EP 6
銀河帝国の将軍が降臨。「土足で上がるな!! 雑巾がけしたばっかりだぞ!!」
「ふぅ……。外壁、窓ガラス、そして廊下の雑巾がけ、全部完了だ」
ボロアパート『ひまわり荘』の一階・共用廊下。
俺は冷たい水で真っ赤になった手をさすりながら、満足げに息をついた。
長年の埃で黒ずんでいた板張りの廊下は、俺の魂の雑巾がけ(解体スキルによる徹底研磨)によって、今や高級旅館のヒノキ床のようにピカピカに輝き、蛍光灯の光を美しく反射している。
「よし! これなら大家のタエさんも喜ぶぞ。時刻は……14時30分。スーパーのタイムセールまであと2時間半! 完璧なスケジュールだ!」
大掃除の山場を越え、エビ天付き年越しそばの確保が現実味を帯びてきた俺の心は、まさに日本晴れであった。
だが、その静寂を切り裂くように、アパートの庭に強烈な閃光が走った。
――ビキキキキィィィッ!!
「なんだ!?」
空間が歪み、青白い雷光とともに、一人の巨漢が庭のど真ん中に姿を現した。
漆黒の超硬度装甲に身を包み、血のように赤いマントを翻す男。銀河帝国ガルヴァディアの将軍、ゾルギウスである。
『ええい、忌々しい! 我が軍のプラズマ砲をすべて撃ち落とすとは、小癪な防衛システムめ!』
ゾルギウスは苛立たしげにマントを払い、禍々しいオーラを放ちながら庭からアパートの入り口へとズカズカと歩み寄ってきた。
彼が庭の土(先ほどのプラズマ砲の着弾でドロドロになっている)を踏みしめるたびに、重厚な装甲ブーツに泥と水たまりの汚れがべっとりと付着していく。
『……貴様だな? 黄色い管(高圧洗浄機)で我が艦隊を侮辱した下等生物は!』
ゾルギウスが、廊下に立つ俺を睨みつけた。
『我は銀河帝国将軍ゾルギウス! この星の指導者を出せ! 出さねばこのアパートごと、貴様を宇宙の塵にしてくれるわ!』
宇宙最強の戦士による、絶対的な死の宣告。
その神話級の威圧感に、庭の隅で様子を伺っていたジャックたちSP軍団が、冷や汗を流して身構えた。
「B、Boss! 気をつけてください! あいつの纏っているエネルギー、先ほどのUFO群とは桁違いですぜ……!」
「師匠! ここは私たちが時間を稼ぎますから、下がって――」
しかし。
俺の目は、ゾルギウスの恐ろしい顔でも、禍々しいオーラでもなく。
彼が履いている『泥だらけの装甲ブーツ』に、そして、彼が今まさに踏み込もうとしている『ピカピカの廊下』に、完全に釘付けになっていた。
『フン、恐怖で声も出ぬか。ならば、まずは貴様から血祭りに――』
ドサッ。
ゾルギウスが、傲慢な足取りで、ひまわり荘のピカピカの共用廊下に、泥だらけのブーツのまま一歩を踏み入れた。
ペチャッ。
美しい木目に、絶望的に汚い『泥の足跡』が、くっきりとスタンプされた。
「「「…………アッ」」」
その瞬間。
SP軍団の顔から、スーッと血の気が引いた。
そして、衛星カメラでその映像を見ていたアメリカ・ホワイトハウスの大統領も、絶望のあまり椅子から崩れ落ちた。
「オ、オーマイガーッ……!! アカン! アカンやつデース!! あのエイリアン、一番やっちゃいけない『ルール違反』を犯しやがったデース!!」
「だ、大統領! 何が起きたんですか!?」
「見ろ!! 神が雑巾がけしたばかりの神聖な床に……! あいつ、土足で……泥だらけの靴で上がり込みやがったのデース!!」
大統領の叫び声に、シチュエーションルームの全員が戦慄した。
日本における絶対のタブー、『土足』。しかも、大掃除でピカピカにした直後という、オカンの怒りが最も爆発しやすい最悪のタイミングである。
「……おい」
ひまわり荘の廊下。
俺の口から、地を這うような低い声が漏れた。
『……ン? なんだ、命乞いか?』
「……てめぇ。どこに目ェつけて歩いてんだ」
俺の顔から一切の表情が消え去り、瞳の奥にドス黒い怒りの炎が灯った。
「人が……冷たい水に耐えて、腰痛めながら、ピカピカに雑巾がけしたばかりの廊下を……」
『ハ?』
「泥だらけの靴で!! 土足で踏みにじってんじゃねぇぇぇぇぇッ!!!」
ゴアァァァァァァァンッ!!!!
俺の全身から噴き出したオカン的激怒のオーラが、物理的な衝撃波となってゾルギウスを襲った。
宇宙最強の将軍が、その得体の知れない怒気(威圧感)に気圧され、思わず一歩後ずさる。
『な、なんだと……!? 我の覇気を前に、恐怖するどころか……怒っているだと!?』
「当たり前だ!! 日本の家屋に土足で上がるなんて常識外れも甚だしい! やり直しだ! 廊下を汚した分、お前も『綺麗に』してやるからな!!」
俺は、バケツの横に置いてあった『泥落とし用の玄関マット(粗品)』を鷲掴みにし、ゾルギウスに向かってズンズンと歩み寄っていった。
『ヒ、ヒィッ……!?』
宇宙の将軍が、未知の恐怖に初めて震え上がった瞬間であった。




