困ったように周囲を見渡す。
こんな風に受け入れられるとは思っていなかったのだろう。
その時だった。
「セリナ」
低い声が響く。
全員の空気が変わった。
勇者レオンだった。
「帰るぞ」
その言葉だけで、セリナの身体がびくりと震えた。
俺は一歩前へ出る。
「少し待ってください」
レオンが眉をひそめる。
「セリナさんは、俺たちの仲間になりたいと言っています」
「仲間?」
レオンが鼻で笑う。
「そいつはこの勇者レオンの奴隷だ。俺の言うとおりにするんだ!」
空気が冷えた。
「勝手なことを言うな!」
俺は肩をすくめる。
「ここの世界には奴隷はいません。誰もが自分で何をするのかを決める自由があります」
「何だと」
レオンの顔が変わった。
「セリナさんも同じです」
俺は続ける。
「この世界に来た時点で、セリナさんも一人の個人として自由を手に入れています。誰もそれを邪魔することも阻害することもでないのです」
「しかし……!」
「先ほどまで魔法の首輪で無理やり従属させていた様子です。そんなことはこの世界では許されません。しかも、その首輪も先の戦闘で無くなった様子です。もう誰も彼女を縛ることはできませんし、させません」
俺はセリナを見る。
レオンの拳が震えた。
「セリナにはいくら使ったと思っている!」
「関係ありません」
即答した。
「彼女は自由です」
「貴様……!」
「しかも本人は仲間になりたいと言ってくれている」
俺は言い切る。
「当然、歓迎します」
レオンの顔がみるみる赤くなっていく。
「誰であろうと、仲間に危害を加えるものを俺は容赦しません。全力で守ります」
「きさま!」
「それに」
俺は少し首を傾げた。
「それにあなたは、セント・リバイス王国にて、光の加護を受けし勇者だそうですね」
レオンが胸を張る。
「そうだ!俺は勇者だ!誰もが俺に敬服する!」
「そのような勇者が、国ではなく、一人の少女を幸せにできないはずはないと思います」
レオンの表情が固まった。
「勇者なんですから」
言い返せない。
そんな顔だった。
悔しそうに歯を食いしばる。
拳が震える。
だが、反論の言葉は出てこない。
「セリナ!」
最後に叫ぶ。
「後悔することになるぞ! 光の勇者から離れれば加護も失う!」
セリナは静かに首を傾げた。
「加護を受けた記憶はございません」
レオンの顔が引きつる。
「ですが」
セリナは俺を見る。
「生涯を懸けたいと思える方と出会えたことこそ、最大の加護かもしれません」
「忠誠じゃなくて仲間な」
俺は訂正した。
セリナが少し困った顔をする。
レオンは黙り込んだ。
本気で迷っているようだった。
ここで強引に連れ帰れば、こちらと戦うことになる。
だが、セリナはもう従わない。
しばらくして。
「……よかろう」
レオンが吐き捨てる。
「あの獣人は好きにしろ!」
振り返る。
「ヴィオラ! カゲツ!」
賢者と忍者が近づく。
二人はこちらをちらりと見た。
ヴィオラは何か言いたそうだった。
カゲツは無言だった。
「帰るぞ」
レオンは吐き捨てる。
「こんな忌々しい場所はこりごりだ」
三人は白い亀裂へ向かう。
光の裂け目。
異世界へ続く門。
そして、その中へ消えていった。
最後に光が揺れる。
白い亀裂が細くなっていく。
やがて一本の線になり――
静かに閉じた。
完全な沈黙が訪れる。
勇者パーティは去った。
◆
セリナの目から流れる涙は、しばらく止まらなかった。
ノエルは慌てる。
クロエは困ったように笑う。
フィーネはそっとハンカチを差し出した。
そして俺は、そんな仲間たちを見て思う。
気が付けば、また一人増えていた。
天使がいて。
エルフがいて。
ダークエルフがいて。
そして今度は、猫人族の守護盾だ。
「……賑やかになりそうだな」
そう呟くと、セリナは涙を拭いながら小さく笑った。
その笑顔は、きっとこれまでで一番自由な笑顔だった。
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