第十章 ルナミス帝国の文化侵略。~オカン清掃員 vs 完璧なる管理社会~
帝都の緊急会議。オルウェル内務卿の『完璧すぎる誤解』
ルナミス帝国、帝都の中心にそびえ立つ白亜の宮殿。
その最深部にある薄暗い戦略会議室で、帝国の運命を握る三人の男たちが円卓を囲んでいた。
上座で『自省録』を読みながら静かに目を閉じる、皇帝マルクス。
右側には、日本刀型の魔導剣を腰に帯びた近衛騎士団長、キュロス。
そして左側には、冷徹な目で無数の魔導タブレットを操作する内務卿、オルウェル。
彼ら「三巨頭」が揃うのは、他国への侵攻を決定する時か、帝国に未曾有の危機が訪れた時のみである。
「――報告は以上です。我らが誇る『対獣人族用・重装甲魔導アーマー部隊』、および報復に向かった『黒雲の飛竜騎士団』は……ポポロ村にて、たった一人の男によって完全に無力化されました」
オルウェルが感情の無い声で締めくくると、会議室に重苦しい沈黙が落ちた。
「馬鹿な」
キュロスが鋭い声で口を開いた。
「魔導アーマーは数億の国家予算をかけた絶対防御装甲だぞ。飛竜騎士団も空の王者だ。それがたった一人に? いったい、いかなる大規模殲滅魔法を使われたのだ?」
「それが……魔法による『破壊』ではないのです」
オルウェルは魔導タブレットを操作し、空中にホログラム映像を投射した。
そこに映し出されたのは、広場の片隅に綺麗に分別された「アーマーの部品の山」と、ツルツルに磨き上げられ、目を回している飛竜たちの姿だった。
「回収した兵士たちの証言と、現地の魔導監視カメラの残存データを統合しました。あの男が使用したのは、短い棒の先端に謎の繊維を束ねた『触媒』と、未知の液体を霧状に射出する『魔導器』のみです」
「水鉄砲と棒きれでアーマーを壊したとでも言うのか!?」
「『壊した』のではありません。キュロス団長、あの男は……『解体』したのです」
オルウェルは眼鏡を中指で押し上げ、冷たい光を宿した瞳でキュロスを見据えた。
「魔導アーマーの装甲は、強固な魔力コーティングによって分子結合されています。あの男の放った謎の液体……おそらくは『特殊なアルカリ性の極秘薬液(※重曹水)』が、装甲の『魔力の結合(油)』を完全に中和し、浮かせたのです。そして、あの恐るべき触媒で擦ることで、装甲そのものを『ただの汚れ』としてペリペリと剥がし落とした」
オルウェルの完璧すぎる推論(誤解)に、キュロスが息を呑む。
「さらに上空の飛竜騎士団に対しても、男は魔導器のノズルを操作し『超高圧の直射モード』へと切り替えました。飛竜の鱗にこびりついた不純物を極限まで洗浄し、摩擦係数をゼロにすることで、空力制御を強制的に奪い墜落させたのです。……お分かりですか? あれは単なる暴力ではない。物理法則と魔力結合の理そのものを解きほぐす、未知の『概念兵器』です」
静寂。
ただの「重曹水とモップでの掃除」が、帝国の最高頭脳によって、神の御業に等しい概念攻撃へと変換されてしまった瞬間だった。
「……なるほど」
沈黙を破ったのは、皇帝マルクスだった。彼は閉じていた『自省録』を机に置き、ゆっくりと目を開けた。
「力で破壊するのではなく、理を解体するか。祖父(佐藤太郎)が残した技術体系すらも凌駕する、恐るべき存在がポポロ村に現れたというわけだな。……キュロスよ、お前ならどう戦う?」
「はっ」
キュロスが姿勢を正す。
「相手の兵器が未知の概念攻撃であるならば、遠距離からの魔砲射撃や、重装甲による制圧は悪手。私が直属の精鋭を率い、夜陰に乗じた『ゲリラ戦術』と、我が奥義『二郎覚醒』による超高速の近接戦闘で、相手が魔導器を構える前に首を刎ねます」
騎士団長としての矜持に満ちた、完璧な戦術提案だった。だが。
「お待ちください、陛下。そしてキュロス団長」
オルウェルが冷ややかにそれを制した。
「マキアヴェッリの『君主論』によれば、実態の知れぬ強者との正面衝突は下策の極み。それに、ポポロ村は獣人王国と魔皇国との緩衝地帯です。我々が軍事行動を起こせば、三国間のバランスが崩壊するリスクがある」
「ならば、どうするのだ? 帝国の誇りを汚した男を放置する気か!」
「フッ……。刃を交えるだけが戦争ではありませんよ、キュロス団長」
オルウェルは不敵な笑みを浮かべ、机の上に一つの黒い箱を置いた。
金の装飾が施された、帝国最高級の戦闘糧食――『RCIR型(宮廷糧食)』である。
「我々ルナミス帝国最大の武器は、『経済』と『文化』です。いかに強大な力を持つ男であろうと、腹は減る。そして、あの寒村(ポポロ村)には碌な娯楽も食糧もないはず」
「……胃袋と経済で、絡め捕るというのか」
「御意に。私が直接赴き、このRCIR型という『帝国最高の美食』と、『ポポロゴールド(PG)の莫大な買収案』を提示します。男を我々の資本主義に依存させ、牙を抜く。……これぞ真の『文化侵略』です」
オルウェルの自信に満ちた提案に、皇帝マルクスは満足げに頷いた。
「よかろう。オルウェル、お前に任せる。あの未知の『お掃除勇者』とやらを、ルナミスの味覚と金で支配してみせよ」
かくして。
帝国の冷徹なる内務卿オルウェルは、最高級のフランス料理と莫大な資金を携え、「絶対的強者」を胃袋で屈服させるべく、ポポロ村へと意気揚々と向かうのであった。
その先に、自身のプライドを粉々に打ち砕く『オカンのまかない飯』が待っているとも知らずに――。




