EP 5
見えざる工作。最新鋭光学迷彩ドローンと魔導地雷の罠
ポポロ村の境界線、鬱蒼と生い茂る森の影。
そこには、ルナミス帝国情報統括局の特殊部隊――オルウェル直属の暗殺・工作部隊が息を潜めて待機していた。
「……卿。交渉は如何でしたか?」
森から姿を現したオルウェルに対し、黒装束の副官が小声で尋ねる。
オルウェルは答えず、己の腹部――数十分前に『大根と椎茸の味噌汁』によって完璧に癒やされてしまった胃袋を、忌々しそうに手で押さえた。
「……私の負けだ。あの男、九条湊は金貨一万枚の買収も、RCIR型の美食も、全く顔色を変えずに一蹴した。それどころか、こちらの健康状態まで見透かし、施し(まかない)を与えて優位に立つという、完璧な精神的マウントを取ってきた」
オルウェルは眼鏡を押し上げ、冷たい瞳に暗い炎を宿した。
「金銭欲も食欲も持たぬ、恐るべき禁欲主義者。ああいう手合いが、為政者にとって一番厄介なのだ」
「では、力で排除しますか? 我々特殊部隊が夜陰に乗じて――」
「馬鹿な真似はよせ。キュロス団長の報告を忘れたか? 奴は魔導兵器の理を解体する『未知の概念兵器(※モップ)』を持っているのだぞ」
オルウェルは魔導タブレットを取り出し、冷酷な笑みを浮かべた。
「ジョージ・オーウェルは言った。『真の支配とは、対象が支配されていることすら気づかぬ状態』であると。……交渉が決裂した以上、第二のプラン、『パノプティコン(一望監視施設)』へ移行する」
オルウェルが指を鳴らすと、黒装束の部下たちが次々と特殊なアタッシュケースを開いた。
「『一〇〇式・光学迷彩監視ドローン』、全機起動せよ」
ブゥン……。
微かな羽音と共に、ケースからソフトボール大の球体機械が数十機、ふわりと浮かび上がった。
次の瞬間、球体の表面が景色と同化し、完全にその姿を虚空へと消し去った。
「帝国魔法科学の粋を集めた最新鋭機だ。光の屈折率を操作し、熱源反応も魔力反応も完全に遮断する。いかなる高位の魔法使いだろうと、視認はおろか感知することすら不可能。……これを九条の出張所の周囲に配置し、奴の行動を二十四時間、一挙手一投足に至るまでデータ化する」
ドローンたちは完全に透明な状態のまま、音もなくポポロ村の上空へと散開していった。
「さらに、『対地潜伏型・魔導地雷』を敷設しろ。奴の出張所を囲むように、道端の土中に埋め込むのだ」
部下たちが、黒くて丸い円盤状の兵器を次々と地面に設置していく。
それは設置された瞬間に、自動で土の中へと潜り込み、完全に地表から姿を消した。
「その地雷は、目標の魔力波長を記憶し、設定した波長以外の者が近づけば即座に大爆発を起こす。直撃すれば飛竜すら木端微塵にする威力だ」
オルウェルの手元のタブレットには、ポポロ村の地図上に、無数の『緑の点』と『赤の点(地雷)』がマッピングされていく。
それはまさに、目に見えない完璧な鳥籠だった。
「ククク……。九条湊。貴方がどれほどの武力を隠し持っていようと、見えない敵とは戦えまい。貴方の秘密、弱点、そして魔導兵器を無力化する『概念攻撃』のロジック。すべて私が見させてもらう」
オルウェルは、すっかり陽の落ちたポポロ村を見下ろし、勝利の確信に酔いしれていた。
「ビッグ・ブラザー(私)は、常に見ているぞ。……貴方はすでに、私の完璧な鳥籠の中だ」
ルナミス帝国最高の頭脳が仕掛けた、絶対に感知不可能な情報網と、不可視の死の罠。
……だが、オルウェルは根本的な事実を見落としていた。
彼が相手にしているのは、魔力探知を持つ高位の魔法使いでも、気配察知に長けた暗殺者でもない。
空を飛ぶドローンを「ただの鬱陶しい虫」として視認し。
道端に埋まった地雷を「犬のフン」として処理してしまう。
異常なまでの「オカンの視力と潔癖症」を持つ、最強の清掃員であるという事実を――。




