EP 6
ホルモン部隊の遅延戦術と、解体スキルの恐怖
サイドメニューの星、飲茶の無謀な特攻(と一瞬の死)から数分。
鉄網の端に残された丸い焦げ跡を前に、タロキン厨房の冷蔵ショーケース内は悲痛な空気に包まれていた。
「飲茶……。お前の勇姿、決して無駄にはしないぞ」
豚バラ肉の騎士・トンデモナイトは、静かに目を閉じ、爪楊枝の剣を胸に当てて黙祷を捧げた。
無慈悲なる焼き奉行・龍魔呂による完璧な火入れ。そして、強欲アイドル・リーザのブラックホールのごとき胃袋。
彼ら『捕食者』たちの圧倒的な殲滅力を前に、正面からの肉弾戦は完全に無意味であると思い知らされたのだ。
「……野郎ども、出番だぜ」
「ヒャハハハ! あいつらの顎を、ぶっ壊してやろうぜ!」
ショーケースの奥から、ドス黒いオーラを放ちながら進み出てきたのは、タロキン食材軍の中でも最もタチの悪い愚連隊――『ホルモン部隊』であった。
純白の脂と、赤黒い筋肉の繊維が複雑に絡み合った彼らの肉体。それは、噛み切りにくさにおいて右に出る者はいない『遅延戦術のスペシャリスト』である。
「頼む、ホルモン部隊……! 残る時間はあと六十分。お前たちのその強靭なゴムのような弾力で、奴らの顎のスタミナを削り切り、飲み込むタイミングを失わせるのだ!」
トンデモナイトが懇願する。
『任せな、トンデモナイトの旦那。俺たちの噛みごたえは、鋼のワイヤーよりもしぶといぜ。……野郎ども、奴らの胃袋に特大の渋滞を引き起こしてやれ!』
ホルモン部隊が、不敵な笑みを浮かべながら配膳トレイに乗り込み、灼熱のロースターへと向かっていった。
◇ ◇ ◇
VIP席のテーブル。
真っ赤に熱された鉄網の上で、ジュワァァァッ!と強烈な音を立ててホルモンが焼かれていた。
「……フン。ホルモンってのは、脂を落としすぎてもダメ、生焼けでもダメだ。表面の皮はカリッと、脂はプルプルの状態をキープする。……これが俺の『化勁・千刃』の真骨頂だ」
龍魔呂が、極低温の殺気を放ちながら黄金のトングを操る。
溢れ出す脂が炎を上げても、彼の完璧な温度コントロールによって、ホルモンは焦げることなく、最高に美味そうなキツネ色へと焼き上げられていった。
「お待ちどお。特上ホルモンの完成だ」
龍魔呂が小皿に取り分けると、待ってましたとばかりに湊やリーザ、キャルルたちが一斉に箸を伸ばした。
「いただきまーす! ……あむっ。んんっ、脂が甘くて美味しいですわぁっ!」
リーザが、満面の笑みでホルモンを口に放り込む。
「湊さん、あーんです♡」
キャルルが、ウサギ耳を揺らしながら湊の口にホルモンを運ぶ。
「……おう。美味いな。大将の焼き加減も完璧だ」
湊も、もぐもぐと口を動かしながら頷いた。
――しかし。
五秒経過。
十秒経過。
三十秒経過。
「……もぎゅ……もぎゅ……」
「……」
「……んぐっ。く、首が、飲み込めませんわ……」
一分が経過しても、湊たちの口からホルモンが消えることはなかった。
そう、これこそがホルモン部隊の恐るべき真骨頂。
『いつ飲み込んでいいか分からない、無限の弾力(ガム状態)』である!
『ギャハハハハッ! どうだ悪魔ども! 俺たちの強靭な筋肉繊維は、そう簡単には千切れねェぞ!』
湊の口の中で、ホルモンが嘲笑うかのように弾き返してくる。
『噛め! もっと噛みやがれ! お前らが俺を飲み込めない限り、次の肉を口に入れることはできねェ! 俺がこの口内という名の関所を、完全に封鎖してやったぜ!』
「うぅぅ……っ、顎が……顎が疲れてきましたわ……」
野生のサバイバルで鍛えられたリーザでさえ、物理的な咀嚼回数の暴力には勝てず、涙目になりながらもぎゅもぎゅと口を動かし続けている。
「湊さん……これ、とっても美味しいんですけど……全然なくなりません……」
キャルルも、ウサギのように口をモソモソと動かしているが、一向に飲み込める気配がない。
時計の針が、無情にもチクタクと進んでいく。
肉を口に入れたまま、全員の動きが完全にストップしてしまったのだ。
「……やった! 作戦成功だ!」
冷蔵ショーケースの中で、トンデモナイトがガッツポーズを取った。
「ホルモン部隊の命懸けの遅延戦術……見事に奴らの咀嚼器官(顎)を封殺したぞ! このままいけば、時間切れまで耐え抜くことができる!」
ハラミ姫も、「ああ……希望の光が見えました……!」と涙を流して喜んだ。
――だが。
彼らは忘れていた。
九条湊という男が、日常の『無駄』や『理不尽』に対して、どれほど容赦のない合理主義者であるかを。
「…………チッ」
湊は、口の中のホルモンをなんとか水で流し込むと、不機嫌極まりない顔で舌打ちをした。
「……いつまで噛んでりゃいいんだ、こいつ。こんなゴムみたいな肉で時間を食われてたら、九十分なんてあっという間だろうが。……時は金なりだぞ」
