EP 4
悪徳情報商材屋と霊感壺~オカン清掃員、情弱ビジネスを論破する~
第4話:もぬけの殻と、龍魔呂の殺気
ポポロ村の歓楽街の端に位置する、一泊銀貨二枚の安宿『ポポロ・イン』。
その薄暗い二階の廊下の奥、二〇四号室の前に、二つの巨大な影が立っていた。
一人は、緑色のエプロンを締め、肩に青いURデッキブラシを担いだオカン清掃員――九条湊。
そしてもう一人は、黒のタートルネックに深紅のレザージャケットを羽織った身長一九〇センチの巨漢。かつて地下格闘場で無敗を誇り、裏社会で『死を呼ぶ4番(DEATH4)』と恐れられた伝説の処刑人――鬼神・龍魔呂である。
「……ここか」
龍魔呂が、低い、地鳴りのような声で呟く。
彼の手には、普段愛用している『カスタム・レザーナイフロール』が握りしめられている。その中には、最高級の本焼き柳刃包丁(三三〇ミリ)や牛刀(二一〇ミリ)が、いつでも対象を『解体(料理)』できるよう出番を待っていた。
「ああ。村の入り口の防犯魔導カメラの映像と、タローソンの防犯記録を照合した結果、あの詐欺師コンビが潜伏してるのはこの部屋で間違いない。……いくぞ」
湊は、URデッキブラシの柄を短く持ち直し、木製の安いドアノブに手をかけた。
――そして、一切の躊躇なく、前蹴りでドアを蹴り破った。
バキィィィィンッ!!
「クーリングオフ(物理)の時間だコラァァッ!!」
湊が怒声を上げながら室内に突入する。
続いて龍魔呂が、音もなく滑るような歩法(琉球古武術・縮地)で室内に侵入し、瞬時に逃走経路と死角を制圧した。
だが。
二人の圧倒的な制圧力(殺意)をもって踏み込んだその部屋は、不気味なほどに静まり返っていた。
「……チッ。もぬけの殻か」
湊が、舌打ちをして部屋の中を見渡す。
ベッドのシーツは乱れたままで、テーブルの上には食べかけのタローソンの廃棄弁当と、安酒の空き瓶が転がっている。しかし、荷物らしきものは一切なく、窓が開け放たれ、夕暮れの風が虚しく吹き込んでいるだけだった。
「逃げ足だけは一丁前だな。……ステータス偽装の魔法が解ける『48時間』のタイムリミットを知ってるから、カモを騙したら即座に次の街へ高飛びする(ドロンする)手筈になってたんだろう」
湊は、テーブルの上に残されていた丸まったレシートを拾い上げ、ゴミ箱へポイと捨てた。
「……逃げた、か」
背後で。
極めて静かな、しかし背筋が凍るような低い声が響いた。
カチッ……。カチッ……。
龍魔呂が、懐から愛用の真鍮製オイルライターを取り出し、親指でフタを開け閉めし始めた。
金属が擦れ合う、冷たく乾いた音。
それは、彼が裏社会で『悪党』を定めた時にだけ鳴らす、絶望の処刑宣告の合図であった。
シュボッ、と。
龍魔呂はマルボロ赤に火をつけ、紫煙を深く肺に吸い込み、そして細く長く吐き出した。
その瞬間、龍魔呂の全身から、ゆらりと『赤黒い闘気』が立ち昇り始めた。
「大将、抑えろ。ここは村の中だぞ」
湊が、冷や汗を流しながら片手で制止する。部屋の窓ガラスが、龍魔呂の放つ異常な闘気のプレッシャーでピキピキと音を立ててヒビ割れ始めていた。
「……湊」
龍魔呂の瞳が、獲物を狙う猛禽類のように細められる。
「ルチアナもリーザも、騒がしくて食い意地が張ってるだけの、ただのアホだ。……だが、俺の店で飯を食う『常連客』には違いない。……俺の客をコケにして、このポポロ村の空気を汚した腐れ外道ども……」
龍魔呂は、咥え煙草のまま、レザーナイフロールをポンッと肩に担いだ。
「逃がさねェ。地の果てまで追いかけて……極上の細切れ(ミンチ)にして、野良犬の餌にしてやる」
「細切れはやりすぎだ。特定商取引法に基づく契約解除と、精神的苦痛への慰謝料請求(物理)で手を打て。……まぁ、どっちにしろボコボコにするのは確定だがな」
オカン清掃員と、伝説の処刑人。
アナステシア世界において、絶対に敵に回してはいけない最凶のバディが、悪徳転生者たちへの『追跡』を開始した瞬間であった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
ポポロ村から隣町へと続く、人気のない街道の脇道。
「ギャハハハハハッ!! 見たかよ火原さん、あの二人の顔! 『SSR排出率1000%!?』って、完全にヨダレ垂らして縋りついてきやがったぜ!」
安物のテカテカした青いダブルスーツを着た男――鮫島剛が、金貨がたっぷり入った革袋をジャラジャラと鳴らしながら、腹を抱えて大爆笑していた。
「おうよ! しかも約款も読まねェで、年利365%超えの『トイチ』の借用書にホイホイとハンコ押しやがったからな! あの壺、俺がそこらの泥こねて魔力で焼いた、原価ゼロの粗大ゴミだぜ!?」
タローマンのニッカポッカを履いた男――火原元も、下品な笑い声を上げながらポポロシガレット(安物)を吹かしている。
「いやぁ、異世界転生だからやめられないんですよ! 現代日本のコンプライアンスでガチガチの社会と違って、この世界の原住民(NPC)どもは、ITリテラシーも金融リテラシーも皆無の『情弱』ばっかりですからねぇ!」
鮫島は、金メッキの偽物時計を自慢げに撫でた。
「私の【ステータス偽装】でUX(ユーザー体験)を少し盛ってやるだけで、ただのゴミが『神話級アーティファクト』に早変わり! まさに錬金術! これぞ情報商材ビジネスのブルーオーシャンですよ!」
「違いねェ! 俺たちはこの世界のシステムを完全にハックした『勝ち組』だぜ!」
火原が、鮫島とハイタッチを交わす。
彼らは、自分たちが『神話級の天才詐欺師』であると本気で錯覚し、有頂天になっていた。
だが、そんな薄っぺらい祝勝会は、すぐに身内のもめ事(泥沼)へと移行する。
「さーて、鮫島。さっそく今回の利益の分配と行こうじゃねェか」
火原が、鮫島の持つ金貨の袋に手を伸ばした。
「事前の取り決め通り、俺が『6』で、お前が『4』だ。さっさと寄越せ」
パシッ!
