EP 4
「こんな脂っこいメシ食えるか!」 オカンのまかない飯とソフトパワーの敗北
ルナミス帝国が誇る最高級戦闘糧食『RCIR型』。
極上のバターと肉の脂が溶け合う暴力的なまでの香りに、リリスとリーザは完全に魅了され、ヨダレを拭うことすら忘れていた。
「さあ、冷めないうちにどうぞ。これが帝国に下った者に約束される『日常』です」
オルウェル内務卿は、勝利を確信した笑みを浮かべた。
この圧倒的な美食による文化侵略の前に、抗える人間など存在しない。
だが、俺は差し出されたスプーンを受け取らず、眉間に深いシワを寄せていた。
「……おい、アンタ。まさかこれを『毎日』食わせる気か?」
「ええ。帝国の上級将校と同じ、最高の――」
「馬鹿野郎! こんな脂っこいモン毎日食ってたら、一週間で胃もたれするだろうが!!」
「…………は?」
オルウェルの口から、間の抜けた声が漏れた。
「見ろ、このギトギトに浮いた脂! テリーヌに大量のバター! おまけに味が濃すぎる! たまのご馳走ならいいが、日常食でこんなに塩分とコレステロールを過剰摂取したら、高血圧で血管が詰まるぞ! 帝国の将校は全員、生活習慣病の予備軍か!」
「なっ……せいかつ、しゅうかん……?」
「だいたい、野菜が圧倒的に足りてない! 健康の基本は一汁三菜だ。……悪いが、そんな胃腸を痛めつけるようなメシで、俺たちを買収できると思わないことだな」
俺はRCIR型のパウチをスッと脇に押しやり、厨房の奥からお盆を運んできた。
「リリス、リーザ。まかないができたぞ」
「「わぁぁぁぁぁっ!!」」
お盆に乗っていたのは、ほかほかに湯気を立てる『サンライス(米麦草)の塩むすび』と、ポポロ村で採れた『月見大根と肉椎茸の味噌汁』、そして自家製の『浅漬け』。
見た目は極めて質素だ。だが、その香りは――。
「んん〜っ! お出汁のいい匂いがしますぅ!」
「五臓六腑に染み渡りますわ……! わたくしめ、やっぱり社長のご飯が世界で一番ですわ!」
つい数秒前までRCIR型に釘付けだったヒロイン二人が、帝国最高のフレンチを完全スルーし、塩むすびと味噌汁に夢中でかぶりつき始めたのだ。
「馬鹿な……。ただの塩草と、安物の根菜のスープだぞ!? それが、国家予算を投じたRCIR型に勝るというのか……!」
オルウェルは、己の『文化侵略』が、得体の知れない田舎料理に敗北した事実が信じられず、ワナワナと震えた。
「アンタもどうだ? 顔色が悪いぞ。デスクワークばっかりで、胃腸が荒れてるんじゃないか」
「……私を、愚弄する気か」
「いいから一口食ってみろ。温かいうちにな」
俺が半ば強引に、オルウェルの手に味噌汁のお椀を握らせた。
彼は忌々しそうに顔をしかめたが、内務卿としての「敵の戦力を分析する」という本能から、一口だけ汁を啜った。
「ッ……!?」
その瞬間。
オルウェル・40歳の、激務とストレスで荒れ果てた胃壁に。
肉椎茸の深い旨味と、月見大根のホクホクとした甘み、そして五臓六腑をじんわりと温める優しい出汁の風味が、優しく、あまりにも優しく染み渡っていった。
(な、なんだこの包み込まれるような安心感は……! RCIR型のような暴力的なカロリーではなく、ただひたすらに、私の弱った内臓を修復していく……!?)
オルウェルは無意識のうちに塩むすびを手に取り、パクリと囓った。
完璧な塩加減。そして、ふっくらと炊き上がった米の甘み。
「う……うまい……」
帝国の冷徹な頭脳の目から、一筋の涙がホロリとこぼれ落ちた。
それは『マキアヴェッリズム』でも『資本論』でも計算できない、純粋な「オカンの優しさ」に対する、四十路男の胃袋の完全降伏だった。
「だろ? 仕事の基本は、胃腸に優しい健康的な食事からだ」
俺が満足げに頷くと、オルウェルはハッと我に返り、慌てて目元を拭った。
「……くっ。まさか、帝国の『美食の論理』すらも打ち破るとは……」
オルウェルはアタッシュケースをバタンと閉め、立ち上がった。
「九条湊……。本日のところは、私の敗北を認めましょう。ですが、帝国は貴方を決して諦めない。次は、別の手段で貴方を『支配』してみせる」
「ああ、気をつけて帰れよ。ちゃんと野菜も食えよー」
俺の呑気な声に見送られながら、オルウェルは屈辱と、なぜかポカポカと温かくなった胃を抱えながら、足早に出張所を後にした。
(恐るべき男だ……! 私の知略を『塩分過多』と一蹴し、あまつさえ敵である私の健康すらも慮るというのか……! 底知れぬ器。いや、あれこそが彼なりの『覇王の威圧』に違いない!)
かくして。
ルナミス帝国が仕掛けた巧妙な「文化侵略」は、清掃業者の『栄養バランスを考えたまかない飯』の前に、完全な敗北を喫したのであった。




