EP 4
無慈悲なる焼き奉行! 龍魔呂の黄金トング
カレーライスとビールの波状攻撃により、見栄っ張り女神・カグヤと、駄女神・ルチアナが撃沈した。
開始わずか十五分での敵主力(?)二名の無力化。タロキンの厨房、冷蔵ショーケース内で出撃の時を待つ食材王国軍は、大きな歓喜に包まれていた。
「やったぞ! あの底なしの胃袋を持つ二人が倒れた!」
「これで奴らの戦力は大幅にダウンしたはずだ! 勝てる……俺たち、90分を耐え抜けるかもしれない!」
ハラミ姫を守る食材たちが希望の光を見出す中。
だが、彼らを統べる豚バラ肉の騎士・トンデモナイトの表情に、一切の油断はなかった。彼の視線は、ロースターの前に座る一人の男に釘付けになっていたのだ。
「……喜ぶのはまだ早い、同胞たちよ。見ろ……真の恐怖は、これからだ」
トンデモナイトの言葉に、食材たちがゴクリと息を呑んで視線を向ける。
そこには、黒いタートルネックの上にエプロンを纏い、極低温の殺気を放ちながら『黄金のトング』をカチャリ、カチャリと鳴らす男――鬼神・龍魔呂の姿があった。
「……フン。鉄網の温度は、中央が約二五〇度、端が約一八〇度。ガス火の対流も完全に把握したぜ」
龍魔呂の瞳は、もはや料理人のそれではなく、標的を仕留める暗殺者の目だった。
かつて『DEATH4』として世界を震え上がらせた男。彼にとって、焼肉の鉄網とは、己の技術を極限まで発揮するための『戦場』に他ならない。
「行くぜ、第一陣。……タンキの旦那、頼んだぞ」
トンデモナイトが悲痛な声で出撃の号令を下す。
『おう! 任せな! 俺の薄さとレモンの酸味で、奴のペースを完全に乱してやる!』
配膳トレイの上から、切り込み隊長である『ネギ塩タンシオ』が、自らの身を投げ打って真っ赤に熱された鉄網の上へとダイブした。
――ジューーーーーッ!!
猛烈な音と共に、タンシオの薄い肉体が焼かれ始める。
『ぐおぉぉぉっ! 熱い! だが、この程度の業火……!』
タンシオには、恐るべき作戦があった。
薄切りのタンシオは火が通るのが異常に早い。ほんの数秒でも裏返すのが遅れれば、すぐに水分が飛び、固く縮こまり、焦げて『炭(ただの苦い塊)』と化してしまう。
彼は、自らの身を黒焦げの炭と化すことで、敵の食欲を削ぎ落とそうとしたのだ。
『どうだ! 俺の焼けるスピードに追いつけるか、人間! さらに、この特製ネギ塩ダレの水分で網の温度を下げ、レモンの飛沫でお前の目を潰してやる!』
タンシオが、肉汁とネギ塩ダレを網の上にぶちまけ、パチパチと熱い油を跳ねさせた。
だが――。
「……遅ェよ」
龍魔呂が、くわえ煙草(マルボロ赤)の紫煙をフッと吐き出した。
瞬間、彼の右手に握られた黄金のトングが、残像すら残さぬ神速で閃いた。
「暗殺剣『化勁・千刃』――改め。焼肉道『化勁・黄金返し(かけい・おうごんがえし)』」
チャッ、チャッ、チャッ!!
跳ねる油の飛沫を、ミリ単位のトング捌きで完璧に回避。
そして、タンシオの肉の表面に『薄っすらと肉汁が浮き上がってきた』、まさにその0.1秒の完璧なタイミング。
龍魔呂のトングが、網の上のタンシオを、一枚の狂いもなく同時に裏返した。
『な、なんだとォォォッ!?』
タンシオが驚愕の叫びを上げる。
「タン塩ってのはな、焼きすぎは愚の骨頂だ。片面をカリッと焼き上げ、もう片面はネギ塩を包み込むように蒸し焼きにする。……それが、タンに対する最高の敬意だ」
龍魔呂は、見事な手首のスナップで、焼き上がったばかりのタンシオをネギごとクルリと巻き込み、湊とリーザの小皿へと正確に放り投げた。
「うおおおっ! これ、最高に柔らかくて美味いですわぁぁっ!!」
リーザが、レモン汁を少しだけつけたタンシオを口に放り込み、あまりの美味さに芋ジャージを震わせた。
「……ああ。塩加減も絶妙だ。白米が無限に進むぜ」
湊も、タロキンの大盛りご飯(※彼は野菜の後に白米を頼む計画的な男だ)の上でタンシオをワンバウンドさせ、至福の表情でかき込んでいる。
『ば、馬鹿な……っ。俺の自爆(炭化)戦術が、完全に無効化された上に、奴らの食欲をブーストさせる最高の前菜にされてしまっただと……!?』
タンシオは、湊の胃袋へと落ちていきながら、無念の涙(肉汁)を流して散っていった。
「タ、タンキの旦那ァァァッ!!」
ショーケースの中で、重装歩兵『カルビ』が悲痛な叫びを上げた。
「許さねェ……! あの気取った料理人野郎、俺が燃やし尽くしてやる! 行くぞ野郎ども!!」
タンシオの死(完食)に激怒したカルビ部隊が、分厚い脂身を揺らしながら、次々と網の上へと投下された。
ジュワァァァァァァッ!!
