EP 2
立ち上がれ、トンデモナイト! ハラミ姫を守る盾
――タロキンの厨房、冷蔵ショーケース内。
そこは、彼ら『食材王国』の住人たちにとって、出撃を待つ最前線基地であった。
氷点下の冷気が漂う中、分厚く切り出された豚バラ肉の騎士・トンデモナイトの脳内には、悲壮で勇壮なオーケストラのBGMが鳴り響いていた。
「トンデモナイト……っ。貴方まで、あの恐ろしい灼熱の鉄網へ向かうというのですか……?」
彼の背後で、純白のサシ(霜降り)を涙のように光らせながら、ハラミ姫が震える声で問いかけた。
彼女は、食材王国の中でも最高ランクの肉質を誇る王女。その柔らかさと赤身の旨味は、タロキンを訪れるすべての外道ども(客)が狙う至高の宝であった。
「姫よ……。泣かないでくだされ。貴女のその美しいサシ(脂)が溶けてしまいます」
トンデモナイトは、爪楊枝の剣を鞘に納め、深々と片膝をついた。
「我ら食材の使命は、食されること。しかし……ただ無為にあの強欲な悪魔どもの胃袋へ直行し、姫までをも差し出すわけにはいきませぬ。私の誇り(脂身)にかけて、貴女だけは守り抜いてみせます」
「トンデモナイト……!」
ハラミ姫が、両手で顔を覆って泣き崩れる。
その悲劇的な光景を前に、ショーケース内に集結した『歴戦の勇士たち』が、次々と静かに立ち上がった。
「ヘッ。トンさんだけにいい格好はさせねェぜ」
最初に声を上げたのは、薄切りでありながらも圧倒的な人気を誇る斬り込み隊長――『タンシオ』だった。
「俺のレモン汁を纏った塩気で、奴らの舌を痺れさせてやる。先陣は俺に任せな」
「タンキの旦那、俺たちもいるぜ!」
続いて前に出たのは、滴るような脂と若さを兼ね備えた重装歩兵――『カルビ』だ。
「俺たちの脂で、あの鉄網を火の海にしてやる。奴らの網の温度を狂わせ、ペースを乱すんだ!」
「……ククッ。時間を稼ぐなら、俺たちの出番だろうが」
ドスの利いた声で笑ったのは、噛み切れないほどの強靭な肉体を持つ耐久特化部隊――『ホルモン』たちである。
「奴らの顎の筋肉を極限まで疲労させ、飲み込むタイミングを失わせてやる。俺たちが網の上にいる限り、姫への道は開かせねェよ」
さらに、冷蔵ショーケースの外、厨房の保温ジャーや冷蔵庫からも、頼もしい援軍たちの声が響き渡る。
『おうおう! 炭水化物の暴力を見せてやるぜ! 俺たちで奴らの胃袋のキャパシティを物理的に埋め立ててやる!』(ご飯・カレーライス部隊)
『サイドメニューの意地、見せてやんよ! 肉の合間のダークホースだ!』(餃子・飲茶部隊)
『プシュッ! 俺の黄金の泡で、奴らの満腹中枢を麻痺させてやろう』(ビール部隊)
『私たちを忘れないでね♡ 最後の別腹は、私たちが凍らせてあげる!』(デザート部隊)
肉、炭水化物、アルコール、そして甘味。
タロキンが誇る全食材軍が、今、ハラミ姫を守るためにトンデモナイトの下へと集結したのだ。
「おお……同胞たちよ!」
トンデモナイトは、その頼もしい姿に熱い豚の涙(肉汁)を流した。
そして、彼は配膳トレイの上から、全軍に向けて剣(爪楊枝)を高く掲げた。
「聞け、誇り高き食材の戦士たちよ! 我らが相対するは、過去最悪の捕食者……ポポロ村の悪魔どもだ!」
トンデモナイトの視線の先、ガラス越しに見えるVIP席。
そこには、「早く肉を持ってきなさいな!」と箸をカンカンと鳴らすリーザや、「いつでもいけるぜ」と黄金のトングを構える龍魔呂たちの姿がある。彼らの背後には、まるで魔王のような恐ろしいオーラが渦巻いていた。
「奴らの胃袋は底なしだ! まともに戦って勝てる相手ではない! ……だが、忘れるな!」
トンデモナイトは、厨房の壁に掛けられた『デジタル時計』を指差した。
「タロキンの絶対の掟! 奴らに与えられた制限時間は『90分(5400秒)』! これが我々の唯一にして最大の希望だ!」
食材たちが一斉に息を呑む。
「我々の目的は、奴らを倒すことではない! この身を犠牲にし、奴らの胃袋を限界まで満たし……制限時間の『90分』が経過するその瞬間まで、耐え抜くことだ! 時間切れまでハラミ姫を網の上に乗せなければ……我々の勝ちだ!!」
