EP 5
焼肉バイキング・タロキンの攻防~トンデモナイトの死闘と90分の黙示録~
第5話:飲茶あああ! 網に残されたクレーター
タロキンの厨房。氷点下の冷蔵ショーケース内は、重苦しい沈黙と絶望に支配されていた。
切り込み隊長のタンシオ、そして重装歩兵のカルビ部隊。食材王国が誇る精鋭肉部隊が、開始わずか数十分で壊滅したのである。
それも、ただ食べられたのではない。無慈悲なる焼き奉行・龍魔呂の『黄金トング』によって、最も完璧な火入れを施され、彼らの脂や肉汁のすべてを『最高の旨味』として搾取された上での完敗であった。
「……なんという恐ろしい男だ。あんな焼きの技術を持った悪魔が、バイキングなどという大衆店にやってくるなど……!」
豚バラ肉の騎士・トンデモナイトは、ガラス越しに龍魔呂の無駄のないトング捌きを見つめながら、ギリッと歯ぎしりをした。
奴が網の前にいる限り、どんな肉を送り込んでも、極上のスパイス(焼き加減)に変えられてしまう。ハラミ姫を守るための防衛ラインは、すでに風前の灯火であった。
「トンデモナイト……っ。もう、駄目なのでしょうか。私のサシ(脂)も、あの冷酷な男のトングで焼かれてしまうのですか……?」
ハラミ姫が、純白の霜降りを震わせながら涙を流す。
「姫よ、諦めてはなりませぬ! まだ時間は残されている……! だが、次の一手をどうするか……」
トンデモナイトが頭を抱えた、その時だった。
「ヘッ……。情けねェな、肉の連中は。だらしなく焼かれちまいやがって」
ショーケースの隣、サイドメニュー用の保温庫の扉がバンッ!と開き、自信に満ちた声が響き渡った。
現れたのは、点心特有の薄い皮をピッチリと纏い、頭頂部にグリーンピースを乗せた男。
タロキンにおけるサイドメニューの切り込み隊長にして、蒸しと焼きの二刀流を使いこなす荒くれ者――『飲茶』である。
「お前は……飲茶!」
「ヘヘッ。これなら楽勝だな。俺が全部ぶっ倒してやるぜ!」
飲茶は、自らのふっくらとした肉体(ひき肉)を叩き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「待て、飲茶! お前はサイドメニューだ、奴らのメインの標的ではない! 今、単独で飛び出すのは危険すぎる!」
トンデモナイトが慌てて制止する。
「トンさんよ、あんたはビビりすぎだ。奴らは『肉』に夢中で、俺たちサイドメニューの『蒸し・焼きのコンビネーション』には油断してるはずだ。……それに、あのジャージの小娘を見ろよ」
飲茶は、ガラス越しにリーザを指差した。
「カルビを食いすぎて、少し箸が止まってるじゃねェか。俺のあっさりとした皮と、熱々の肉汁による『狼牙フーフー拳(熱いから息を吹きかけさせる技)』で、奴の口内を大火傷させてやる! 俺に任せな!」
「飲茶、無茶するな!」
トンデモナイトが手を伸ばすよりも早く。
飲茶は、「ひゃあはぁっ!」と気合いの叫びを上げ、配膳ロボットのトレイから、真っ赤に熱された鉄網の上へとダイブを敢行した。
――ジューーーーーッ!!
鉄網の端に降り立った飲茶。
本来は蒸し器で提供される彼だが、タロキンの常連客は知っている。『サイドメニューの飲茶を、あえて網の端でカリッと焼いて食べる』という、通な食べ方があることを。
飲茶は、その熱を利用して、自らの薄皮を香ばしく焼き上げ、内部の肉汁を沸点ギリギリまで高めていった。
『ヘヘッ……! 来やがれ、強欲の悪魔! 俺の熱々肉汁で、お前の舌を――!』
飲茶が、会心の笑みを浮かべて身構えた、その刹那だった。
――ピカッ。
VIP席の空間で、何かが一瞬、閃いた。
それは、剣の軌跡でも、魔法の光でもない。
タロキンの備え付けの『割り箸』が、極限のスピードで空を切った時に発生する、真空の刃(衝撃波)であった。
「あら。網の端っこで、サイドメニューの飲茶が良い感じにカリカリに焼けてますわね。いただきですの!」
ニコリと笑ったリーザの手から、箸が消えた。
貧乏サバイバル生活。パンの耳とゆで卵を巡って、公園の鳩や野良犬たちと血で血を洗う争奪戦を繰り広げてきた彼女の『動体視力』と『獲物を捕食する速度』は、すでに野生の猛禽類すら凌駕していた。
龍魔呂のトング捌きが『暗殺の芸術』だとするならば。
リーザの箸捌きは、容赦なき『大自然の暴力』であった。
「……え?」
飲茶の視界が、ぐらりと揺れた。
彼は、自らの必殺技である肉汁を吹きこぼす暇も、舌を火傷させる暇すら与えられなかった。