鮫島が、火原の手を鬱陶しそうに払いのけた。
「はぁ? 何を言ってるんですか、火原さん。今回のビジネス・スキーム、どう考えても私のマーケティング力と【ステータス偽装】による付加価値創造が利益の源泉でしょう? どう考えても私が『7』で、あなたが『3』ですよ」
「あぁん!?」
火原の顔に、青筋が浮かんだ。
「テメェ、ナメてんのか!? 俺の【コピー】スキルがなきゃ、そもそも売る商品(壺)すら用意できねェだろうが! 口先だけで汗もかかねェ詐欺師野郎が、偉そうに上前はねようとしてんじゃねェぞ!」
「脳筋の土方上がりはこれだから困るんですよ!」
鮫島も負けじと声を荒らげる。
「あなたの作ったコピー品なんて、中身スッカスカですぐ壊れる粗悪品じゃないですか! 私の『パッケージング(偽装)』がなければ、銅貨一枚の価値すらないんですよ! 感謝こそすれ、文句を言われる筋合いはありませんね!」
「テメェ……ッ! ぶっ殺されてェのか!!」
「やれるもんならやってみなさいよ!!」
ガシィッ!
路地裏のコンビは、お互いの胸ぐらを掴み合い、ついに物理的な殴り合いへと発展した。
――しかし。
「痛ぇっ! バカ、スーツ引っ張るな! これ安物だからすぐ破れるんだよ!」
「テメェこそ俺の安全靴踏んづけてんじゃねェ! 足の小指がいてェだろが!」
ポカッ! ペチッ! グダグダ……。
二人の乱闘は、信じられないほどレベルが低かった。
火原は元土木作業員とはいえ、長年の不摂生と酒で体力が落ち切っており、鮫島に至っては「スライムに体当たりされただけで肋骨が折れる」という完全なる運動不足の中年男性である。
魔力や闘気を使った華麗なバトルなど欠片もなく、ただの『体力のないおっさん同士の泥酔した喧嘩』にしか見えなかった。
「ハァ……ハァ……。も、もうやめましょう、火原さん。お互いのビジネスパートナーシップにヒビを入れるのは、ウィンウィンじゃありません」
鮫島が、息を切らしながら先に手を離した。
「……チッ。今回だけは『5分と5分』で手を打ってやる。その代わり、次のヤマはもっとデケェところを狙うぞ」
火原も、肩で息をしながらニッカポッカのホコリを払った。
「ええ、もちろんです。あの貧乏くさい村のアイドルやジャージ女なんかじゃ、スケールが小さすぎますからね」
鮫島が、乱れた前髪を整えながらニヤリと笑う。
「次は、もっと金を持っていそうな『カモ』を狙いましょう。世間知らずで、おだてに弱くて、ポンッと大金を出してくれるような……絵に描いたような上客をね」
「違いねェ。俺たち『選ばれし転生者』の頭脳にかかれば、この異世界の金なんて、全部俺たちの貯金箱みたいなもんだからな。ギャハハハハハッ!!」
夕暮れの街道に、情弱ビジネスで味を占めた二人の下劣な笑い声が響き渡る。
自分たちこそが世界の支配者であると勘違いし、有頂天で歩みを進める彼ら。
その背後に、圧倒的な物理暴力とコンプライアンスの権化たる『オカン』と『処刑人』の足音が、確実に、そして無慈悲に迫っていることなど、知る由もなかった。
そして。
悪徳詐欺師コンビの「次なるカモ探し」は、ポポロ村の外れで、彼らの想像を絶する『善意の化め込み(テロ)』を引き起こす最悪のターゲットと遭遇することになるのであった。




