EP 3
不法投棄の女神と、マヨネーズの錬金術師(人魚)
「ふぅ……。ひとまず目につくデカいゴキブリ(死蟲機)は駆除したな」
俺は手に持っていた『タマデのチラシ(丸めて棒状)』をパシパシと叩きながら、ピカピカになったダンジョン最深部の通路を歩いていた。
SSS級ダンジョン『天魔窟』。本来なら死の瘴気が渦巻く地獄のはずだが、俺が『重曹水』と『ハンディモップ』で徹底的に磨き上げたおかげで、今は新築マンションのモデルルームのような清潔感が漂っている。
出口へと向かおうとした、その時だった。
「ひゃうっ!? あ、あの! 待ってくださいぃぃ!」
背後から情けない悲鳴が聞こえた。
振り返ると、そこには桃色のジャージに身を包み、胸にデカデカと『初心者マーク』を付けた少女が、派手に顔面からズッコケていた。
「なんだ、今度は『桃色ゴキブリ』か? ……いや、人間か?」
「ご、ゴキブリじゃありません! え、ええと……」
その少女――リリスは、涙目で起き上がると、ポケットからボロボロになった大量の『付箋付きのカンペ』を取り出した。そして、ガタガタと震えながらそれを読み上げ始めた。
「わ、私はリリス。今日から貴方の担当の女神に……なりましたのでぇ……。えっと、えっと……」
リリスは鼻をすすりながら、カンペの続きを震える指で追う。
「ル、ルチアナ先輩から……この紙を渡されて。『あんたはチョウカイカイコ(懲戒解雇)よ。人件費削減、組織のスリム化、要するにクビね!』って言われて……。あと、『異世界の人について行って養って貰え。あそこは美味しいお菓子やお団子が一杯食べられるから』って、えっと、えっとぉ……うわぁぁぁん!!」
少女はついに堪えきれず、その場に突っ伏して泣き出した。
俺は呆れて、手に持っていたチラシの棒をそっと下ろした。
「……なるほど。あの芋ジャージのおばさん、自分の飲み代を確保するために、後輩を体良くリストラして俺に押し付けやがったな」
あまりにも自分勝手な女神の理屈。だが、泣きじゃくるリリスの桃色ジャージには、埃や泥がベッタリとついている。これを見過ごすのは、清掃員としてのプライドが許さない。
「……よく分からぬが、一人旅よりはマシか。ジャージの汚れも気になるし、ついてこい」
「ほ、本当ですかぁ!? ありがとうございますぅぅぅ!」
リリスはパッと顔を輝かせ、パタパタと健康サンダルを鳴らしながら俺の後ろをついてきた。
「あ、九条さん! お腹空いてませんか? 私、スマホの操作ミスで地球の『業務用マヨネーズ』を召喚しちゃったんです。これ、重いので食べてください!」
リリスが四次元ポケットから取り出したのは、なんと1キロ入りの巨大なマヨネーズだった。
異世界のダンジョンで業務用マヨネーズ。シュールすぎる。
「……いや、マヨネーズだけ食えるか。外に出て何か探そう」
俺たちはダンジョンの外へと這い出した。
アナステシア世界の眩い太陽が降り注ぐ、豊かな森。だが、その森の入り口にある「空き地(ポポロ村の境界線)」で、俺たちは奇妙な光景を目撃した。
「……むにゃむにゃ。これにマヨネーズをかければ……エビマヨの味が……しませんわね。でも、背に腹は代えられませんわ!」
そこには、俺がアパートで履いているような『芋ジャージ』に身を包んだ美少女が、道端に生えている「ただの雑草(タンポポ的なもの)」を山盛りにして、真剣な顔でマヨネーズをぶっかけていた。
「……おい、リリス。あれがこの世界の『サラダバー』か?」
「違います! あれ、人魚族のリーザさんですよ! ああっ、また道端の雑草を食べて凌ごうとしてる!」
俺の目の前には、空腹に耐えかねて「マヨネーズさえあれば雑草も御馳走」という狂気のライフハックを実践しようとしている、絶望的に貧乏なアイドルがいた。
「……待て。その雑草、泥がついてるだろ! 洗ってから食え!!」
俺は思わず霧吹きを構えて叫んだ。
こうして、最強の清掃員と、クビになった女神、そして食い詰めた人魚姫。
アナステシア世界で最も「清潔感」と「生活感」に欠けるパーティーが、一堂に会してしまったのである。




