第101話 足、拾ってきたわ!――勇者パーティの視線
セリナが、涙を流していた。
大粒の涙が頬を伝い、ぽろぽろと落ちていく。
初めて受けた感謝の言葉を、どう受け止めればいいのか分からない。
そんな顔だった。
俺は何か声をかけようとした。
だが、その前に。
「シンゴさん! 朗報よ!」
緊張感のない声が、黒い空間に響いた。
ノエルが走って戻ってくる。
息を切らしながらも、妙に明るい顔をしている。
その手に、見覚えのあるものを持っていた。
いや。
見覚えがありすぎる。
「足、拾ってきたわ!」
「言い方」
思わず即答した。
ノエルは真顔で俺の前へしゃがみ込む。
「言い方を選んでる時間ないのよ! これ、シンゴさんのでしょ!」
「俺のだけど!」
「じゃあ持って! くっつけるから!」
「そんなスマホの充電ケーブルみたいに言うな!」
場違いなやり取りだった。
魔皇公を討った直後。
みんな傷だらけで、セリナは泣いていて、俺は左足がない。
そんな状況なのに、ノエルだけがいつもの調子に見えた。
だが、次の瞬間。
ノエルの顔から、ふざけた色が消えた。
「いい? 冗談抜きで言うわ。まだ間に合う。でも、少しでもズレたら戻らない」
その声は、いつもの軽さを残していなかった。
「フィーネ、魔力の流れを見て。クロエ、近づくもの全部焼いて」
「……はい……!」
「了解。邪魔するやつがいたら燃やすね」
フィーネが俺の左足の断面と、ノエルが持ってきた足を見る。
クロエはロッドを構え、周囲へ視線を走らせた。
ノエルが俺を見る。
「ここからは、治療じゃない。接合作業よ」
「分かった」
俺は息を吐いた。
ノエルが拾ってきた左足を、俺の膝下へ合わせる。
正直、自分の足を自分で持つという状況は、かなり精神にくるものがあった。
だが、そんなことを言っている場合じゃない。
俺は震える手で、左足を支えた。
フィーネがすぐ横に膝をつく。
その瞳が淡く光る。
《魔力干渉視覚》。
彼女には、肉体の奥を流れる魔力の筋が見えている。
「……もう少しだけ右です……」
「こうか?」
「……少し戻してください……そうです……」
ノエルが断面に両手をかざす。
白い光が集まり始めた。
「フィーネ、神経と魔力の流れは?」
「……まだ少しズレています……もう少し時計回りで……」
「時計回りって、足をか!?」
「……はい……少しだけです……」
俺は歯を食いしばりながら、足の角度を調整する。
自分の身体なのに、自分の身体じゃないみたいだった。
「……そう……そこです……!」
フィーネの声が少しだけ強くなった。
ノエルが頷く。
「その位置で固定。絶対に動かさないで」
「分かった」
「痛いわよ」
「今さらだろ」
「そういう強がり、あとで後悔するわよ」
ノエルが小さく息を吸う。
そして、呪文を唱えた。
「離れし肉よ、元の座へ。命の流れを再び結べ」
白い光が、断面へ集中する。
「《神肢接合・リインテグレイト》!」
その瞬間、左足の切断面が熱を持った。
いや、熱いだけじゃない。
何かが、内側から伸びる。
細い糸のようなものが、肉の奥から伸びていく感覚。
血管。
神経。
筋肉。
魔力の流れ。
それらが一本一本、強引に探り合い、噛み合い、繋がっていく。
切断面から淡い光がにじみ、細胞が芽吹くように伸びていった。
欠けた肉が閉じる。
焼けた部分が剥がれる。
骨が噛み合う。
そして、神経が繋がった瞬間。
「痛い痛い痛い痛い!」
思わず叫んだ。
痛みが、直接脳に刺さった。
虫歯の治療で神経に触れられた時の、あの嫌な痛み。
それを何十倍にもして、左足全部に流し込まれたような感覚だった。
「ガマン。ガマン。くっつけるためよ」
ノエルが真剣な顔で言う。
「分かってるけど痛いものは痛い!」
「叫べるなら大丈夫!」
「それは大丈夫の判定なのか!?」
「少なくとも意識はある!」
「雑!」
足の中で、何かがまた繋がった。
「ぐっ……!」
痛い。
だが、感覚が戻っている。
痛いということは、繋がっているということでもある。
そう思うしかなかった。
◆
三分後。
体感では、十数分は経っていた。
ようやくノエルが手を離す。
「終わり」
俺は恐る恐る、自分の左足を見た。
あった。
膝から下が、ちゃんとある。
焼け焦げていた断面は塞がり、肌も元に戻っている。
もちろん、まだ感覚は変だ。
じんじんする。
細かい痺れもある。
でも、足は繋がっていた。
俺は大きく息を吐いた。
「助かった……」
本当に、心の底からそう思った。
ノエルは腰に手を当て、少しだけ怒った顔をする。
「あんまり無茶しないでよ。さすがに首が切断されてたら、ひとたまりもなかったんだからね」
「確かに」
それは笑えない。
ここはノエルに感謝しかない。
「今後は気をつけるよ。ありがとう、ノエル」
ノエルは一瞬だけ目を丸くしたあと、ふふんと胸を張った。
「分かればいいのよ。天才天使に感謝しなさい」
「してる」
「よし」
そんなやり取りをしていると、津詰さんがこちらへ歩いてきた。
まだ足取りは重い。
だが、立っている。
その後ろには副長さん、守田さん、甲斐さん、山崎さん、三好さんもいた。
津詰さんは俺たちの前で足を止めると、深く頭を下げた。
「今回も君たちに助けられた。感謝する」
「いえ、こちらこそ助けられました」
俺が答えると、津詰さんは首を横に振った。
「それだけではない」
そして、津詰さんはセリナの方を向いた。
セリナはまだ涙の跡を残したまま、戸惑ったように立っていた。
津詰さんは、そのセリナへ向かって、深々と頭を下げる。
「セリナさん」
「は、はい」
「君のおかげで、私を含め、ここにいる全員の命が助かった。ありがとう」
セリナの耳が、ぴくりと震えた。
「いえ。そんな……」
声が細い。
どうして礼を言われているのか、まだ分かっていないようだった。
けれど、さっきよりも少しだけ、表情が揺れていた。
胸の前で両手を重ね、どうすればいいのか分からないように視線を落としている。
気がつくと、勇者パーティも回復を終えていた。
レオンが立っている。
ヴィオラも、黒装束の忍者も、その背後に控えている。
三人は、こちらをじっと見ていた。
特にレオンの視線は、俺ではなく、セリナに向いている。
冷たい。
さっきまでの戦闘の熱とは違う、別の冷たさだった。
セリナの肩が、小さく震える。
俺は、繋がったばかりの左足に力を入れた。
まだ痛む。
まだ不安定だ。
それでも、立てる。
魔皇公は倒した。
けれど。
どうやら、まだ終わっていないらしい。
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