EP 9
降伏と奉仕活動。「反省したなら、そこの網戸を洗え。タイムセールが近いんだ!」
「よし、これでカビ(毒ガス)の心配はなくなったな」
上空で真っ白な泡の雪だるまと化したUFO母船を見上げ、俺は高圧洗浄機のノズルを肩に担ぎ直した。
プールの消毒槽のような清々しい塩素の香りが、ひまわり荘の周辺を優しく包み込んでいる。
「ハッ……! 我、我ガ無敵ノ母船ガ……完全に漂白サレテ……」
廊下にへたり込んでいた白タイツ姿の将軍ゾルギウスが、空を仰いで絶望の声を漏らした。
シュウゥゥゥ……。
すると、上空の母船から、小さな脱出ポッドが次々と降下してきた。
ポッドの扉が開き、中から出てきたのは、帝国軍の誇るエリート兵士たち。だが、彼らの様子もおかしい。
禍々しい装甲はすべて泡で溶け落ち、全員が将軍と同じ「パツパツの白タイツ姿」で、おまけに全身からフローラルな石鹸の香りを漂わせながら、プルプルと震えていたのだ。
『シ、将軍閣下ァァァ……! 申し訳ありません、母船のシステムも我々の誇りも、すべてピカピカに洗い流されてしまいましたァァ……!』
白タイツの軍団が、将軍の周りに集まり、次々とひざまずく。
『もはやこれまで……。この星には、我らの科学力を遥かに超える「究極の清掃神」が存在していたのだ……。我々の、完全な敗北だ……!』
ゾルギウスは涙を流しながら、俺に向かって深々と、そして美しいフォームで土下座をした。
『地球ノ支配者ヨ……。我ラノ命、ドウカ煮ルナリ焼クナリ、好キニスルガヨイ……!』
『『『降伏シマス! ドウカ命ダケハァァァッ!!』』』
宇宙を震撼させた銀河帝国軍が、日本のボロアパートの庭で、一斉に土下座をして命乞いをするという、前代未聞の光景が広がった。
「オーマイガー……。あの残虐非道なエイリアンたちが、完全に服従姿勢をとっているデース……」
衛星モニターで監視していた大統領が、息を呑む。
「これで地球は救われた! さすがミスター・クジョウ! 神水破城砲(高圧洗浄機)による慈悲なき除染が、宇宙人の戦意を完全に喪失させたのデース!」
「さあ、神は彼らに、いかなる恐ろしい裁き(処刑)を下すのか……!」
世界のVIPたちとSP軍団が固唾を飲んで見守る中。
俺は、土下座する白タイツの集団を見下ろし、大きなため息をついた。
「はぁ……。反省してるのはわかったけどさ」
俺は腕を組み、彼らを厳しく睨みつけた。
「土下座なんかしてる暇があったら、手を動かせ!! タイムセールまで時間がないんだよ!!」
『……エッ?』
将軍ゾルギウスが、間抜けな声を出して顔を上げた。
「お前らが空をウロチョロして日差しを遮ったり、庭に泥水跳ねらしたりするから、俺の『大掃除スケジュール』が大幅に狂っちまっただろうが! 現在、15時15分! 17時の『特大エビ天付き年越しそば』の争奪戦に勝つためには、あと1時間ちょっとで大掃除を終わらせないといけないんだ!」
俺はバケツの中から、大量の『使い古しの歯ブラシ』と『網戸用のスポンジ』を掴み出し、将軍たちの顔面にバサッと投げつけた。
「命が惜しかったら、反省の態度を『労働』で示せ! お前(将軍)はそこの網戸を外して庭で水洗い! 残りの連中は、サッシの溝のホコリをその歯ブラシで掻き出せ! 少しでもサボったら、お前らの母船を『燃えるゴミ』に出すからな!!」
『ヒ、ヒィィィィィィッ!?』
俺のオカン的怒号に、宇宙の覇者たちが悲鳴を上げて飛び上がった。
彼らは「処刑」ではなく「年末の大掃除の手伝い」を命じられたことに戸惑いながらも、その圧倒的なルールの暴力(逆らえば燃えるゴミ)の前に、逆らうことなどできるはずもなかった。
『キ、貴様ら! 聞いたな! 全軍、サッシの溝を死守(掃除)せよ!!』
『イエッサー!! 歯ブラシ部隊、展開します!!』
かくして。
つい先程まで地球を滅ぼそうとしていた宇宙最強のエリート兵士たちが。
パツパツの白タイツ姿で一列に並び、小さな歯ブラシを持って、ひまわり荘の窓のサッシを「キュッ、キュッ」と涙目で磨き始めるという、宇宙一シュールな奉仕活動がスタートした。
「右から三番目! 隅っこのホコリが取れてないぞ! 洗剤をシュッと吹きかけてからこすれ!」
『ハ、ハイィィィッ! 申し訳ありません、オカン大元帥閣下ァァッ!』
俺がスパルタ指導を入れると、宇宙兵たちがビクゥッと直立不動で返事をする。
「うん、いいぞ。将軍、網戸の洗い方もなかなか筋がいいじゃないか。裏側に新聞紙を当ててから掃除機で吸うと、ホコリが飛ばなくていいんだ」
『ハッ……! なんと合理的な戦術(お掃除ハック)……! 地球の知恵、恐れ入りました……!』
将軍ゾルギウスは、網戸を洗いながら謎の感銘を受けていた。
◇
「ジ、ジーザス……」
シチュエーションルームの大統領は、モニターに映るその光景を見て、大粒の涙を流していた。
「宇宙からの侵略者たちが……地球の文化(年末の大掃除)に同化し、歯ブラシでサッシを磨いている……。これぞ、暴力ではない、真の平和的解決デース……!!」
「ミスター・クジョウの懐の深さは、宇宙よりも広大だ。……我々も来年は、ホワイトハウスのサッシを歯ブラシで磨くことにしよう」
大統領の言葉に、各国の首脳たちが深く頷く。
「よし! お前らが手伝ってくれたおかげで、一気に終わったぞ!」
俺がパンパンと手を叩くと、ピカピカになったサッシと網戸を前に、白タイツの宇宙人たちが「ヤッタ……! 我々ハ、ヤリトゲタノダ……!」と抱き合って涙を流していた。
時刻は16時15分。
完璧だ。これならスーパーの特売に余裕で間に合う。俺は勝利の笑みを浮かべ、エコバッグを手に取った。




