EP 6
ゴミ屋敷の主『腐敗の堕神』。「長年放置されたヘドロの塊じゃないか」
「おえぇ……。外も酷かったけど、中はさらに強烈だな」
特級魔境(ゴミ屋敷)の本丸、洋館の最深部。
俺は鼻をタオルで厳重に覆い、懐中電灯を手に、真っ黒なモヤが立ち込める大広間へと足を踏み入れた。
後ろからは、蛍光ビブスを着た大統領たちVIPと、下着姿でビブスを被った元・Sランク勇者たちが、ガチガチと歯を鳴らしながらついてくる。
「ひ、ヒィィッ……! 空気が……空気が重いデース! 肺が焼けるようだ……!」
「Boss……。この奥、ただの魔力じゃねえ。触れただけで存在が『腐敗』する神の呪い……。SSS級のさらに上、神話級の気配ですぜ……!」
ジャックが冷や汗を流しながら警告する。
確かに、広間の奥からは、ドロドロとした黒い液体が滝のように溢れ出し、大理石の床をボロボロに腐食させていた。
『……誰ダ……。我ガ「静寂」ノ王座ヲ汚ス、チッポケナ虫ケラ共ハ……』
地響きのような声が響き、広間の中央で黒いヘドロが盛り上がった。
それは無数の目と口を持ち、触れるものすべてを腐った塵に変える絶望の権化――『腐敗の堕神』。
数百年分の怨念と不浄を蓄積し、世界の終焉を待ちわびる古の邪神が、ついにその姿を現したのだ。
『我ハ腐敗……我ハ終焉……。全テノ生命ハ、我ガ不浄ノ海ニ沈ミ、等シク朽チルノダ……』
堕神がゆらりと立ち上がり、周囲に真っ黒な波(腐敗の波動)を放つ。
大統領たちは「おしまいだぁぁぁ!」と抱き合い、勇者たちは絶望して泡を吹いた。
しかし。
俺の目に映っていたのは、世界を滅ぼす神ではなかった。
「……あーあ。これは酷いな」
俺は腰に手を当て、広間の中央でうねる堕神を、ゴミを見るような目(物理)で見下ろした。
「お前、何百年この場所を放置してたんだ? 水回りの掃除をサボって、排水溝のゴミを溜め込みすぎると、こういう『特大のヘドロ』ができるんだよ」
『……ハ? ヘドロ……ダト?』
「自覚がないのか? お前のせいで、三丁目の町内にどれだけ悪臭被害が出てると思ってるんだ。不衛生極まりないし、何よりこの『ヌメリ』……。普通の洗剤じゃ落ちそうにないな」
俺はウンザリした顔で、持ってきたバケツの中から一本の真っ赤なボトルを取り出した。
それは、俺が昨日、近所のドラッグストアの在庫をすべて買い占め、自宅で『濃縮(解体スキル)』を施した特製の洗剤。
「こういうガンコなヌメリと詰まりには……こいつを直接ブチ込むのが一番なんだよ!!」
俺が掲げたのは、ラベルに「強力除菌・概念破壊」と書かれた特製ボトル。
「――業務用の『超・概念洗浄液・パイプユニッシュ(※神殺し仕様)』だ!!」
『……ナ、何ダト!? マ、待テ、ソノ禍々シイ液体ハ何ダ!? 我ガ神ノ肉体ガ、近付イタダケデ拒絶反応ヲ――』
「問答無用!! 排水溝のヌメリも、世界の不浄も、ドロドロに溶かして除菌してやる!!」
俺はボトルのキャップを跳ね飛ばし、堕神(ヘドロの塊)のど真ん中に向かって、高粘度の洗浄液を勢いよくぶちまけた。
対象:長年放置された『不浄の神(蓄積されたヌメリ)』および『概念的な詰まり』。
処理:タンパク質、怨念、および不浄なエネルギーを強力な塩素系反応で分解・液状化し、完全に除菌・消臭する。
「――『解体』!!」
ジュワァァァァァァァァァァッ!!!!!
洗浄液が堕神に触れた瞬間、神話級の絶叫が広間に響き渡った。
『ギ、ギィイィィィィヤアアアアアッ!? ト、溶ケル! 我ガ数百年ノ怨念ガ、跡形モ無ク分解サレテイクゥゥゥッ!?』
堕神のドす黒い巨体が、塩素系の匂い(※圧倒的な浄化の香り)と共に、シュワシュワと白い泡になって溶けていく。
世界を腐らせるはずの邪悪なエネルギーは、ただの「分解された有機物」へと変わり、ドロドロの黒いヘドロは、見る見るうちにサラサラの「ただの汚水」へと変化していった。
「よしよし、いい反応だ。奥の詰まりまでしっかり浸透したみたいだな」
『……ア……アア……。我、除菌サレテ……消エル……ッ』
最後の一滴まで洗浄液を浴びせられた『腐敗の堕神』は、嫌な臭いを一切残さず、完璧に消臭・除菌され、一欠片の「硬い燃えないゴミ(神の核)」だけを床に残して、液体へと帰した。
――数分後。
広間には、漂白剤の清潔な香りが立ち込めていた。
あんなに酷かった悪臭は消え失せ、瘴気は跡形もなく浄化され、大理石の床はむしろ以前よりピカピカに輝いている。
「ふぅ。これで詰まり(ボス)は解消したな。あとはこの残った『粗大ゴミ』を回収するだけだ」
「「「…………」」」
後ろで見ていた大統領、VIP、そしてSランク勇者たち。
彼らは、世界を滅ぼす邪神が「業務用のパイプユニッシュ」で除菌されて溶けていったという理不尽な光景を前に、涙を流しながら膝から崩れ落ちた。
「……神が……神の呪いが、漂白された……」
「塩素の匂いが……これほど神聖に感じたことはないデース……」
「おーい! 大統領さん! 仕上げに水を流すから、そこのバケツ持ってきてくれ!」
俺ののんきな声が、清浄になった魔境に響き渡る。
こうして、世界の終焉を司るはずの堕神は、一人の清掃員の「水回り清掃」によって、一滴のヌメリも残さず除菌・洗浄されてしまったのである。




