第10話 銀座で換金――無職の口座に“億”が着弾した
結局、ほとんど眠れなかった。
目を閉じると、鑑定結果の数字が浮かぶ。
一億五千三百五十万円。
……の下に、鑑定不能、鑑定不能。
「無理だろ、寝れるか……」
朝になって、ようやく布団から起き上がった。
洗面所で顔を洗って、鏡を見る。
目の下にクマ。髪ボサボサ。パーカー。
いつもの俺だ。
いつもの俺のまま――今日は銀座へ行く。
魔石の換金と、鎧と剣の鑑定。
やることが急に“人生イベント”になりすぎてる。
「よし……持ち物チェック」
免許証。マイナンバーカード。印鑑。通帳。
念のため全部持ってく。
リュックには魔石二つ。
鎧と剣はタオルでぐるぐる巻きにして入れた。
……盗られたら終わる。
いや、そもそも持ち歩くのが怖い。
それでも、家に置いておくほうがもっと怖い。
「……まあ、なんとかなるか」
口に出すと、少しだけ落ち着いた。
銀座。
平日午前なのに、人の歩く速度が速い。
みんな、服も靴も、俺より“正解”を着てる。
俺だけ、パーカーにリュック。
「場違いすぎるだろ……」
ダンジョン協会アプリで見つけた“特約店”。
でかいビル。ガラス。ピカピカ。二十階くらいある。
入口の回転扉に吸い込まれながら、俺は一回深呼吸した。
「……よし。行け、シンゴ」
自分に言い聞かせて、受付へ。
黒いスーツの女性が、笑顔で言った。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「えっと……魔石の、換金を……」
一瞬、空気が止まった気がした。
俺の格好とリュックを見て、
“あ、はいはい”みたいな丁寧さに切り替わる――その寸前。
リュックの中身が、カツン、と鳴った。
俺の心臓も同じ音を立てた。
「……あの、少しだけ確認してもいいですか?」
「はい」
タオルの隙間から、青い光が漏れる。
その瞬間だった。
女性の表情が、変わった。
「……失礼いたしました。こちらへ」
声の温度が一段上がる。
案内のスピードが速い。
エレベーターのボタンを押す指がやたら優しい。
「……え、俺、何? VIP?」
いや違う。リュックがVIP。
通されたのは、ホテルみたいな応接室だった。
革のソファ。ガラスのテーブル。水のグラス。
俺の格好、また浮く。
「しばらくお待ちください。店長が参ります」
「て、店長……」
俺、鑑定と魔石売りに来ただけなんだけど。
数分後。
ドアが開いて、落ち着いた雰囲気の男性が入ってきた。
「はじめまして。店長の山崎と申します」
名刺を差し出される。
「本日は魔石のお持ち込みとのことで……差し支えなければ、入手経路だけ確認させてください。規定でして」
入手経路。
……そうだよな。
いきなり億の石を持ち込んだら、聞かれるに決まってる。
俺はスマホを出して言った。
「えっと、配信してまして……それが……」
山崎店長の眉が、ぴくっと動いた。
「配信、ですか」
「はい。昨日、浅草の――初心者向けのアトラクションダンジョンで……」
言いながら自分で思う。
初心者向けのはずなのに、俺、ドラゴン倒してるんだよな。
「こちらです」
俺は録画と、切り抜きのリンクを見せた。
山崎店長が画面を見る。
真顔で数秒。
そして、息を飲む。
「……失礼ですが」
顔を上げて、確認するみたいに言った。
「配信者名、『シンゴ』さん……ですよね」
「え、はい。……俺です」
山崎店長が、すっと姿勢を正した。
「大変失礼いたしました。先ほど入口の対応も含め、こちらの不手際です」
「い、いえ! 全然! 俺、パーカーだし!」
言い訳になってない言い訳をしてしまう。
山崎店長は苦笑しつつ、すぐ業務の顔に戻った。
「……なるほど。映像もありますし、正規の討伐・取得と判断できます。では改めて、正式鑑定に入らせてください」
「お願いします」
テーブルの上に魔石を置く。
青い光が、部屋の空気を変えた。
機械が運ばれてくる。
手袋。測定器。純度計。重量計。
ゴト、カチ、ピッ――。
数字が出るたびに、俺の胃がキュッと縮む。
山崎店長が頷いた。
「リンゴサイズのほう、純度98.5%ですね。非常に高い」
「98.5……」
「簡易鑑定より上振れます。こちらは――」
電卓を叩く音。
「……一千五百万円でお引き取り可能です」
「……せん……ごひゃく……」
言葉が追いつかない。
続けてメロンサイズ。
台に置いた瞬間、スタッフが一瞬だけ目を見開いた。
山崎店長は平静を装って、でも声の芯が強い。
「こちらも同じく純度98.5%。重量が……」
数字が出る。
「……二千三百グラム。はい。では――」
電卓。
「一点、一億八千四百二十万円になります」
「……え」
俺、今、何て聞いた?
「え、いち……え?」
山崎店長が、はっきり言い直してくれる。
「一億八千四百二十万円です。合計で――一億九千九百二十万円」
「……」
頭の中で、ゼロが渋滞した。
「……それ、現金ですか?」
口が勝手に聞いた。
山崎店長が笑った。
「さすがに当店でも現金はおすすめしません。銀行振込にいたしましょう」
「お願いします……!」
手が震える。声も震える。
通帳を出すと、山崎店長が一瞬だけ目を丸くした。
「通帳まで……準備が完璧ですね」
「免許証とマイナンバーと印鑑もあります」
「完璧です」
褒められるところ、そこじゃない。
手続きをして、書類にサインして、本人確認をして。
俺は応接室で待たされた。
水を一口飲む。
冷たい。
なのに、口の中が乾く。
「……ほんとに入るのか?」
数十分後。
山崎店長が戻ってきた。
「お振込み、完了しております。こちら、控えです」
俺は震える指でスマホの銀行アプリを開いた。
残高。
表示された桁を見て――固まった。
「……え」
ゼロが多い。
普段なら“なんだこのバグ”って笑うやつだ。
でも、バグじゃない。
俺の口座だ。
俺の名前だ。
俺の残高だ。
「……うそだろ」
声が掠れた。
山崎店長が、静かに言った。
「現実です。……改めて、おめでとうございます」
「……」
おめでとうで片付けていい出来事じゃない。
俺は通帳を握りしめたまま、しばらく動けなかった。
そして、ようやく。
息を吐いた。
「……ふぅ……」
昨日まで契約社員。
今日、口座に億。
人生のリセットって、こういうこと?
いや、リセットどころかニューゲームの難易度おかしい。
山崎店長が、穏やかに続ける。
「……それで。もう一点お持ち込みがあると伺いました。鎧と、剣でしたか」
俺のリュックが、急に重く感じた。
鑑定不能の二つ。
俺は頷いて、タオルに包んだままのそれを見下ろした。
「はい……これも、お願いします」
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