第二十二章 氷血公爵とモフモフ聖獣の異常な愛情~オカン清掃員、乙女ゲー概念の街を論破(おそうじ)する~
月兎族村長の悩みと、大理石インフラの欠陥
ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国。三大国家の緩衝地帯に位置する、アナステシア世界で最も規格外な農村――ポポロ村。
今日も平和な朝の陽光が降り注ぐ中、緑色のエプロンを身につけたオカン清掃員こと九条湊は、小料理屋『鬼龍』の前の石畳をホウキで掃き清めていた。
「よし、落ち葉の掃除はこんなもんだな。……ん?」
サクサクとホウキを動かしていた湊の視界に、トテトテと小走りで駆け寄ってくるウサギ耳の少女が映った。
ラフな現代風のパーカーにショートパンツ、そして足元にはタローマンで買った特注の安全靴(雷竜石内蔵)。ポポロ村の村長であり、元レオンハート獣人王国の姫君でもある月兎族のキャルルである。彼女の胸には、何やら分厚い書類の束が抱えられていた。
「湊さんっ、おはようございます! 朝からお掃除お疲れ様ですっ♡」
「おう、キャルル。朝から忙しそうだな。村の予算の決算か?」
「いえ、違うんです。実は……湊さんに、ポポロ村の今後のことで相談がありまして」
キャルルは、ウサギ耳をペタンと寝かせ、少しだけ困ったような、そしてどこか居心地の悪そうな顔をして書類を差し出した。
「交易の相談なんです。隣の街……『ムーンキャピタル』と、新しく特産品の取引をしようかと思ってるんですけど……」
「ムーンキャピタル? ああ、あの見栄っ張り女神が治めてるっていう、無駄にキラキラした街か」
湊はホウキを置き、キャルルから書類を受け取った。
ムーンキャピタル。それは月の女神カグヤの庇護下にあり、ルナミス帝国北部と隣接する大都市である。風の噂では、貴族たちが優雅に暮らし、華やかな宮廷文化が花開いていると聞く。ポポロ村の農作物やポポロシガーを輸出するには、悪くない市場に思えた。
「いいじゃないか。ウチの太陽芋や肉椎茸を高く買ってくれるなら、村の財政も潤う。……何か問題があるのか?」
「それが……」
キャルルは、辺りをキョロキョロと見回し、声を潜めて言った。
「あの街ね、すごく『変な街』なんです。私、交易の事前交渉で何度か足を運んだんですけど……行く度に思うんです。街の住人が、見渡す限り全員『美男美女』しかいないんですよ。おじいちゃんやおばあちゃん、普通のおじさんすらいないんです」
「……は? 美男美女しかいない? なんだその極端な人口ピラミッドは。遺伝子操作でもしてんのか?」
「わかりません。それに……もっと変なのが」
キャルルは、信じられないものを見たという顔で言葉を続けた。
「毎回毎回、私が広場を通りかかる度に……意味も無く、大勢の貴族の前で『婚約破棄』されて、国外追放を言い渡されて、シクシク泣いている女性がいるんです」
「……」
「しかも、道という道が、アスファルトじゃなくて全部『大理石』で舗装されていて……ピカピカに磨き上げられてるんです。もう、色々とおかしくて、行く度に頭がバグりそうになるんです」
その瞬間。
湊の脳内で、ファンタジーのロマンを粉砕する『圧倒的な現実主義』のスイッチが入った。
「……ちょっと待て」
「ひゃいっ?」
湊の放つ極低温のプレッシャーに、キャルルのウサギ耳がビクッと跳ねる。
「道が全部『大理石』で出来てるって言ったか?」
「は、はい。ピカピカで、顔が映るくらい綺麗で……」
「バカか!!」
湊は、手にした書類をバンッ!と叩いて絶叫した。
「大理石の舗装!? 雨が降ったらどうすんだ! 馬車の車輪も人も、ツルッツルに滑って連日大事故だろうが! 少しでも泥がつけば見た目は最悪になるし、冬場に凍結したら完全にスケートリンクだぞ!」
「あ、えっと、そう言われてみれば……」
「それに、大理石なんて酸性雨や馬の糞尿に死ぬほど弱いんだぞ! あっという間に表面が溶けてボロボロになる! そんなメンテナンスの地獄みたいな建材を公共の道路に使うなんて、正気の沙汰じゃねェ!」
湊の目は、完全に『清掃員のプロ』のそれに変わっていた。
「水はけだって最悪だ。排水機構はどうなってんだ? 側溝はあるのか? まさか下水処理設備なしで、美男美女がウンコもせずに暮らしてるとでも言うつもりか!?」
「ひぃぃっ! み、湊さん、落ち着いて! ウンコとか言わないで!」
大理石のインフラに対する湊の容赦ないマジレス・ダメ出しが、平和なポポロ村の朝に響き渡る。
「おお? 朝っぱらから湊さんが何やらキレてますわね。また誰かタダ食いでもしましたの?」
騒ぎを聞きつけ、エンジ色の芋ジャージを着たリーザが、純金バケツ(お賽銭箱)を抱えながらトテトテとやってきた。その手には、朝食代わりのパンの耳とゆで卵が握られている。
「聞いてくださいよリーザちゃん! ムーンキャピタルの大理石の道のことで、湊さんが急に怒り出して……」
