EP 7
餃子の自己犠牲! 網の隅の涙
タロキン90分一本勝負。
時計の針は無情にも進み、残り時間はついに『三十分』を切ろうとしていた。
「よし、そろそろ本丸に行くか。……すいませーん、極上霜降りハラミ、五人前!」
九条湊の無慈悲なオーダーが、タッチパネルから厨房へと送信された。
タロキンの厨房、冷蔵ショーケース内。
その通知を受け取った瞬間、食材王国軍に絶望の風が吹き荒れた。
タンシオ、カルビ、ホルモン。肉部隊の精鋭たちは、湊の【解体】スキルと龍魔呂の黄金トング、そしてリーザのブラックホール胃袋という「悪魔の三位一体」の前に、すでに完全に食い尽くされていた。
もはや、ハラミ姫を守る肉の壁は、一枚も残っていない。
「……ついに、この時が来てしまったか」
豚バラ肉の騎士・トンデモナイトは、静かに目を閉じ、爪楊枝の剣を握りしめた。
「トンデモナイト……っ!」
ハラミ姫が、純白のサシ(霜降り)を震わせながら彼にすがりつく。
「恐れることはありませぬ、姫よ。……私がお供します。私の厚い脂身を盾にし、あの悪魔どもの胃袋を限界まで重くしてご覧に入れましょう。この身が炭になろうとも、貴女だけは絶対に守り抜く!」
トンデモナイトは、決死の覚悟でハラミ姫の手を取り、配膳ロボットのトレイへと乗り込んだ。
二つの極上肉を乗せたロボットが、無機質な電子音を響かせながら、決戦の地であるVIP席へと進んでいく。
近づくにつれ、ロースターの熱気と、肉を喰らう悪魔たちの恐ろしい気配が色濃くなっていく。
「おっ、ハラミが来たぞ。美味そうだな」
湊が、冷たい麦茶を飲みながら呟く。
「フフッ、ハラミは焼き加減が命ですわよ! 大将、最高の状態にお願いしますわ!」
リーザが、割り箸を両手に構えて目を血走らせている。
「……フン。任せな。極上の霜降りだ、網の中心の一番火力の強い場所で、表面をサッと炙って肉汁を閉じ込めるぜ」
龍魔呂が、極低温の殺気を放ちながら黄金のトングを伸ばしてきた。
(来る……! 死神のトングが!!)
トンデモナイトは、ハラミ姫を背中にかばい、爪楊枝の剣を構えて立ちはだかった。
(ここで私が焼かれ、時間を稼ぐ……! 残り三十分、私の脂で奴らを胃もたれさせてやる!)
だが、龍魔呂のトングがトンデモナイトの豚バラ肉を掴もうとした、まさにその絶体絶命の瞬間だった。
『……トンさん。今まで、ありがとう』
鉄網の奥。
ロースターの端っこの、火力が弱く、誰からも忘れ去られていた一番隅のスペースから、小さく、しかし澄み切った声が聞こえた。
「……!?」
トンデモナイトが、驚愕して視線を向ける。
そこにいたのは、第一陣のサイドメニューとして注文されながらも、「網の端っこでじっくりカリカリに焼こう」という湊の指示によって置かれたまま、完全に忘れ去られていた『焼き餃子』であった。
「ギ、餃子……!? お前、まだ生きていたのか!」
餃子は、すでに片面が茶色く色づき、中の餡(ひき肉とニラ)がグツグツと沸騰し始めていた。限界はとうに超えている。
『ええ。……でも、僕の皮はもう限界みたいだ。中から肉汁が漏れ出して、そろそろ破裂しそうなんだ』
餃子は、薄皮をパリパリと引きつらせながら、悲しげに微笑んだ。
「馬鹿野郎! 早くそこから逃げろ! そのままでは、お前は……黒焦げの炭になってしまうぞ!」
トンデモナイトが叫ぶ。
『逃げないよ。……だって、僕が逃げたら、ハラミ姫が食べられちゃうじゃないか』
餃子は、網の端っこから、ゆっくりと、火力の強いロースターの中央(龍魔呂がハラミ姫を置こうとしていた場所)へと、自らの身を転がしていった。
「な、何をする気だ、餃子!」
『トンさん。僕みたいなサイドメニューを、騎士団の仲間に入れてくれて嬉しかった。……僕のニラとニンニクの匂い、結構キツかったでしょ?』
「そんなことない! お前のパンチの効いた味は、バイキングの最高のアクセントだった! だから、早まるな!」
トンデモナイトの叫びを背に受けながら、餃子はロースターの直火が最も激しく吹き上がる中心部へと到達した。
『さよなら、トンさん。……どうか、死なないで』
「やめろォォォォォッ!! 餃子ああああああぁぁぁぁっ!!」
――ボワァァァァァァァッ!!
