EP 2
落下地点はSSS級ダンジョン『天魔窟』。「なんだこのデカいゴキブリは!」
「うわああああああああっ!」
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ……!
芋ジャージの女神の強烈なケツキックによって次元の穴に落とされた俺は、真っ暗な空間を猛スピードで落下していた。
風圧で顔が歪む中、俺は必死に右手の『ハンディモップ』と左手の『重曹水スプレー』を抱きしめた。
頼む、せめてクッション性のあるところに落ちてくれ! コンクリートとかアスファルトは勘弁な!
ドサァァァァァァァッ!!
「……っぐえええええ!?」
激しい衝撃と共に、俺は『何か』の山の上に墜落した。
全身の骨が折れるかと思ったが、幸いにも下にあったクッション(?)のおかげで、無傷で済んだらしい。
「い、いてて……。なんだここ、すげぇカビ臭いぞ……」
俺はモップを杖代わりにして立ち上がり、周囲を見渡した。
そこは、太陽の光が一切届かない、ジメジメとした巨大な地下洞窟だった。
そして、俺がクッション代わりにして墜落した『山』の正体を見て、俺は顔を引きつらせた。
「うおっ!? ほ、骨!? 人間の白骨死体じゃないか!」
あちこちにサビついた剣や鎧と共に、無数の白骨が散乱している。
ここはアナステシア世界において、生きて帰った者がいないと言われるSSS級ダンジョン――死蟲王サルバロスの魂が眠る『天魔窟』の最深部であった。
だが、俺の頭の中に「ダンジョン」というファンタジーな概念は存在しない。
「なんだこの場所……。誰だよ、こんな薄暗い地下室に骨付き肉の残骸を大量に不法投棄した奴は! 足の踏み場もないじゃないか!」
俺は周囲に立ち込める禍々しい紫色のモヤ(瘴気)を嗅ぎ、鼻をつまんだ。
「おまけにこの『紫色のモヤモヤ』! 換気をサボりすぎて、空気中に『致死レベルのカビの胞子』が舞ってるぞ! 不衛生にもほどがある!」
俺のオカン的潔癖症が、未知の異世界の恐怖を完全に上書きした。
ここはただの、最悪に汚れた地下室だ。
早く掃除(換気)しないと、変な虫が湧いてしまう。
――カサ……カサカサカサッ……!
「……ん?」
その時、暗闇の奥から、乾いた不気味な足音が聞こえてきた。
俺が重曹水スプレーを構えて目を凝らすと。
『ギ、ギチチチチ……! 新鮮ナ、魂ノ匂イ……!』
暗闇から這い出してきたのは、全長2メートルを超える、禍々しい漆黒の魔物だった。
硬質な黒光りする装甲(甲殻)、細かく動く長い二本の触角、そして、トゲだらけの六本の足。
死蟲王サルバロスが生み出した、S級の戦闘力を持つ機械と蟲の融合体――『死甲虫型』の死蟲機である。
その巨体と、鋼鉄すら噛み砕くアゴは、数多の熟練冒険者たちを絶望の底に叩き落としてきた。
「…………ッ!!!」
それを見た瞬間。
俺の全身の毛穴がブワッと開き、心臓が爆発しそうなほどの『恐怖』に襲われた。
死の危険を感じたからではない。
日本の一般家庭で育ち、日夜掃除に明け暮れる俺の魂(DNA)が、目の前のソレの『フォルム』と『黒光り具合』に、根源的な拒絶反応を示したのだ。
「で、デカい……。嘘だろ……」
俺の足が、ガタガタと震え始める。
「てめぇ……いくら不衛生だからって……2メートル超えの『ゴキブリ』は聞いてねぇぞォォォォォッ!!!」
『ギシャァァァァァッ!!(我ハ誇リ高キ死蟲機ダ!!)』
俺の失礼な叫びに激怒したのか、巨大なゴキブリ(死甲虫)が、その巨体からは想像もつかない神速のスピードで、カサカサカサカサッ!と壁を這い回りながら襲いかかってきた。
あの特有の、動きの読めないキモい機動! 間違いない、あいつはGだ!
「こっち来んなァァッ!! 病原菌を撒き散らすなァァァッ!!」
俺はパニックになりながら、エプロンのポケットに手を突っ込んだ。
そこに丸めて突っ込んであったのは、昨日ポストに入っていた『激安スーパー・タマデ』のチラシ。
俺はそれを瞬時に硬く、限界まで細く、棒状に丸め上げた。
「家の中に湧いた不快害虫は! 丸めたチラシで叩き潰すのが日本の常識だァァァッ!!」
対象:不衛生な環境で異常繁殖した『特大の不快害虫(S級死蟲機)』。
処理:丸めたチラシの物理的打撃に解体の魔力を乗せ、対象の組織を分子レベルで分離・解体(駆除)する。
「――『解体』!!!」
俺は、飛びかかってきた巨大ゴキブリの脳天に向かって、丸めたチラシを全力でフルスイングした。
スパーーーーーーーンッ!!!!
『ギッ……!?』
小気味良い、スリッパで虫を叩き落としたような音が、洞窟に響き渡った。
次の瞬間。
数億のダメージを弾き返すはずの死甲虫の超硬度装甲に、無数の亀裂が走り。
パラパラパラパラッ……。
全長2メートルの巨大な蟲の化け物が、俺のチラシが触れた一撃で、まるでプラモデルのパーツを分解するように、一滴の体液(キモい汁)をこぼすこともなく、空中で綺麗にバラバラに『解体』されたのだ。
「おえぇ……。叩き潰したはいいけど、後始末が最悪だぞ……」
俺が身構えていると、バラバラになったパーツは地面に落ちる前に、自動的に『部位ごと』に綺麗に積み上げられた。
一つは、ピカピカに磨かれた『漆黒の甲殻の山』。
一つは、鋭い『トゲトゲの足の山』。
そして最後は、紫色に輝く巨大な『魔石』。
「……ん? なんだ、綺麗にまとまったな。潰れてドロドロになるかと思ったけど……乾燥した抜け殻みたいになってるぞ」
俺は丸めたチラシを下ろし、地面に転がる綺麗なパーツ(※一つ一つが金貨数百枚で売れるS級の超激レア素材)を、つま先でツンツンと小突いた。
「まあ、汁が出なかっただけマシか。これなら燃えるゴミ(殻)と不燃ゴミ(魔石)に分けて捨てればいいな」
俺は安堵の息を吐き、改めてこの不潔な巨大洞窟を見回した。
「それにしても……あんな巨大な害虫が湧くなんて、よっぽど掃除をサボってたんだな、ここの家主は」
俺の清掃員としてのプロ意識に、静かな怒りの火が灯った。
「よし。こんな不衛生な空間、俺が見過ごすわけにはいかない! 奥の『巣(カビと害虫の発生源)』まで行って、徹底的に大掃除してやる!!」
俺は右手で100均のハンディモップをクルリと回し、左手の重曹水スプレーをシャカシャカと振った。
最強のオカン清掃員による、SSS級ダンジョン『天魔窟』の理不尽すぎる大掃除が、今まさに始まろうとしていた。




