第八章 年末の大掃除編 ~空を覆う銀河帝国と、日照権を奪われたオカン~
年末の死闘。『ひまわり荘』の大掃除と、スーパーのタイムセール(17時)
「よし、今年の汚れは、今年の内に! だ!」
十二月三十一日、大晦日。
吐く息も白くなるほどの寒空の下、俺は首に分厚いタオルを巻き、ボロアパート『ひまわり荘』の庭に仁王立ちしていた。
今日はいよいよ、一年の総決算である「大掃除」の日だ。
部屋の中では、妹の未緒がこたつで丸くなりながら特番のテレビを見ている。ぬくぬくと平和な光景だ。
俺は腕まくりをして、手に持っていたチラシをバサッと広げた。
そこには、近所の激安スーパー『タマデ』の歳末大感謝祭の文字が躍っている。
「今日の目玉は……17時からのタイムセール!『特大エビ天付き・年越しそばセット』が驚きの半額、先着50名様限り! これだ!!」
現在、時刻は13時ちょうど。
タイムセールの激戦区を勝ち抜くためには、遅くとも16時半にはスーパーの前に並んでおきたい。
逆算すると、大掃除に使える時間は残り「3時間半」。これが今日の俺の、絶対に負けられないタイムリミットだった。
「時間がないぞ。まずはアパートの外壁と、窓ガラスのドロ汚れからだ!」
俺は、足元に置いてあった黄色と黒の真新しいメカニックな機械――ホームセンターの年末セールで1万9800円で買ってきた『家庭用高圧洗浄機』を、誇らしげにポンポンと叩いた。
「ふふふ。ずっと欲しかったんだよな、これ。株式会社・九条清掃の社長として、自分へのささやかなクリスマスプレゼントってやつだ」
「おお……Boss。ついに『新たな神器』を解放なされたか……!」
背後から、アメリカ最強の筋肉ことジャックが、感動に打ち震える声で呟いた。
彼らSP軍団(相変わらずなぜか庭にたむろしている)は、俺が買ってきた家庭用高圧洗浄機を、目をひん剥いて見つめている。
「見たまえ、あの洗練された黄色いフォルム。そして内部で渦巻く、暴力的とも言える水圧の気配……。間違いありません、あれはかつて海神を沈めたという伝説の『神水破城砲』ですわ……!」
「Bossがアレを使うということは……よほどの『強敵』が来るという暗示か」
カレンとジャンが、勝手に冷や汗を流して武器を構え始めている。
俺は彼らの物騒な勘違いをスルーして、水道の蛇口を捻り、高圧洗浄機のトリガーを引いた。
――ブシュアァァァァァァァッ!!!
ノズルから、猛烈な勢いで水流が噴射される。
長年の雨風でこびりついた外壁の黒ずみや、窓ガラスの水垢が、圧倒的な水圧によって「スススッ……」と削り取られ、本来の輝きを取り戻していく。
「おおおっ! すげぇ! こすらずに汚れが吹き飛ぶぞ! 1万9800円の価値は十分にあるな!」
「ヒィィッ! なんという威力の圧縮水流! あんなもの喰らったら、我々Sランクですら骨も残りませんぞ……!」
俺がケル○ャーの威力に子供のように大はしゃぎしている裏で、SPたちがガクガクと震え上がっていた。
「よしよし、このペースなら16時半には余裕で終わるな。特大エビ天は俺のモノだ!」
俺は鼻歌交じりに、ひまわり荘の二階の窓へと狙いを定めた。
◇
一方、その頃。
地球から遥か数万キロ離れた、大気圏外・衛星軌道上。
そこには、人類の歴史を根本から覆す、絶望的な光景が広がっていた。
漆黒の宇宙空間を埋め尽くすように展開する、数万隻もの巨大な超弩級宇宙戦艦。
銀河の半分を支配するとされる絶対的侵略者、『銀河帝国ガルヴァディア』の地球制圧艦隊である。
『フハハハハ……! 見ろ、あの青く美しい星を』
旗艦のブリッジで、全身を漆黒の超硬度装甲で覆った帝国の将軍・ゾルギウスが、モニターに映る地球を見下ろして邪悪な笑みを浮かべていた。
『未開の原始人どもが這いずり回るだけの哀れな星だ。我らガルヴァディア帝国の圧倒的な「科学力」と「プラズマ兵器」の前に、せいぜい絶望の悲鳴を上げるが良い』
将軍ゾルギウスが、ゆっくりと右手を振り下ろす。
『全艦、大気圏へ突入せよ! まずは空を覆い尽くし、太陽の光を奪うのだ! 愚かな人類に、圧倒的な「闇」と「恐怖」を刻み込んでやれ!!』
――ゴゴゴゴゴゴォォォォォォ……ッ!!!
数万隻のUFO艦隊が、一斉に地球の大気圏へと降下を開始した。
その巨大な船体は太陽の光を完全に遮り、日本の上空に、まるで夜が訪れたかのような『不自然な漆黒の影』を落とし始めた。
◇
「ん……?」
ひまわり荘の庭で、高圧洗浄機を操っていた俺は、ふと手を止めた。
さっきまでポカポカと照りつけていた冬の太陽が、急に分厚い雲(※UFOの船底)に隠れ、辺りが急激に薄暗くなったのだ。
「……おいおい、嘘だろ。急に曇ってきたぞ」
俺は、天を仰いで舌打ちをした。
世界滅亡の危機を告げるUFO艦隊の飛来。しかし俺の頭をよぎったのは、人類の存亡などというスケールの大きな話ではなかった。
「ふざけんな! 日差しがなくなったら、せっかく干した『バスタオル』が乾かないじゃないか!!」
大掃除のついでに洗濯機を3回も回し、ベランダに干した大量の洗濯物。それが乾かなくなるのは、オカンにとって死活問題である。
「それに、こんなに薄暗くなったら、窓ガラスの『汚れの拭き残し』が見えづらいだろうが! 大掃除の邪魔すんじゃねぇぇぇッ!!」
タイムリミット(17時の特売)が迫る中、日照権を奪われたオカンの怒りのゲージが、静かに、そして確実にレッドゾーンへと振り切ろうとしていた。