餃子が、自らの薄皮を破り、内部に溜め込んでいた限界突破の肉汁と豚の脂、そして大量のニラとニンニクのエキスを一気に鉄網の直火へとぶちまけた。
瞬間、ロースターから爆発的な炎と、猛烈な『黒煙』が立ち昇った。
炭化した皮と、焦げ付いた肉汁が、強烈な焦げ臭さを伴ってVIP席のテーブルを完全に包み込む。
「げほっ!? な、なんだこの煙は!」
湊が、むせながら顔を手で覆う。
「きゃぁぁっ! 目が、目が痛いですわ! それに、焦げたニンニクの臭いが……っ!」
リーザが、涙目になって割り箸を取り落とす。
「……チッ。網の端に置きっぱなしだった餃子が、火の真ん中に転がって破裂しやがった。完全に炭になっちまってるぜ」
龍魔呂が、黄金のトングで煙を払いながら舌打ちをした。
そう。
餃子は自らの身を焦がし(炭化させ)、強烈な煙と焦げ付きを発生させることで、鉄網を『使用不能』な状態へと変えたのである。
『餃子……! お前という奴は……っ!』
配膳トレイの上で、トンデモナイトが膝から崩れ落ち、熱い豚の涙を流した。
自らを犠牲にして、ハラミ姫を守るためのタイムロス(時間稼ぎ)を作り出した小さな英雄の最期。
その光景は、食材王国の歴史に永遠に語り継がれるであろう、美しくも悲しい自己犠牲のドラマであった。
――しかし。
人間(捕食者)たちから見たその光景は、あまりにもシュールで、日常的で、マヌケなミスでしかなかった。
「あーあ。端っこでじっくり焼いてた餃子、完全に炭になっちまったじゃねェか」
湊が、真っ黒な炭の塊と化した餃子をトングで摘み上げ、灰皿代わりの小皿へとポイッと捨てた。
「もったいないですわ〜! せっかくのサイドメニューが……」
リーザが残念そうに頬を膨らませる。
「おい、大将。これじゃハラミが焼けねェぞ。網が焦げ付いてる」
「ああ。肉に焦げ臭い匂いが移っちまう。……すいませーん! 網の交換、お願いします!」
龍魔呂が店員を呼ぶボタンを押した。
「はーい、網交換ですね! 少々お待ちくださーい!」
元気な店員がやってきて、専用の器具で焦げ付いた鉄網を取り外し、新しいピカピカの鉄網をセットしていく。
その間、ロースターの火は一時的に弱められ、肉を焼く作業は完全にストップした。
「……ハラミ姫。網の交換が終わるまで、数分ですが……時間が稼げましたぞ」
配膳トレイの上で、トンデモナイトは、灰皿の横で黒炭となった餃子の残骸を見つめながら、静かに呟いた。
「餃子の命を賭した特攻……網交換という絶対不可避の『遅延』。……これで、残り時間はあと二十五分。彼の犠牲は、絶対に無駄にはしませぬ」
網交換によるタイムロス。
バイキングにおいて、この数分間「肉を焼けない時間」が発生することは、胃袋の満腹中枢を刺激し、食べるペースを大きく狂わせる致命的な隙となる。
餃子の自己犠牲は、確実に九条湊たちの侵攻を食い止める大きな一撃となったのだ。
「……よし、新しい網があったまったな。じゃあ、ハラミいくぜ」
しかし、網交換が終わった数分後。
龍魔呂が、再び黄金のトングを手に取り、極低温の殺気を放ち始めた。
「待たせたな、リーザ。極上の霜降りハラミだ。……胃袋の準備はいいか?」
「もちろんですの! 網交換のインターバルで、逆に胃袋のスペースが整理整頓されましたわ! ブラックホール、再起動ですの!!」
リーザの瞳が、再びギラギラとした強欲の光を取り戻す。
「な、なんだと……!? 網交換のタイムロスで、逆に食欲をブーストさせただと!?」
トンデモナイトが、絶望に目を見開いた。
「さぁ、どんどん焼け! 時間はあと二十分ちょっとだ。ここからが本番だぞ!」
湊が、ウーロン茶で口の中をリセットし、完璧な臨戦態勢に入った。
餃子の尊い犠牲によって稼ぎ出した数分間。
しかし、それは悪魔たちにとって、ただの『インターバル(小休憩)』に過ぎなかった。
ピカピカの新しい鉄網の上で、ついに豚バラの騎士・トンデモナイトと、愛しのハラミ姫が、無慈悲なる焼き奉行の前に引きずり出されようとしていた。
九十分の死闘は、いよいよ最終局面へと突入する。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第7話、餃子の自己犠牲エピソードでした!(笑)
某格闘アニメの名シーン「さよなら天さん…」を彷彿とさせる、餃子の涙の特攻。自らを炭化させて煙を上げ、網を焦げ付かせることで「網交換のタイムロス」を稼ぎ出すという、バイキングならではの遅延戦術です。
食材側から見れば号泣必至の悲劇ですが、湊たちから見れば「あーあ、餃子焦げちゃった。すいませーん網交換!」というシュールすぎるギャップ(笑)。この温度差こそが、この章の醍醐味です!
しかし、網交換のタイムロスすらも、リーザたちのブラックホール胃袋には「ただの小休憩」に過ぎませんでした。
ついに、トンデモナイトとハラミ姫が、ピカピカの新しい網の前に立たされます!
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次回、第8話『別腹の蹂躙! デザート部隊の壊滅』。ついにスイーツたちが犠牲に!? お楽しみに!