「「「うおおおおぉぉぉっ!! ハラミ姫のために!!」」」
「「「食材王国の、誇りのためにィィッ!!」」」
トンデモナイトの熱い演説に、食材軍のボルテージが最高潮に達する。
誰もが己の死(完食)を覚悟し、仲間と姫のために散っていく覚悟を決めた、美しくも悲壮な出陣式であった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。
VIP席のテーブルでは。
「おっ、やっとキャロット(人参)が来たな」
九条湊が、配膳ロボットが運んできた野菜盛りの皿を受け取り、満足そうに頷いた。
「いやー、やっぱり焼肉のスタートは野菜からに限るぜ。血糖値の急上昇を抑えるのが、健康的なバイキングの基本だからな。……おら、お前らも肉ばっかりじゃなくて野菜も食えよ」
「えぇ〜っ!? 私はお肉が食べたいですわ〜!」
カグヤが文句を言うが、湊は無視して鉄網の端にキャロットや玉ねぎを並べていく。
「ジュー……ッ」と、野菜が静かに焼ける音がテーブルに響く。
その光景を、配膳トレイの上から見下ろしていたトンデモナイトは、ギリッと奥歯を噛み締めた。
(……やはり、あの緑のエプロンの男(湊)が一番の強敵だ。我々という極上の肉を前にして、一切の焦りを見せず野菜から焼き始めるその冷静さ。……奴は、確実に我々を『適量』かつ『最も美味しい状態』で仕留める術を知り尽くしている)
トンデモナイトは、配膳トレイの最前線に立ち、灼熱のロースターを睨みつけた。
熱気が下から吹き上がり、彼の脂身をじわじわと溶かしていく。ここから先は、一瞬の油断が死(胃袋行き)に直結する戦場である。
「よし……。俺のキャロットが焼けるまでの間、少し肉を乗せてもいいぞ」
湊が、黄金のトングを持つ龍魔呂に合図を出した。
「……フン。任せな。まずは小手調べと行くか」
龍魔呂が、極低温の殺気を放ちながらトングをカチャリと鳴らした。
(来るぞ……! 開戦だ!)
トンデモナイトが身構える。
しかし、トンデモナイトが肉部隊に突撃の号令をかけようとした、まさにその時。
彼自身の立てた『作戦』を遂行するため、別働隊がすでに動いていた。
『……トンデモナイト殿! ここは我らにお任せを!』
ドンッ!とテーブルの上に置かれたのは、キンキンに冷えたジョッキと、大盛りの皿だった。
「おおっ!? 頼んでおいた『生ビール』と『特製タロキンカレー』が来ましたわよ!」
ルチアナが目を輝かせ、カグヤも「まずはこれで喉を潤しますわ!」とジョッキに手を伸ばす。
(よし……! アルコール・炭水化物部隊の奇襲だ!)
トンデモナイトは、心の中でガッツポーズをした。
焼肉バイキングにおいて、最初にビールをがぶ飲みし、濃厚なカレーライスでお腹を満たしてしまうこと。それは、胃袋のキャパシティを急激に消費させる『最悪の罠』である。
「頼んだぞ、ビール部隊! カレーライス部隊! あの見栄っ張りな女神どもの胃袋を、一気に制圧するのだ!」
トンデモナイトの祈りを乗せて。
黄金の泡と、スパイシーな香りを放つ炭水化物の特攻部隊が、ルチアナとカグヤの口の中へと決死のダイブを敢行する。
タロキン90分の絶望の攻防戦は、食材側の巧妙な『遅延戦術(胃袋破壊)』から幕を開けたのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第2話、食材たちの熱すぎる出陣式(脳内BGM付き)をお届けしました(笑)。
彼らにとっては、タロキンの90分は文字通りの『サバイバル・ホラー』。ハラミ姫を守るため、誇り高き豚の騎士トンデモナイトと仲間たちが決死の覚悟で挑みます。
しかし、相手はオカン(湊)や龍魔呂といった「美味しく食べるプロ」たち。さらには強欲アイドル・リーザという底なしのブラックホールも控えています。
果たして、トンデモナイトの作戦「カレーとビールでお腹を膨らませる罠」は、ポンコツ女神たちに通用するのか!?
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次回、第3話『炭水化物とアルコールの罠! 女神撃沈』。お楽しみに!




