EP 5
『聖女の涙』の成分分析と、第一次産業の不在
氷血公爵(ただの情緒不安定なコミュ障)のモラハラを論破し、モフモフ聖獣のコン太(中身はセクハラ親父)を壁に叩きつけて物理的に排除した、ポポロ村の視察団(テンプレ破壊部隊)一行。
彼らは、保護したエミリアを交え、ムーンキャピタルのメインストリートにあるオープンテラスのカフェで、本来の目的である『交易の品』についての話し合いを始めていた。
「さて、と。邪魔者もいなくなったことだし、本題に入ろうか」
湊が、特製ハーブティーのカップを置きながらキャルルに視線を向けた。
「はいっ! これが、ムーンキャピタルの役人から渡された、特産品のサンプルです」
キャルルが、大事そうにカバンから取り出したのは、美しい装飾が施された小さなガラスの小瓶だった。
中には、キラキラと淡い光を放つ透明な液体が入っている。
「これが噂の『聖女の涙』……!」
リーザが、純金バケツをテーブルの下に隠しながら、食い入るように小瓶を見つめた。彼女の瞳は完全に『¥』マークの形になっている。
「王都の闇市で一瓶金貨百枚(約百万円)で取引されるという、超高級レアアイテム! これが定期的に手に入るなら、ポポロ村の財政はウハウハ、私のアイドル活動資金も潤沢になりますわ!!」
「ほう。一瓶百万ねぇ」
湊は、胡散臭そうに目を細めながら小瓶を受け取った。
「伝説によれば、数百年に一度現れる『本物の聖女』が、悲しみの中で流した奇跡の涙を集めたものだとか……。どんな不治の病も治し、枯れた大地に緑を蘇らせるほどの魔力を秘めているそうですわ!」
リーザが、どこかで仕入れてきたテンプレの設定を得意げに語る。
「あらあら〜。私の世界樹の魔法みたいに、自然を元気にするお水なんですのね♡」
ルナがふんわりと微笑む。
「……伝説ねぇ。ちょっと貸してみろ」
湊は、小瓶のコルク栓をポンッと抜き、中の液体を一滴だけ自分の指先に落とした。
そして、躊躇なくその指をペロリと舐めた。
「あっ!? 湊さん、ダメですよ! そんな貴重なものを直接舐めるなんて――」
キャルルが慌てて止めようとするが、遅かった。
湊は、舌の上で液体を転がしながら、彼自身のユニークスキルである【解体】を発動させた。
物質の構成を原子レベルで把握し、分解・再構築する清掃員の絶対的スキル。このスキルを使えば、どんな未知の薬品や魔法物質であろうと、その成分を完璧に分析(成分表示)することが可能である。
「……成分解析、完了」
数秒後。湊は、呆れ果てた顔で深くため息を吐き、小瓶をテーブルの上にコトリと置いた。
「湊さん、どうでしたの!? やっぱり、凄まじい神聖魔力がたっぷり詰まってるんですの!?」
リーザが身を乗り出して尋ねる。
「……ただの塩水だ」
「えっ?」
湊の言葉に、テーブルの空気がピタリと止まった。
「いや、ただの塩水じゃねェな。正確には『塩化ナトリウム水溶液』。微量のカリウムとカルシウムが混ざってるが……要するに、ただの『少ししょっぱい水』だ」
「…………は?」
リーザの顔から、一気に笑顔が消え去った。
「魔力なんて一ミリも入ってねェ。治癒効果もゼロ。枯れた大地にこんなもん撒いたら、塩害で余計に作物が育たなくなるぞ。……お前らが『聖女の涙』って呼んでるこれ、文字通り、ただの『人間の涙(汗と同じ成分)』を小瓶に詰めただけの代物だ」
「た、ただの、人間の、涙……?」
キャルルが、ウサギ耳を震わせて絶句する。
「ああ。たぶん、この街のどこかで、女を泣かせてはその涙を小瓶に集めて『聖女の涙』って名前のブランド品として売り捌いてる悪徳業者がいるんだろうな。原価はタダ(水と塩分)だ。ボロい商売(詐欺)だな」
「…………」
リーザは、プルプルと震えながら立ち上がった。
そして、テーブルの下から純金バケツを取り出し、それを両手で高く掲げた。
「ふ、ふざけるなァァァァァッ!!」
ガァァァァンッ!!
