EP 2
出張所の日常。極貧アイドルの歌バフと、女神の筋力超回復
『株式会社・九条清掃 アナステシア出張所』の朝は早い。
「そぉいッ! そぉいッ! ガンコな油汚れは、重曹ペーストで浮かせてからの一方通行拭きだ!」
俺は出張所の裏手にある、村の共同厨房の巨大な換気扇(※魔力で動く謎のプロペラ)と格闘していた。
長年の料理で蓄積された魔力化合油(ギトギトの汚れ)は、俺の『解体』スキルをもってしても、物理的な「ゴシゴシ」という力作業を必要とする強敵だった。
「ふぅ……。さすがに腕がパンパンになってきたな」
俺が肩を回して一息ついていると、背後からパタパタと健康サンダルの音が聞こえてきた。
「社長! お疲れ様ですわ!」
「九条さん、お茶淹れましたよぉ!」
芋ジャージ姿のリーザと、桃色ジャージ(初心者マーク付き)のリリスだった。
二人は俺の作った『特製まかない(具沢山の豚汁と、サンライスの塩むすび)』を毎日腹いっぱい食べているおかげで、出会った時の悲壮感が嘘のように肌ツヤが良くなっている。
「おお、サンキュー。……で、リーザ。お前なんでみかん箱の上に乗ってんだ?」
リーザはなぜか、厨房の隅に置かれた木箱の上に立ち、片手に大根(マイク代わり)を握りしめていた。
「ふふん! 美味しいまかないと、雨風をしのげる屋根……。その恩返しに、わたくしめが極上のライブで、社長のテンションを爆上げして差し上げますわ!」
リーザがコホンと咳払いをする。
腐っても彼女は人魚姫。その歌声には、味方の精神を高揚させる強力な魔法が宿っているのだ。
「いきますわよ! ワン、ツー、スリー!」
『愛!アイ!愛!アイ!ラ〜ブラブ! マネー!マネ!ローン!ダーリン!グ!』
リーザがノリノリで『Love & Money』を歌い出した瞬間。
俺の体の中に、不思議な高揚感が湧き上がってきた。
「おっ……? なんだこれ、体が軽い! それに、このアップテンポな四つ打ちのリズム……『拭き掃除』のストロークにめちゃくちゃ合うぞ!」
キュッ、キュッ、キュッ、キュッ!
俺の雑巾がけのスピードが、リーザの歌のBPMに完全にシンクロし、通常の三倍の速度へと跳ね上がった。
『今日も私の為に世界が動く! 全て上手くいくわ、絶対!』
「おおおおッ! いける! このこびりついた油汚れ、このリズムに乗れば一気に削り落とせるぞォォッ!」
俺が猛スピードで換気扇を磨いていると、それを見ていたリリスが「私もお手伝いしますぅ!」と前に出てきた。
「九条さん、腕が疲れてるんですよね! 私、見習い女神ですから、神聖なる回復魔法で疲労をポンッと消しちゃいます!」
リリスは四次元ポケットから『エンジェルすまーとふぉん』を取り出し、画面をタップした。
「いきます! 聖なる癒やしよ、彼に安らぎを……『ホーリー・ヒール』! ……あっ」
リリスの指が、ツルッと画面の上で滑った。
「や、やばっ! 間違えて隣の『筋力超回復』のアイコン押しちゃいましたぁぁぁっ!?」
ピカーーーーーーーンッ!!!
リリスのスマホの角から、神々しくも暑苦しい黄金の光が放たれ、俺の体を包み込んだ。
「……ん?」
その瞬間、俺の全身の筋肉(細胞)が、異常なスピードで分裂と肥大化を始めた。
日頃の清掃業務で鍛え抜かれた俺のインナーマッスルが、女神のバグ魔法によって限界突破を起こしたのだ。
ビリッ……ビビリッ! バァァァァァァンッ!!
「うおっ!? 服が破けた!?」
俺の着ていた作業着が、パンパンに膨れ上がった大胸筋と上腕二頭筋によって弾け飛んだ。
そこに現れたのは、ボディビルダー顔負けの、血管がバキバキに浮き出た超絶マッチョ(闘気MAX状態)の俺だった。
「き、きゃああああ! 社長がゴリラになりましたわー!?」
「す、すいません九条さぁぁん! 私の操作ミスで筋肉が暴走しちゃってますぅぅ!」
リリスが涙目で土下座する。
だが、俺は自分の分厚い胸板と、丸太のような腕を見て、ニヤリと笑った。
「……いや、リリス。謝ることはない」
「えっ?」
「今の俺なら……この『筋肉』とリーザの『リズム』、そして俺の『解体スキル』を合わせれば……この村すべてのガンコな汚れを、今日中に落としきれる!!」
俺は、雑巾と100均の重曹水スプレーを両手に構え、限界までビルドアップされた大腿四頭筋に力を込めた。
「いくぞォォォォォッ!! ウルトラ・マッスル・大掃除だァァァッ!!」
ズゴォォォォォォンッ!!!
俺は音速のスピードで厨房を飛び出した。
リーザのアイドルソングが響き渡る中、超マッチョ化したオカンが、村中の窓ガラス、公衆トイレの黄ばみ、用水路のヘドロを、文字通り「目にも留まらぬ速さ」でピカピカに磨き上げていく。
『ダイヤも株も♪ 土地も愛も♪』
「マッスル・ウィンドウ・ウォッシュ!!(※ただの窓拭き)」
『貴方の全てを背負って生きていける♪』
「マッスル・パイプ・ユニッシュ!!(※ただの配管掃除)」
ポポロ村のあちこちで、凄まじい衝撃波と共に「汚れ」が消滅していく。
「な、なんという圧倒的な暴力……いや、清掃力……!」
村の広場でその光景を見ていた村長キャルルと執事リバロンが、またしても震え上がっていた。
「見ましたかリバロン……。あの方、突如として肉体を巨大化させ、神速の領域へと踏み込みました。あれは伝説に聞く『闘神化』の境地……!」
「ええ。しかもあの恐るべき制圧力。あの人魚の呪歌で自らをトランス状態に置き、無慈悲に村の汚れ(という名の概念)を削り取っている。……やはり九条様は、底知れぬ怪物ですな」
いや、ただ「テンション上がって全力で掃除してる」だけなんだけどな。
数時間後。
魔法の効果が切れ、元の体型(少し筋肉痛)に戻った俺は、村長たちから「村がピカピカになりすぎです! 神の奇跡です!」と泣いて感謝されることとなった。
「ふぅ、いい汗かいたな。リーザ、リリス、お前らなかなか良いサポートだったぞ。次からは清掃時の必須メンバーだ」
「「えええええええええ!?」」
ヒロインたちの「お役立ちバグ能力」が正式に業務に組み込まれた、出張所の騒がしい一日であった。




