EP 10
16時55分、大掃除完了。VIPと宇宙人と囲む、最高の年越しそば(第九章完)
「シャアァァァァァァッ!! ゲットだぜェェェェッ!!」
時刻は16時55分。
激安スーパー『タマデ』の惣菜コーナーにて。
俺は、おばちゃんたちの熾烈なタックルとカートの押し合いを、鍛え抜かれた清掃員の体捌き(ステップ)で華麗に潜り抜け、見事『特大エビ天付き・年越しそばセット(半額シール付き)』を人数分確保することに成功した。
「ハァ……ハァ……。危なかった。俺の前のオッサンが3パック持っていこうとした時はどうなることかと思ったが……勝った。俺は大掃除にも、タイムセールにも完全勝利したんだ!」
俺は半額シールが神々しく輝くパックを胸に抱きしめ、夕日に向かってガッツポーズを決めた。
◇
「おーい未緒、買ってきたぞー! 年越しそばだ!」
すっかり日が落ち始めた頃。
俺がひまわり荘の自室の扉を開けると、そこにはカオス極まりない光景が広がっていた。
「おかえりー、お兄ちゃん。……ねえ、この人たち誰?」
妹の未緒が、こたつに入ってみかんを剥きながら、ジト目で俺を見た。
未緒の向かいには、パツパツの白タイツ姿で正座し、ガチガチに緊張している2メートル超えの巨漢――銀河帝国将軍ゾルギウスが座っていた。
『ハ、ハジメマシテ、妹君。我ハ……今日カラお兄様ノ下デ、網戸洗イノ修行ヲサセテイタダク、ゾルギウス・タイツ丸ト申シマス……』
「……そ、そう。変な名前」
宇宙の覇王が、日本の女子高生相手に冷や汗を流してペコペコしている。
さらに、部屋の隅には……。
「オー! ミスター・クジョウ! おかえりなさいマセ!」
なぜか、最高級スーツを着たアメリカ大統領と、世界のVIPたちがギュウギュウ詰めで正座していた。
「大統領さん!? なんで日本に!? さっきまでテレビ(ホワイトハウス)にいなかったか!?」
「イエス! ミスターの大掃除が無事に完了したと聞き、NASAが極秘開発したマッハ15の極超音速ジェットで飛んできマシタ! ミスターと共に、今年の汚れを落とす『年越し神事』に参加するために!」
国家予算の無駄遣いもついに極まったな、と俺は呆れた。
だが、大掃除を手伝ってくれた(?)連中を追い出すほど、俺も鬼ではない。
「……まぁいいか。お前らも、サッシの溝を綺麗にしてくれたしな。よし、みんなで食うぞ! 特大エビ天そばだ!」
俺が買ってきた半額のそばをどんぶりに移し、熱々の出汁をかける。
カツオと昆布の豊かな香りが、六畳一間のボロアパートにフワリと広がった。
「「「いただきます!!」」」
俺たちは一斉に箸を割り、そばをすすった。
ズルズルズルッ!
『…………ッ!!?』
一口食べた瞬間、将軍ゾルギウスの白タイツの肩がビクッと跳ねた。
『ナ、ナンダコレハ……! 温カイ……。冷え切った宇宙の闇を彷徨っていた我ノ心ニ、染ミ渡ルヨウナ、深イ慈愛ノ味ガ……ッ!』
「ジーザス……。出汁を吸ってフニャフニャになったこの『エビ天の衣』! ホワイトハウスの三ツ星シェフが作る最高級ローストビーフすら凌駕する、至高の味わいデース!!」
宇宙最強の将軍と、世界最強の権力者が、300円の半額そばをすすりながら、ボロボロと大粒の涙を流して号泣し始めた。
「大掃除という過酷な労働を乗り越えたからこそ、この温かい一杯が、より一層の奇跡を生み出しているのデース……!」
『ソウダ……。我ラハ宇宙ヲ支配シテモ、決シテ満タサレナカッタ。ダガ今、コノ「コタツ」トイウ謎ノ熱源デバイスノ中デ、共ニ蕎麦ヲススル……コノ時間コソガ、真ノ宇宙の真理ダッタノダ……!』
白タイツの将軍と大統領が、どんぶりを持ったまま固い握手を交わしている。
俺と未緒は、そんな彼らを「変な外人さんたちだなぁ」と笑いながら眺めていた。
「よしよし、みんな満足してくれたみたいだな」
俺はそばの汁を飲み干し、ふと、部屋の窓ガラスに目を向けた。
俺が午後から魂を込めて磨き上げ、UFOの泥はねから死守した、一点の曇りもない完璧な窓。
そこから、今年最後となる美しい夕日が、オレンジ色の光を六畳間に差し込ませている。
窓枠の溝も、将軍たちが歯ブラシでピカピカに磨いてくれたおかげで、チリ一つ落ちていない。
「……うん。やっぱり、部屋が綺麗だと気持ちいいな」
俺は温かいお茶をすすりながら、深々と息を吐いた。
宇宙艦隊の襲来も、世界の危機も、すべては「年末の大掃除」という日常の前に綺麗に洗い流された。
「さて、来年も株式会社・九条清掃の社長として、世の中の汚れをガンガン落としていくか!」
俺のオカン的宣言に、コタツを囲む全員が「イエッサー!!」と力強く頷いた。
ひまわり荘の窓ガラスが、沈みゆく夕日を反射して、この上なく平和に、キラキラと輝いていた。