リーザが、怒り狂って純金バケツを大理石の床に叩きつけた。
「一瓶百万円の超高級アイテムだと思って期待していたら、ただのしょっぱい水!? 詐欺ですわ! 完全な優良誤認、景品表示法違反ですわよ! 消費者庁にコラボしてポポロ村の制裁を入れてやりますわ!!」
強欲アイドルの夢が完全に打ち砕かれ、彼女の背後には怒りの阿修羅の幻影が浮かび上がっていた。
「ま、まぁ落ち着けリーザ。こんなテンプレ街の特産品に期待した俺たちがバカだったんだ」
湊は、暴れるリーザをなだめながら、オープンテラスからムーンキャピタルの街並みをぐるりと見渡した。
「……それより、もっと根本的な『ヤバい欠陥』に気づいてねェか?」
「欠陥? 大理石のインフラ以外にですか?」
キャルルが首を傾げる。
「ああ」
湊は、腕を組み、冷ややかな視線で通りを歩く人々を観察した。
「さっきから見てるが……この街を歩いてる連中、見渡す限り全員がフリフリのドレスや、仕立ての良いタキシードを着た『美男美女の貴族』ばっかりだ。……農作業着を着たジジイも、油にまみれた工場の職人も、荷馬車を引く労働者も、一人もいねェ」
「あ、確かに……」
「言われてみれば、街全体が綺麗すぎますわね。生活感が全くありませんわ」
ルナとキュララも、湊の指摘に気づいて不思議そうに周囲を見回す。
「なぁ、エミリア」
湊は、紅茶を飲んで落ち着きを取り戻していたエミリアに問いかけた。
「お前、この街に暮らしてそこそこ長いんだろう? この街で『畑を耕してる農家』とか、『鉄を打ってる鍛冶屋』とか、『ゴミを回収してる清掃員』を見たことがあるか?」
「え……?」
エミリアは、ぽかんとして瞬きをした。
「あ、ありません……。そういえば、食事もいつも、お屋敷のテーブルに完璧に調理されたものが『いつの間にか』並べられていて……。誰がどこで食材を作って、誰が運んでいるのか、考えたこともありませんでした」
「バカな」
湊は、URデッキブラシを床にドンッ!と突き立て、呆れ果てた声を出した。
「第一次産業(農業・漁業)と第二次産業(工業・製造業)が全く存在しねェ都市なんて、あり得ねェだろうが! 食料自給率0%の街が、どうやってこの莫大な人口を養ってんだ! 全て他国からの輸入に頼ってるなら、物流を担う運送業者が街に溢れ返ってなきゃおかしい!」
「あ……」
元社畜OLのエミリアの脳内で、経済と流通の基本的なロジックが組み上がり、この街の異常性にようやく気がついた。
「この街は、あの見栄っ張り女神が、ゴッドチューブの視聴率(PV)を稼ぐためだけに作った『張りぼての舞台装置』なんだよ」
湊は、吐き捨てるように言った。
「綺麗なドレスを着た貴族が、お茶会をして、恋愛ごっこをして、婚約破棄をする。……それ『だけ』を映すために、泥臭い労働者や、生活インフラの概念を丸ごと『省略』してやがるんだ」
「省略って……そんな、ゲームの設定じゃないんですから……!」
キャルルが信じられないという顔をする。
「いいか? 人間が何万人も暮らしてて、毎日飲み食いしてりゃ、必ず『ゴミ』と『排泄物』が出る」
湊の目が、本職の清掃員としてのガチの眼光に変わった。
「これだけの大理石の街だ。下水道が整備されてないなら、必ず定期的に汲み取り(バキューム)作業が必要になる。だが、そんな汚い仕事をしてる奴の姿はどこにもねェ。……一体、誰がバキュームカーを運転してんだよ!! 誰がこの街のウンコを処理してんだ!!」