湊は、イラついた手つきで、タロキン備え付けのトングを手に取った。
「大将。……てめェの焼き加減は完璧だったが、この肉そのものの『素材の面倒くささ』が気に食わねェ。……ちょっと、俺好みに『お掃除』させてもらうぜ」
「……ホゥ? 面白い。やってみろ」
龍魔呂が、面白そうにマルボロの煙を吐いた。
湊は、トングの先端に、彼自身のユニークスキルである黄金の闘気を流し込んだ。
「スキル発動。――【解体】」
湊の握るURトング(即席)が、鉄網の上でまだ焼かれているホルモン部隊の山に、軽くカチャッ、と触れた。
物理的な切断はない。
炎が消えたわけでもない。
だが、その瞬間。
『――――な、なんだ!? 俺の体が……ッ!?』
ホルモン部隊の隊長が、網の上で驚愕の悲鳴を上げた。
湊の【解体】スキルは、物質の『汚れ』や『不要な概念』を原子レベルで分解し、無に帰す能力である。
湊は、このホルモンに付随する「噛み切りにくい強靭な弾力繊維」や「無駄なスジ肉」の構造そのものを、『食事における不要なゴミ(汚れ)』として認識し、トングを通して一瞬にして解体してしまったのだ。
「……これで良し。食ってみろ、リーザ」
「へ? は、はいですの!」
湊が、解体スキルを施したホルモンをリーザの皿に放り投げる。
リーザは、恐る恐るそのホルモンを口に運んだ。
「あむっ。…………え?」
リーザの目が、まん丸に見開かれた。
「と……溶けましたわ!?」
「何ィ?」
「口に入れた瞬間……あんなにゴムみたいだったホルモンが、まるで綿飴みたいにフワッと溶けて……極上の脂の甘みだけが残って、スッと消えちゃいましたの!!」
リーザの言葉に、キャルルも慌てて解体済みのホルモンを口に放り込む。
「ほ、本当です! 噛まなくても、舌の上でとろけます……! これなら、無限に食べられますっ!」
『バ、バカなァァァァッ!!?』
網の上のホルモン部隊が、自分たちの肉体が『最高級A5ランク和牛以上のとろける柔らかさ』に書き換えられてしまった事実に絶望の叫びを上げた。
『俺たちの誇り(アイデンティティ)である弾力が……! 咀嚼を強要する遅延戦術が、完全に無効化されただとォォッ!?』
「よし、ガンガン焼け。ガンガン食え。……噛む時間が省けた分、ペースを上げるぞ」
湊が、悪魔のような合理性で次々とホルモンに【解体】を施し、龍魔呂がそれを焼き、リーザたちが0.1秒で飲み込んでいく。
圧倒的な消化速度。
ほんの数分前まで、湊たちの顎を破壊するはずだった耐久特化のホルモン部隊は、解体スキルという『概念の暴力』の前に、わずか数十秒で全滅(完食)してしまったのである。
「…………あ、ああ」
冷蔵ショーケースの中で。
トンデモナイトは、爪楊枝の剣を取り落とし、ガラスに張り付いたまま、魂が抜けたように崩れ落ちた。
「弾力(概念)そのものを……解体した、だと……?」
もはや、物理法則すら通用しない。
肉を焼き上げる技術の頂点(龍魔呂)と、食材の構造を破壊するチートスキル(湊)、そして底なしのブラックホール(リーザ)。
この悪魔のトライアングルを前に、食材王国が誇る肉部隊の精鋭たちは、完全に文字通り「骨の髄まで(スジまで)」食い尽くされてしまったのだ。
「……トンデモナイト様」
ハラミ姫が、絶望に震える騎士の背中を抱きしめる。
「もう、よいのです。……私たちが、美味しく食べられる運命だったのです」
「姫よ……。いや、まだだ。まだ、終わってはいない……っ!」
トンデモナイトが、血の涙(肉汁)を流しながら顔を上げた。
制限時間、残り四十分。
肉部隊が壊滅し、もはや防衛ラインはガラ空き。湊たちの箸が、ついにハラミ姫へと伸びようとしている。
だが、その絶体絶命の盤面で。
網の隅っこで、じわじわと、静かに火に炙られ続けていた『ある小さな影』が、自らの命を燃やして立ち上がろうとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第6話、ホルモン部隊の「いつ飲み込んでいいか分からない作戦」と、それに対する湊の【解体】スキルの悪用(?)でした!(笑)
肉のスジや弾力繊維を「不要なゴミ」と認識して原子レベルで解体し、ホルモンを「とろける綿飴」に変えてしまうオカン清掃員。これぞ、リアン型主人公の超絶理不尽な問題解決法です。
トンデモナイトの絶望が止まりません。
さて、精鋭の肉部隊が全滅し、いよいよハラミ姫の運命も風前の灯火。
次回、網の隅っこで忘れ去られていた「あいつ」が、涙の自己犠牲を魅せます!
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次回、第7話『餃子の自己犠牲! 網の隅の涙』。ハンカチ(おしぼり)をご用意してお待ちください!




