EP 2
上空を覆う巨大な影。銀河帝国艦隊の飛来と、乾かないバスタオル
『――き、緊急特別番組です! 現在、世界各国の主要都市上空に、巨大な未確認飛行物体の群れが……! ああっ! 空が、空が完全に真っ黒に覆い尽くされていきます!!』
部屋の中から、未緒が見ているテレビの悲痛なアナウンサーの声が聞こえてくる。
だが、庭で高圧洗浄機のノズルを握りしめている俺の耳には、そんなニュースは一切入っていなかった。
「……おいおい、マジかよ」
俺は、ベランダの物干し竿に吊るされた何枚もの『バスタオル』を指で触り、絶望的な声を出した。
「冷たっ……。さっきまでいい感じに乾きかけてたのに、日差しがなくなったせいで、完全に湿気り始めてるじゃないか!」
冬の洗濯物は、ただでさえ乾きにくい。太陽の光が命なのだ。
それなのに、空を見上げれば、見渡す限りの真っ黒な巨大な鉄の塊(※俺の目には悪趣味な黒い飛行船のバルーンか何かに見えている)が、太陽を完全にブロックしている。
「どこのイベント会社の飛行船か知らないけど、よりによって大晦日の大掃除の日に、人のアパートの上空でホバリングすんじゃねぇ!! これじゃあ一番恐ろしい『生乾きの匂い』が発生しちまうだろうが!!」
俺が天を仰いでブチギレていた、まさにその頃。
◇
「ジ、ジーザス……! なんてことデース!!」
アメリカ・ホワイトハウスの地下深くにある緊急防衛司令室。
アメリカ大統領(※前章でゴミ袋を十字縛りした男)は、巨大なモニターに映し出された地球の危機……ではなく、SPのジャックから送られてきた『ひまわり荘の庭の映像』を見て、頭を抱えて絶叫していた。
『大統領! 緊急事態です! 上空の未確認飛行物体群(UFO)のせいで……Bossのバスタオルが、乾かなくなっています!!』
通信機越しに、ジャックの悲痛な声が響く。
「やはりか! おお、なんという愚かなエイリアンどもデースか! 地球を侵略するのは百歩譲って許すとしても……よりによって、あのミスター・クジョウの『日照権』を奪うなど……!!」
大統領の隣にいた国防長官が、血相を変えて立ち上がった。
「だ、大統領! このままでは、宇宙艦隊からのプラズマ攻撃でワシントンが火の海に――」
「黙りたまえ!! ワシントンが燃えるより、ミスター・クジョウのバスタオルが『生乾き』になる方が、人類にとって何億倍も重大な危機なのデース!!」
大統領の怒声に、司令室の政府高官たちがピシッと直立不動になった。
彼らは前回の「町内会ゴミ拾い」の一件で、湊という存在が『神話の魔獣すらゴミとして処理する絶対的な神』であることを、骨の髄まで叩き込まれている。
もし、その神が「洗濯物が乾かない」という理由で本気で怒り狂えば、エイリアンどころか、地球という星そのものが『不衛生なゴミ』として大掃除(消滅)されかねないのだ。
「早急に、あの忌々しい宇宙船どもを空からどかさなければ! でなければ、我々もミスターの怒りの巻き添えを食うデース!!」
大統領は司令室のデスクをバンッと叩き、各国の首脳(イギリス首相、フランス大統領など)との極秘ホットラインをオンにした。
「世界連合軍に告ぐ! これより我々は、ミスター・クジョウの『窓拭き』および『洗濯物の乾燥』を全力でサポートする!! NASAの軍事衛星網をすべてミスターの自宅(ひまわり荘)上空へ回せ!」
『イエッサー! 神の洗濯物をお守りしろォォッ!!』
かくして、人類の最高叡智と防衛システムは、宇宙人との戦争を完全に放棄し、「一人の清掃員の大掃除の手伝い」へと全振りされることとなった。
◇
『フハハハ……! どうした地球人ども。我らの巨大な影に怯え、反撃すらできぬか!』
そんな人類の(ズレた)事情など知る由もない銀河帝国の将軍ゾルギウスは、母船のモニターを見下ろして高笑いしていた。
『よかろう。まずはあの極東の島国(日本)から、灰に変えて――』
「おーい!! そこのデカい鉄くず!!」
――ビクゥッ!?
将軍ゾルギウスの耳に、通信回路を強制的にハッキングしたかのような、信じられないほどクリアな『下からの怒鳴り声』が届いた。
モニターを拡大すると、極東の小さなボロアパートの庭で、黄色と黒の奇妙な管(高圧洗浄機)を持った人間(湊)が、上空に向かって激怒している姿が映し出された。
「どこの飛行船か知らねえが、人の家の真上で日差しを遮ってんじゃねぇ!! このままだと17時の『特大エビ天付き年越しそば』のタイムセールに間に合わなくなるだろうが!! さっさとどけェェェッ!!」
『な、何者だあの原始人は……!? 我らの艦隊に向かって、エビ天がどうとか喚いておるぞ……!?』
将軍ゾルギウスが困惑する中。
湊は、ブチギレた顔で、家庭用高圧洗浄機のノズルを真っ直ぐ上空(銀河帝国の母船)へと突きつけた。
「どかないなら……大掃除の『ついで』に、お前らみたいな空飛ぶ粗大ゴミも、綺麗に洗い流してやる!!」
オカンの堪忍袋の緒が切れた。
地球の空を覆う数万の絶望(UFO)に対し、1万9800円の高圧洗浄機が、今まさに火を(水を)噴こうとしていた。




