EP 10
90分の終焉と、愛しき日常の宴
『残り時間:1分00秒』
タロキンの厨房の壁、そしてVIP席のタッチパネルに表示された赤いデジタル文字が、終わりの時を告げるカウントダウンを刻み始めていた。
「……トンデモナイト。そして、すべての食材王国の勇士たちよ」
配膳トレイの上。
たった一人残された純白のサシ(霜降り)を持つ王女――ハラミ姫は、静かに涙を拭い、スッと立ち上がった。
彼女の目の前には、豚バラの騎士・トンデモナイトと弟子の『ご飯』が、自らの命を燃やして完成させた『極上豚丼』の空のどんぶりが置かれている。
彼らの尊い犠牲は、無慈悲なる悪魔(湊)の胃袋を確かに満たした。しかし、悪魔の食欲を完全に止めるには至らなかった。
「貴方たちの愛と犠牲の深さ、このハラミの身にしっかりと刻み込みました。……もう、私は逃げません」
ハラミ姫は、自らの意志で、配膳トレイから一歩前へ踏み出した。
「ただ怯えて食われるだけの肉に、王族たる資格はありません。貴方たちの犠牲を無駄にしないためにも……私は、この身が持つ最高の旨味を以て、奴らの胃袋に『究極の満足感』を与え、この戦いを終わらせてみせましょう!」
それは、食材として生まれた者の、究極の矜持。
ハラミ姫は、自ら進んで、灼熱のロースター――ピカピカの鉄網の上へと、その美しい身を横たえた。
――ジューーーーーッ……。
「……ホゥ」
黄金のトングを構えていた龍魔呂が、極低温の殺気をフッと緩め、わずかに目を見開いた。
「大将? どうした、手が止まってるぞ」
湊が、陽薬茶の入ったコップを置きながら尋ねる。
「……いや。このハラミ……ただの肉じゃねェ。網に乗った瞬間、自ら最高の焼き加減になろうとするような『覚悟』を感じるぜ」
龍魔呂は、くわえていたマルボロ赤の紫煙を細く吐き出した。
「上等だ。お前のその覚悟、俺の暗殺剣で最高の葬送曲にしてやる」
チャッ。
龍魔呂の黄金トングが、優しく、しかし一切の無駄なくハラミ姫を裏返した。
表面にはカリッとした見事な焼き色がつき、内部には極上の肉汁がパンパンに閉じ込められた、完璧な『ミディアムレア』。
『ああ……なんて、優しく、熱いトング捌き……。これなら、最高の状態で……』
ハラミ姫は、炎の中で微笑みながら、自らの身を完全に龍魔呂の技術へと委ねた。
「完成だ。……オカン、お前に譲る」
「サンキュー。じゃあ、遠慮なく……」
湊が箸を伸ばそうとした、その時だった。
「待ってください、湊さんっ♡」
ウサギ耳の村長・キャルルが、素早い手つきでハラミ姫を小皿に引き寄せた。
そして、彼女はテーブルの隅に置かれていた『あるもの』を手に取った。
それは、この九十分の死闘の始まり。
湊が最初にオーダーし、「キャロット(人参)はまだか?」と言い放った、あの『人参のスティック(焼き野菜用)』であった。
キャルルは、完璧に焼き上げられたハラミ姫の肉で、その人参スティックをクルリと優しく包み込んだのだ。
「……ほら、湊さん。お肉だけじゃなくて、お野菜も一緒に食べないとダメですよ? はい、あーんっ♡」
キャルルが、満面の笑みでウサギ耳を揺らしながら、肉巻き人参を湊の口元へと差し出した。
「おっ、気が利くじゃねェか。……あむっ」
湊は、照れることもなく、パクリとその『ハラミと人参のフュージョン』を口に放り込んだ。
『トンデモナイト……みんな……! 私は今、最高の状態で……!』
湊の口の中で、ハラミ姫の極上の肉汁がジュワァァァッと溢れ出した。
柔らかくほどける赤身の旨味。霜降りの上品な脂の甘み。
そして、キャロット(人参)のシャキッとした食感とさっぱりとした甘みが、ハラミの濃厚な脂を見事に中和し、奇跡のハーモニーを奏でる。
さらに、湊の口内には、先ほど食した『トンデモナイトとご飯の極上豚丼』の仄かな余韻(タレの旨味)が残っていた。
豚と、米と、野菜と、牛。
タロキンが誇るすべての食材たちの命が、九条湊という一人の男の胃袋の中で、完全なる一つ(宇宙)になった瞬間であった。
「……美味いっ!!」
湊が、目をカッと見開き、心からの感嘆の声を上げた。
その笑顔を見た瞬間。
ハラミ姫の魂は、深い満足感と共に、空高くへと昇っていった。
『……ええ。悪魔たちよ……貴方たちの、その最高の笑顔が見られたなら……私たちの九十分は、決して無駄では……なかった……』
光となって消えていくハラミ姫。