「あらあら〜。大理石の道なんて、とってもロマンチックじゃありませんの? お姫様がガラスの靴で歩くのにぴったりですわ〜♡」
天然エルフのルナも、ふんわりとした笑顔でどこからともなく現れた。
「はいっ! 今日の配信は『オカン清掃員、隣街のインフラにブチギレるの巻』でーすっ☆」
ピンクのフリフリ衣装を着た天使・キュララが、空から魔導カメラを回しながら降りてくる。
いつものヒロインたちが集結し、事態はさらに騒がしくなっていく。
「ロマンチックだぁ? 寝言は寝て言え。インフラってのはな、安全性と耐久性が第一なんだよ」
湊は呆れたようにため息を吐き、キャルルに向き直った。
「で、そんな欠陥だらけの街と、わざわざ交易なんてする必要あるのか?」
「あ、はい! それが……ムーンキャピタル側から、特産品として『聖女の涙』っていう、ものすごく貴重なポーションを交易品に出すから提携したいって言われてるんです」
「聖女の涙……?」
その単語を聞いた瞬間、リーザの瞳がギラッと(¥マークの形に)輝いた。
「聖女の涙ですって!? それ、王都の闇市で一瓶金貨百枚(約百万円)で取引されてる超高級レアアイテムですわよ! それが手に入るなら、ポポロ村の財政も私の懐もボロ儲けですわ!!」
リーザが純金バケツをバンバンと叩いて興奮する。
「なるほど、それは悪くない話だ。……だが」
湊は腕を組み、怪訝な顔をした。
「毎回毎回、広場で婚約破棄されてるって話はどうなってんだ。異常だろ」
「あ、そうなんです!」
キャルルが再び身を乗り出してくる。
「私が見た時は、王太子様らしき人が、大勢の前で男爵令嬢に『貴様との婚約を破棄し、国外追放とする!』って叫んでたんです。で、令嬢が泣き崩れて……。行く度にそんな光景を見るから、もう頭が痛くて……」
「……」
湊は、完全に冷め切った目で虚空を見つめた。
「あのな。長年国費をかけて、王族の伴侶として教育してきた娘を、いきなりその場で追放? コスパ悪すぎだろ。今までの教育投資費用をどうやって回収する気だ? 完全に赤字だぞ」
「えっ? コ、コスパ?」
「それに、王太子と貴族令嬢の婚約なんて、国家間の条約に等しい超重量級の契約だ。それを王太子の一存で、しかも広場で口頭で破棄できるわけがねェ。文書はどうした? 議会の承認は? 違約金は誰が払うんだ? その国の法律はどうなってんだよ!」
湊のド正論すぎるオカンの説教に、キャルルもリーザもポカンと口を開けてフリーズした。
ファンタジー世界の住人である彼女たちですら、湊の圧倒的な『現実主義』の前に言葉を失う。
「……そもそも、なんで女たちは泣いてるばっかりなんだ? 自立しろよ」
湊が呆れ果てて言うと、キャルルが思い出したように付け加えた。
「そ、それがですね! 泣いている女性の前に、いつも『氷血公爵』って呼ばれてる偉い公爵様が通りかかって……その女性の顎をクイッとして、公衆の面前でキスをして、そのままお持ち帰り(保護)していくんです!」
「……」
「で、でもね、私が仕事の話でその女性に話しかけようとしたら、公爵様がものすごく不機嫌になって、私にまで殺気を向けてくるんですよ!? 女同士が話してるだけなのに!」
その言葉を聞いた瞬間、湊の堪忍袋の緒が完全に切れた。
「公衆の面前でキス!? 暇な公爵だな、平日だろ、仕事しろよ! それに、女同士の会話に嫉妬して殺気を放つとか、情緒不安定すぎんだろ! ただの束縛DV男の典型じゃねェか!」
「み、湊さん、顔が怖いですっ!」
湊は、URデッキブラシを肩に担ぎ直し、ギラギラとした目をムーンキャピタルの方角へ向けた。
「……決めた。キャルル、その交易の話、俺も視察に同行する」
「えっ!? 湊さんがですか!?」
「ああ。大理石の排水インフラの欠陥、異常な離縁率(婚約破棄)の違法性、そして情緒不安定な公爵とやら……。あの見栄っ張り女神が作った『乙女ゲー概念』とやらがどれほど杜撰なもんか、この俺がきっちり『お掃除(論破)』してやる」
「わーいっ! じゃあ私たちも行きますわ! 聖女の涙をゲットして、大儲けですの!」
リーザが歓喜の声を上げる。
「楽しそうですわね〜♡ 私も美味しいスイーツを食べに行きますわ!」
「リスナーの皆さん! 次回、『オカン清掃員、乙女ゲーの街へ殴り込み』編、スタートでーすっ☆」
ルナとキュララも完全に便乗モードに入り、視察団(という名のテンプレ破壊部隊)があっという間に結成された。
女性向けテンプレの結晶である『ムーンキャピタル』と、現実主義の権化であるオカン清掃員・九条湊。
交わるはずのない二つの概念が激突する、波乱の視察旅行が今、幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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