シーン……。
オシャレなオープンカフェに、湊の「誰がウンコを処理してんだ」という身も蓋もない怒声が響き渡り、周囲の貴族たちが「ひっ!?」「う、うんこ……なんて野蛮な言葉……!」と顔をしかめてドン引きしている。
「はーいっ! 全世界のリスナーのみんなーっ!」
沈黙を破るように、キュララが魔導カメラを構えて元気よく実況を再開した。
「オカン清掃員による、乙女ゲー概念都市の『世界観崩壊・経済学説教』が始まりましたーっ! 夢も希望もない、圧倒的な現実の突きつけでーす☆」
空中のコメント欄が、再び爆笑の渦に包まれる。
『バキュームカーwwファンタジーに持ち込むなww』
『言われてみれば、乙女ゲーの街のインフラってどうなってんだ?』
『第一次産業の不在(学術的指摘)』
『聖女の涙(ただの塩水)でぼったくりは草』
『カグヤ様の手抜き設定がバレていくぅぅww』
『オカンの着眼点が完全に業者で好き』
「……私、自分がどれだけ薄っぺらい世界(鳥籠)にいたのか、ようやく分かりました」
エミリアは、テーブルの下でギュッと拳を握りしめた。
「誰かが働いてくれたおかげで食事ができる。そんな当たり前のことも見えなくなって……ただ公爵様に守られて、綺麗な服を着て満足していた自分が、恥ずかしいです」
前世で汗水垂らして働いていた社畜の誇り(労働意欲)が、エミリアの瞳の中で静かに燃え上がり始めていた。
「気付いたなら上出来だ。お前はまだやり直せる」
湊は、ニヤリと笑ってエミリアの肩をポンと叩いた。
「こんな、誰がバキュームカーを運転してるかも分からねェような薄気味悪い街、さっさとオサラバするに限る。ウチのポポロ村に来い。あそこは泥臭ェが、みんな自分の足で立って、働いて、美味い飯を食ってる。……嘘の涙(塩水)なんかに頼らなくても、本物の幸せがある場所だ」
「はいっ……! 私、行きます! ポポロ村で、自分の手で働いて生きてみたいです!」
エミリアが、力強く頷いた。
乙女ゲーのヒロインが、ヒーロー(公爵)の溺愛ルートを完全に破棄し、オカン清掃員の『農業・肉体労働ルート』へと見事にジョブチェンジを果たした瞬間である。
「よーし! じゃあ、エミリアちゃんもウチの村の住人ですわね! 歓迎会はルナキンのドリンクバーで朝まで語り明かしますわよ!」
リーザが、機嫌を直して純金バケツをドンドンと鳴らす。
「それじゃあ、この交易の話は……『詐欺未遂』ということで、白紙撤回ですね」
キャルルが、ムーンキャピタルの役人から渡されていた書類をビリビリと破り捨てた。
「ああ。こんな張りぼての街に、ウチの美味い太陽芋は一粒たりとも売ってやらねェよ」
湊がURデッキブラシを肩に担ぎ直し、視察団(テンプレ破壊部隊)は晴れやかな顔でカフェを後にしようとした。
――しかし。
彼女たちのこの『世界観を根本から否定し、ヒロインを強奪する』という暴挙を、この街を管理する神格システムが黙って見過ごすはずがなかった。
「……アンタたち!! わたくしの稼ぎ頭の街(ドル箱)で、一体何をやってくれてますのォォォォッ!!」
遥か上空から。
ハイブランドのドレスを身に纏い、顔を真っ赤にして激怒する月の女神・カグヤが、音速を超えて突撃してくる姿がそこにあった。
読んでいただきありがとうございます。
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