彼女の魂は、先に逝ったトンデモナイトやタンシオ、カルビ、餃子たちと天国(食材のヴァルハラ)で再会し、固く抱き合ったことであろう。
『ピピピピッ! ピピピピッ!』
その直後。
VIP席のタッチパネルから、無機質なアラーム音が鳴り響いた。
「おっ、九十分終了か」
湊が、おしぼりで口を拭きながら時計を見た。
テーブルの上には、数え切れないほどの空の皿と、ジョッキ、どんぶりの残骸が、文字通り『死屍累々』の山のようになって積み上げられている。
食材王国軍は全滅した。
だが、その命はすべて、ポポロ村の面々の『笑顔』と『満腹感』へと、美しく昇華されていた。
「ふはーっ! 食いましたわ! でも、あと三十分くらいは追加でいけそうですの!」
エンジ色の芋ジャージのお腹を全く膨らませることなく、リーザが純金バケツを叩いて豪語する。相変わらずのブラックホールである。
「うぅぅ……。私、カレーとビールしか記憶がないわ……。お肉、一枚も食べてない……」
「わたくしなんて、最初の十五分で気絶してましたのよ……。なんて恐ろしい罠を仕掛ける店かしら……」
ルチアナとカグヤが、青い顔をしてソファーにぐったりと寄りかかっている。
「皆様、お疲れ様でした〜! 今日の配信はここまで! 最後はお肉全滅の素晴らしい絵が撮れましたねっ☆」
キュララが魔導カメラに向かってウインクを決め、配信の録画ボタンを停止する。
「甘いものもお肉も、バランス良く食べられて、とっても健康的なお食事でしたわ〜♡」
天然エルフのルナが、ふんわりとした笑顔で陽薬茶をすすっている。
「……フン。ま、悪くねェ九十分だったぜ。火遊びの暇つぶしにはちょうど良かった」
龍魔呂が、黄金のトングを静かにケースにしまい、マルボロ赤に火をつけた。
「よし、全員食い終わったな。帰るぞ」
湊の号令で、一行はタロキンを後にした。
◇ ◇ ◇
外に出ると、ポポロ村の夜空には、満天の星が美しく輝いていた。
秋の涼しい夜風が、焼肉の匂いが染み付いた服を心地よく撫でていく。
「いやー、食い過ぎたな。明日の朝は抜くか」
湊が、膨れた腹をぽんぽんとさすりながら、満足げに夜空を見上げた。
「湊さんが幸せそうなら、私も幸せですっ♡ 明日はいっぱい運動しましょうね!」
キャルルが、湊の腕にギュッと抱き着いてウサギ耳を揺らす。
「こらー! キャルル抜け駆け禁止ですの! 次は私のおごり(スパチャ)で、もっと高い焼肉屋に連れて行ってあげますわよ!」
リーザが、純金バケツを振り回しながら抗議する。
「ちょっとアンタたち、うるさいわよ……。胃袋に響くから、静かに歩いて……」
「うぇっぷ……。当分、カレーの匂いは嗅ぎたくありませんわ……」
前を歩く湊たち。後ろでよろよろと歩く駄女神たち。
ポポロ村の静かな夜道に、彼らの騒がしくも温かい笑い声が、いつまでも響き渡っていた。
タロキン厨房の奥深くで繰り広げられた、食材たちの壮絶な九十分の死闘。
その真実を知る者は、この世界に誰一人としていない。
だが、今日の焼肉が『最高に美味しかった』という記憶だけは、彼らの心に確かな幸せの1ページとして刻まれたのであった。
バカバカしくも熱い、焼肉バイキングの夜。
ポポロ村の愛しき日常は、明日からもまた、胃もたれを忘れて力強く続いていく。
最後まで『第42章:焼肉バイキング・タロキンの攻防~トンデモナイトの死闘と90分の黙示録~』をお読みいただき、本当にありがとうございました!!
食材たちの視点から描く、無駄に熱くて悲壮なサバイバル劇(笑)。いかがでしたでしょうか?
読者の皆様も、バイキングに行く時は「最初にカレーを食べない」「デザートのタイミングに気をつける」そして「食材たちへの感謝(美味しくいただくこと)」をどうか忘れないでくださいね!(笑)
ハラミ姫の美しい最期、そしてキャルルの機転による「キャロット(人参)」の回収。
湊の最強の「美味い!」という一言が、トンデモナイトたち食材王国の全てを救ってくれました。ポポロ村のメンバーは、今日も平和(満腹)です!
【読者の皆様へ、最後のお願いです!】
「食材の擬人化で泣く日が来るとは……」「ハラミ姫ぇぇっ!」「人参の伏線回収で草」「やっぱりオカンと龍魔呂は最強w」と、少しでも笑って、楽しんでいただけましたら……!
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それでは、次章でまたお会いしましょう!
いつも温かい応援、本当にありがとうございます!!




