EP 7
キュララの暴露配信と、変質者公爵のデジタルタトゥー
「ピロンッ! ピロピロンッ! ……うわぁっ、通知が止まりませんっ!」
ムーンキャピタルの大理石のメインストリートを駅へと向かって歩く道中。
天使族のトップゴッドチューバー・キュララのエンジェルすまーとふぉんが、狂ったような勢いで通知音を鳴らし続けていた。
「どうした、キュララ。スパチャの投げすぎでサーバーでも落ちたか?」
湊が、URデッキブラシを肩に担ぎながら振り返る。
「違いますよ湊さん! さっきの『氷血公爵のモラハラ論破配信』の切り抜き動画が、アナステシア世界の全ネット(ゴッドチューブ)で大バズりしてるんです! トレンドの1位から5位まで、全部この街の話題で独占されてますっ☆」
キュララが、ホログラムの画面を空中に投影した。
そこに並んでいたトレンドワード(ハッシュタグ)は、乙女のロマンを完膚なきまでに破壊する、無慈悲な文字列の羅列であった。
『1位:#氷血公爵ただのコミュ障』
『2位:#公爵の皮を被った変質者』
『3位:#大理石インフラの欠陥』
『4位:#中身おっさん聖獣』
『5位:#オカン清掃員マジレス集』
「うわぁ……。見事に炎上してますわね」
リーザが、純金バケツを叩きながらドン引きしている。
「これ見てください! 過去にカグヤ様が配信してた『公爵様とエミリアちゃんの胸キュン♡名場面集』が、ネットの特定班によって完全に『別の視点』として再評価(切り抜き)されてますっ!」
キュララが再生した動画。
それは、かつて『氷血公爵の無言の独占欲♡』として乙女たちを熱狂させた、ヴァルターがエミリアの顔の10センチ前まで顔を近づけ、無言でジッと見つめ続けるというロマンチック(?)なシーンだった。
だが、その動画に被せられたネット民のコメントは辛辣を極めていた。
『これ、ただ言葉が出てこなくてフリーズしてるだけじゃんw』
『ゼロ距離で無言の圧力とか、完全にサイコパスのストーカー』
『エミリアちゃん、目が笑ってない(恐怖)』
『ソーシャルディスタンスの概念がない変質者』
『話しかけられた男を氷漬けにするシーン、あれ嫉妬じゃなくてただの「対人恐怖症による威嚇」だろ』
「……ひどい言われようです」
エミリアが、ホログラムの画面を見つめながら青ざめる。
「でも……確かに、今見返すと、なんで私、あんな距離感でおかしな束縛されてて『愛されてる』なんて勘違いしてたんでしょうか……。洗脳って怖いです」
「おい、カグヤ。息してるか?」
湊が、隣で魂が抜けたように白目を剥いて歩いているカグヤを小突いた。
「……あ、あ、あぁぁ……っ」
カグヤは、エンジェルすまーとふぉんを両手で抱きしめ、ガクガクと震えていた。
「わたくしの……わたくしの、最高傑作の乙女ゲーブランドが……。たった数十分の配信で、ただの『ギャグ・ホラー都市』に落ちぶれてしまいましたわ……。スポンサーが……違約金が……っ」
「自業自得だ。ハリボテの世界観でPV稼ぎなんかしてるから、現実に足元をすくわれるんだよ」
湊が鼻で笑った、その時だった。
――ピキキキキキキッ!!