彼が認識できたのは、巨大な割り箸が両脇から己の身体を強引に挟み込み、そのまま光の速度で暗黒の空間(リーザの口の中)へと放り込まれたという、絶対的な『死の事実』だけであった。
「あむっ! モギュモギュ……んんっ! 皮がパリパリで、中から熱い肉汁がジュワッと出てきて、最高に美味しいですわぁぁっ!!」
リーザが、満面の笑みを浮かべて頬を抑える。
彼女のブラックホールのような胃袋には、火傷という概念すら存在しなかった。ただひたすらに、純粋な『カロリーの暴力』として、飲茶の存在は一瞬にして消化・吸収されてしまったのだ。
「……お、おい。嘘だろ」
冷蔵ショーケースの中で、トンデモナイトは目を見開いたまま、ガラスに張り付いていた。
早かった。あまりにも早すぎた。
自信満々で飛び出していったサイドメニューの星が、文字通り『一瞬の瞬き(0.1秒)』の間に、この世から消し去られてしまったのだ。
鉄網の端には、飲茶の存在した痕跡だけが残されていた。
網にこびりついた、薄皮の黒焦げた残骸。
それは見事な円形を描き、まるで隕石が衝突した後に残る、丸い『クレーター』のように、静かに煙を上げていた。
「…………っ!!」
トンデモナイトは、その無惨な『クレーター』を見つめながら、ガクン、と膝から崩れ落ちた。
爪楊枝の剣が、カラカラと床に転がる。
「飲茶あああぁぁぁぁぁっ!!」
タロキンの厨房に、豚の騎士の悲痛な絶叫が響き渡った。
「無茶……無茶しやがってぇぇぇっ!!」
涙(肉汁)をボロボロと流しながら、鉄網に残されたクレーターに向かって手を伸ばすトンデモナイト。
あまりにも呆気ない、そしてあまりにも残酷なサイドメニューの最期。
彼の自信に満ちた「俺が全部ぶっ倒してやるぜ!」という言葉は、強欲アイドル・リーザの底なしの胃袋の前に、ただの儚いフラグ(前振り)として完璧に回収されてしまったのである。
「トンデモナイト様……! しっかりしてください!」
ハラミ姫が、崩れ落ちた彼にすがりついて泣く。
「……すまない、姫よ。飲茶の死(完食)を無駄にするわけにはいかない……っ」
トンデモナイトは、震える手で再び爪楊枝の剣を拾い上げた。
「だが、あのジャージの小娘の箸の速度……。まともに向かっていっては、一瞬で食い尽くされるだけだ。……こうなったら、奴らの『顎』を完全に破壊するしかない!」
トンデモナイトの悲壮な決意に呼応するように、ショーケースの奥から、ドス黒いオーラを纏った連中がゆっくりと前に進み出てきた。
『……ククク。出番のようだな、トンデモナイト』
『飲茶の無念、俺たちが晴らしてやるぜ。……奴らの顎を、永遠に噛ませ続けてやるよ』
それは、噛み切りにくさにおいて右に出る者はいない、遅延戦術のスペシャリスト。
タロキンの悪魔――『ホルモン部隊』であった。
「頼む、ホルモン部隊! お前たちのその強靭なゴムのような弾力で……奴らの顎のスタミナを削り切り、時間を稼いでくれ!」
タロキン90分の死闘。
残された時間は、いまだ六十分以上。
飲茶の尊い犠牲を乗り越え、食材王国軍は次なる『遅延戦術』へと移行していく。しかし、彼らはまだ気づいていなかった。
九条湊の持つ、URデッキブラシならぬ『URトング』に秘められた、【解体】スキルの真の恐ろしさに……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第5話、サイドメニューの星・飲茶の登場と……あまりにも早い退場でした!(笑)
あの名セリフ「俺が全部ぶっ倒してやるぜ!」からの、網に残された丸い焦げ跡。そしてトンデモナイトの「飲茶あああ! 無茶しやがって……!」の叫び。
どこかで見たことのある構図かもしれませんが、タロキンの鉄網の上では日常茶飯事の悲劇です(笑)。
野生のサバイバルで鍛えられたリーザの箸捌きは、もはや武術の域に達していますね。
さて、飲茶の犠牲を無駄にすまいと、ついに『ホルモン部隊』が出撃します!
いつ飲み込んでいいか分からないあの弾力で、湊たちの顎を破壊しようと目論みますが……?
【読者の皆様へのお願い!】
「飲茶無茶しやがってwww」「クレーターの表現で腹筋崩壊した」「リーザの箸がサイバイマン扱いw」と少しでも笑っていただけましたら……
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次回、第6話『ホルモン部隊の遅延戦術と、解体スキルの恐怖』。どうぞお楽しみに!