鉄網にカルビの強烈な脂が落ちた瞬間。
ボォォォォォォッ!!と、ロースターから五十センチ近い火柱が立ち上がった。
『ハッハッハ! どうだ! これが俺たちカルビ部隊の誇る「脂ファイヤー攻撃」だ!』
カルビが、炎の中で高らかに笑う。
『この火柱で網の上の肉は一瞬にして黒焦げ! おまけにお前のその前髪もチリチリに燃やしてやるぜ! さぁ、火消しの氷を探して慌てふためくがいい!』
バイキングにおいて、脂の多い肉を一度に焼きすぎることで発生する「大炎上」。
素人ならば慌てて氷を投げ込み、網の温度を無駄に下げてしまい、肉を水っぽくしてしまう最悪の事態。
食材軍は、そのパニックを狙ったのだ。
しかし。
炎の向こう側で、龍魔呂は全く動じていなかった。
彼は、氷のお冷が入ったグラスを片手に持っていたが、それを網に投げ込むことはしなかった。
「……フン。火遊びが過ぎるぜ、脂身ども。だが、その炎……利用させてもらう」
龍魔呂は、グラスに入っていた氷を一個だけ指で摘み、ロースターの炎の『中心』ではなく、網の『端の鉄枠部分』にそっと置いた。
ジューッ、と氷が溶け、微量の水蒸気が発生する。
『な、何をしている!? そこに氷を置いても、火は消えねェぞ!』
「消す必要はねェ。俺がやってんのは、網全体の『温度コントロール』と『スチーム効果』だ」
龍魔呂の黄金トングが、炎の中で舞う。
「お前らの無駄に多い脂を直火で落とし、外側をカリッと香ばしく焼き上げる。そして、端に置いた氷の水蒸気で、分厚い肉の中心までふっくらと火を通す。……これが、俺の導き出した『究極の火入れ(暗殺)』だ」
チャッ、チャッ、チャッ!!
炎を操る魔術師のように、龍魔呂は燃え盛る火柱の中を縫ってカルビを移動させ、完璧なタイミングで引き上げていく。
焦げ目は一切なく、外はカリッとして、中は肉汁がパンパンに詰まった、まさに『黄金色のカルビ』。
「お待ちどお。特上カルビの出来上がりだ」
龍魔呂がトングで配給すると、待ち構えていた悪魔たち(湊とリーザ)が、獣のようなスピードで群がった。
「うおおおっ! 脂が甘いですわ! 口の中で溶けますわぁぁっ!」
リーザが、タレをたっぷりつけたカルビをご飯に巻きつけて、ブラックホールのような胃袋へと次々と飲み込んでいく。
「……完璧だ。大将、アンタの焼きの技術は、もはや国宝級だな」
湊も、無言でサムズアップしながら、カルビと白米の無限ループに突入している。
『そ、そんな……。俺たちの怒りの炎が、奴らにとって最高のスパイス(炭火の香り)に変換されてしまうなんて……っ!』
カルビ部隊は、圧倒的な実力差に絶望しながら、次々と至福の表情を浮かべる湊たちの胃袋へと消えていった。
「バ、バカな……! 切り込み隊長のタンシオも、重装歩兵のカルビも……一瞬にして壊滅しただと!?」
冷蔵ショーケースの中で、トンデモナイトは驚愕に震えていた。
どんな決死の抵抗も、あの黒服の男(龍魔呂)の黄金トングの前では、すべてを『最高の美味しさ』へと昇華されてしまう。
あの男が網の前に座っている限り、食材側に一切の勝機はない。
「……どうすればいい。このままでは、あと十分も持たずに姫の元まで奴らの箸が迫ってくる……っ!」
トンデモナイトが爪楊枝の剣を握りしめ、ギリッと歯ぎしりをした。
タロキン90分一本勝負。
残り時間は、まだ『七十分』以上も残されている。
無慈悲なる焼き奉行の前に、食材王国は早くも防衛ラインの崩壊という絶体絶命の危機に立たされていたのである。
「龍魔呂かっこよすぎるのにやってること焼肉で草」「カルビ部隊の絶望感ヤバいw」「トンデモナイト逃げてー!」と少しでも楽しんでいただけましたら……
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次回、第5話『飲茶あああ! 網に残されたクレーター』。サイドメニューの星が、無謀な特攻を仕掛けます! お楽しみに!