駅へ向かう一行の足元、大理石の床が、突如として猛烈な冷気と共に凍りついた。
周囲の空気が一瞬にして冬のように冷え込み、通行人の貴族たちが「ひぃっ!」と悲鳴を上げて道を空ける。
「……エミリア。お前を、行かせはしない」
冷気の中心から、漆黒の軍服に身を包んだ男が現れた。
『氷血公爵』ヴァルター・フォン・アーデルハイト。
彼は、先ほどの広場での精神的ダメージから立ち直ったのか、再び極低温の殺気を纏い、エミリアを連れ戻すために駅まで先回りしていたのだ。
「お前……まだ仕事サボってんのか」
湊が、心底呆れ果てた声を出した。
「そんなに領地の仕事(ハンコ押し)が嫌なのか? 現実逃避も大概にしろよ」
「……黙れ、清掃員。私は公爵だ。領地の政など、部下に任せておけば回る」
ヴァルターは湊を冷たくあしらうと、エミリアに向かって手を差し伸べた。
「さぁ、私の手を取れ、エミリア。……外の世界は危険だ。お前は、私の屋敷(鳥籠)の中で、私だけを見ていればいい」
それは、乙女ゲーのヒーローとしては100点満点の、独占欲に満ちた甘いセリフ――のはずだった。
だが、今や『ネット社会の真実』を知ってしまった湊たちにとって、その言葉はただの『異常者の発言』でしかなかった。
「……はーいっ! 全世界のリスナーのみんなーっ! 特ダネだよーっ!」
空気を一切読まないキュララが、魔導カメラをヴァルターの顔面にドアップで近づけた。
「な、なんだ貴様は……! その魔導具をどけろ!」
「トレンド1位の『コミュ障公爵』様が、またしてもエミリアちゃんを軟禁しようとストーカー行為に及んでおりまーすっ! しかも『領地の仕事は部下に丸投げ』という、公職追放レベルの爆弾発言を全世界に向けて発信しましたーっ☆」
「な……っ!?」
ヴァルターが、カメラの前で分かりやすく動揺する。
空中のコメント欄が、爆発的な勢いで加速していく。
『うわ、出た! リアル・ストーカー公爵!』
『仕事部下に丸投げとか、税金泥棒じゃねェか!』
『監禁宣言キタコレ。早くルナミス警察に通報しろ!』
『エミリアちゃん、逃げてー!』
『顔はいいのに中身が限界メンヘラ男』
『このカメラ目線の動揺っぷり、完全に陰キャのそれww』
「ち、違う……! 私はただ、彼女を愛して……っ」
ヴァルターは、自分に向けられた全世界からの『圧倒的な悪意(正論)』にパニックを起こし、氷の魔力を暴走させそうになる。
だが、その前に。
「……公爵様」
エミリアが、毅然とした態度で、ヴァルターの前に一歩進み出た。
彼女の目は、かつての『怯えるヒロイン』のそれではない。監査部で不正を暴くOLのような、冷徹で自立した大人の女の目であった。
「……私、公爵様の屋敷には戻りません。それに、公爵様が私に向けていた感情は、『愛』ではありません。ただの『依存』です」
「な……っ!? エミリア、何を……」
「公爵様は、人とまともに会話をすることが苦手ですよね? だから、無抵抗で、ユニークスキルの影響で自分にだけ都合よく懐いてくれる私を鳥籠に閉じ込めて、安心したかっただけじゃないですか」
グサァァァァァァッ!!
エミリアの放った、的確すぎる『心理分析』。
ヴァルターの胸に、目に見えない巨大な杭が打ち込まれる音がした。
「い、いや……私は……『氷血』と恐れられる、帝国最強の……」
「いいえ。公爵様はただの『コミュニケーション障害』です。言葉で気持ちを伝えられないから、無言で距離を詰めたり、氷で威嚇したりして、相手を怖がらせてコントロールしようとしているだけです」
グサァァァァァァッ!!(二撃目)
「あ……あぁ……っ」
ヴァルターは、両手で顔を覆い、膝から崩れ落ちた。
彼の『クールで冷酷な完璧なヒーロー』というアイデンティティは、最愛(だと思い込んでいた)のヒロインからの客観的すぎるマジレスによって、完全に粉々に砕け散ったのである。
「す、凄いですわエミリアさん……。言葉の刃だけで、帝国最強の魔剣士の精神を完全に破壊しましたわ……!」
リーザが、純金バケツを震わせながら感嘆する。
「前世で、部下の手柄を横取りする無能なパワハラ上司を、理論武装で追い詰めて辞職させた時のことを思い出しました」
エミリアが、ふぅ、と清々しい顔で前髪を払う。完全に『強きキャリアウーマン』の顔である。
「……お見事だ、エミリア」
湊は、崩れ落ちたヴァルターを見下ろし、URデッキブラシを肩で叩いた。
「ネットの海に刻まれたデジタルタトゥーは、一生消えねェぞ、公爵。お前のストーカー気質とコミュ障っぷりは、アナステシア世界の全住人が知るところとなった。……もう、テンプレのイケメンヒーローのツラをして生きていくことはできねェな」
キュララのカメラの向こう側で、数千万人のリスナーが『ざまぁww』『公爵陥落!』と弾幕を張っている。
「……お、俺は……どうすれば……っ」
大理石の床で、完全に自我が崩壊し、頭を抱えてすすり泣くヴァルター。
乙女ゲーの街の絶対的権力者は、ただの『ネットの笑い者』へと転落した。
「おい、氷血公爵(笑)」
湊が、泣きじゃくる男の前にしゃがみ込み、冷たく言い放った。
そこから続くのは、オカン清掃員による、前代未聞の『アフターケア(進路指導)』であった。
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