EP 4
地獄の番犬襲来。「生ゴミと資源ゴミに分けろって言っただろ!」
「よし、庭のプラスチックと金属はあらかた片付いたな」
タエさんの厳しい監視(分別チェック)のもと、アメリカ大統領をはじめとする世界各国のトップエリートたちは、泣きながら指定ゴミ袋にゴミを詰め込んでいた。
彼らの最高級スーツはすでに土埃とスライムの体液で汚れ、その上に着たダサい蛍光グリーンのビブスだけが異様な存在感を放っている。
「大統領閣下……。まさか我々が、日本の町内会ルールの前でこれほど無力だとは……」
「黙れ……! 青い袋だ、金属は青い袋に入れるんだ……! タエ・マダムに見つかったら殺されるぞ……!」
世界の頂点に立つ男たちが、軍手姿で小声で励まし合っている。
そんな涙ぐましい努力によって、ゴミ屋敷(SSS級魔境)の庭先が少し綺麗になり始めた、その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴォォォォォォ……ッ!!!
突如、洋館の奥から、大地を揺るがすほどの凄まじい地響きと、周囲の空気を焼き尽くすほどの熱波が噴き出してきた。
「な、なんだ!? この圧倒的な魔力と熱気は……ッ!?」
「ヒィィッ! や、館の奥から何か来るぞォォッ!」
エリート探索者たちが尻餅をついて後ずさる。
ドガァァァァァンッ!!と洋館の壁をぶち破って姿を現したのは、燃え盛る地獄の業火を纏った、ビルほどの大きさを持つ『三つ首の巨大な魔犬』だった。
奈落の第一層を守護する絶対の門番――SSS級魔獣『地獄の番犬』である。
『グルルルォォォォォォ……!! 我ガ領域ヲ荒ラス、愚カナル人間ドモメェェェッ!!』
三つの首が同時に咆哮を上げ、口から灼熱のマグマが滴り落ちる。
その神話級の威圧感に、大統領の心が完全にポッキリと折れた。
「オ、オーマイガーッ……! アカン、あれはアカンやつデース!! もう分別とか言ってる場合じゃない! 世界が終わるゥゥッ!」
大統領はパニックを起こし、懐から黒いアタッシュケース(通称:核のフットボール)を取り出した。
「もうダメだ! 戦略核ミサイルで、この町ごと地図から消し飛ばすしか、人類が助かる道はなァァァいッ!!」
大統領が震える指で『赤いボタン』を押そうとした、まさにその時。
「――バカヤロウッ!!」
スパーーーンッ!!
俺が丸めた町内会の回覧板で、大統領の後頭部を強めに引っぱたいた。
「いっっっっっっっっっっ!?」
「何物騒なボタン押そうとしてんだ! そんな爆弾みたいなの使ったら、せっかく集めたゴミがまた散らかる上に、ご近所迷惑だろうが!!」
世界最強の国家元首が、町内会の回覧板でツッコミを入れられて地面にうずくまる。
俺は大統領からアタッシュケースを取り上げると、鼻息を荒くして三つ首の巨大な魔犬を睨みつけた。
『……ン? 貴様、我ヲ見テ恐レヌノカ?』
ケルベロスが不思議そうに三つの首を傾げる。
だが、俺の目には、その恐ろしい地獄の番犬が、信じられないほどマナーの悪い『未分別のゴミの塊』にしか見えていなかった。
「お前なぁ……。毛皮やら生肉やらがついてるくせに、頭には『金属のトゲトゲ首輪』、しかも体からは『燃え盛る炎』まで出してるじゃないか」
『ハ?』
「生ゴミ(肉)と、不燃ゴミ(首輪)と、発火物(炎)が一緒になってるなんて……。分別ルールの最悪の違反だろォォォォッ!!」
俺の頭の中で、オカンの怒りメーターが振り切れた。
「こんな未分別のゴミ塊、収集車が持っていってくれるわけないだろ! 今すぐ俺が、正しく『分別』してやる!!」
俺は、腰に下げていた『庭の枝切りバサミ』を両手で構え、ケルベロスの巨体に向かって跳躍した。
対象:生体部品、金属部品、および危険物(発火能力)が混在した『悪質な未分別ゴミ(SSS級魔獣)』。
処理:各素材の結合を分子レベルで切断し、市町村のルールに従って完璧にカテゴライズ(解体)する。
「資源ゴミと生ゴミは! きっちり分けろォォォッ!! ――『解体』!!」
チョキィィィィィィィンッ!!!!
俺が空中で枝切りバサミを大きく開閉させた瞬間。
神話の魔獣ケルベロスの巨体に、目に見えない無数の『分別のライン(切断線)』が走った。
『キャ、キャンッ!?(解せぬッ!?)』
バサァァァァァッ……!!
次の瞬間、ビルほどもあったケルベロスの巨体が、一滴の血も流すことなく、まるでブロック玩具のように綺麗にバラバラに崩れ落ちたのだ。
そして、それらは空中で自動的に仕分けされ、地面に三つの美しい山を作った。
一つは、炎の魔力が完全に抜けた『ただの犬の毛皮と肉の山(生ゴミ)』。
一つは、三つの首についていた『トゲトゲの金属首輪(燃えないゴミ)』。
そして最後は、魔力の源泉であった『赤い魔石(資源ゴミ)』。
「よし! 完璧な分別だ!」
俺は枝切りバサミをカチャッと鳴らし、綺麗に仕分けられた元・地獄の番犬の山を見て満足げに頷いた。
「「「…………」」」
後頭部をさすっている大統領と、VIPたち。
彼らは、人類を滅ぼすレベルのSSS級魔獣が、ものの数秒で「生ゴミ」と「不燃物」と「資源ゴミ」に完全解体されたのを目の当たりにし、再び思考がフリーズしていた。
「……ケルベロスが……指定ゴミになった……」
「核ミサイルより、あのハサミの方が恐ろしい……」
「おーい! みんな! ボーッとしてないで早く袋詰めしろ! 生肉は『赤い袋』、首輪は『青い袋』だぞ! 間違えたらタエさんに怒られるからな!」
俺が指示を飛ばすと、大統領たちは「ハッ!?」と我に返った。
「イ、イエッサー!! 赤い袋に生肉デース! 絶対に間違えマセーン!!」
「首相! そっちの首輪を青い袋に! 急げ、タエ・マダムのチェックが入る前に!」
かくして、世界最強の権力者たちは、涙と鼻水を垂らしながら、つい先程まで自分たちを殺しかけていたSSS級魔獣の肉片を、大急ぎで市町村指定のゴミ袋へと詰め込み始めたのであった。




