第十二章 炎上神のヤラセ配信 vs 株式会社・九条清掃のコンプライアンス
神界の憂鬱。PV至上主義の炎上神と、胃を痛める神々
神界セレスティア、第一会議室。
大理石で作られた荘厳な円卓を囲み、アナステシア世界を管理する最高位の神々が集結していた。しかし、そこに神聖な空気など微塵もない。
「……というわけで、今日の議題だが。最近、我々が管理するアナステシア世界のゴッドチューブPV(視聴率)が落ち込んでいてだな。上位次元のスポンサー(神々)からの予算が非常に苦しい状況にある」
円卓の上座。
主神オリンが、重苦しい表情で書類を叩いた。彼から放たれる神々しい後光は、そのツルツルに禿げ上がった頭部によって乱反射し、会議室を無駄に眩しく照らしている。
「あー、ちょっといいですか」
芋ジャージに健康サンダル姿の女神ルチアナが、ピアニッシモ・メンソールを吹かしながら、気怠げに手を挙げた。
「オリンさぁ、ハゲが反射して眩しいから、ちょっと部屋のライト消してくんない?」
「私は電球かね!?」
主神のツッコミが虚しく響く。
「ええい、少しは真面目に聞かんか! カグヤ君! 君からも何とか言ってくれ!」
「……オリン様」
全身を地球のハイブランドで固めた月の女神カグヤが、扇子で口元を隠しながら冷ややかな視線を向けた。
「さっきから、ジロジロとこちらを見ないで下さるかしら? ハラスメントって言葉、ご存知?」
「顔を見ずに話せと言うのかね!?」
オリンが頭を抱えると、今度は円卓の隅からピコピコと電子音が聞こえてきた。
初心者マークのジャージを着た見習い女神リリスが、エンジェルすまーとふぉんでソシャゲの周回をしながら、一切の感情がこもっていない声で呟く。
「うわあああん。オリン様が怒ったぁ。怖いよぉ(棒)」
「……オリン様。声が大きすぎます。威圧的な態度はパワハラに該当しますわよ」
隣に座る天使長ヴァルキュリアが、冷ややかに、しかし決定的なトドメを刺した。
「うぅ……胃が……! 誰か、誰か胃薬を持ってきてくれ……!」
最高神オリンはついに円卓に突っ伏した。
「だいたい、他の連中はどうした!? 竜王デュークは『ラーメンの仕込みがある』!? 不死鳥フレアは『子供の弁当作りで午前上がり』!? 狼王フェンリルに至ってはパチンコの開店待ちだと!? 世界の調停者たる聖獣機神ガオガオンは……なにっ、社内不倫の泥沼化で出社拒否だと!?」
もはや神界のガバナンスは崩壊していた。
誰もが自分の趣味とスローライフを優先し、世界の管理(という名のPV稼ぎ)など二の次になっているのだ。
ズズーッ。
その時、静まり返った会議室に、ストローで何かを啜る無作法な音が響いた。
「さーせん」
オーダーメイドの細身のスーツを着崩した青年が、片手に特製マイタンブラー(オーガニック豆のカプチーノ入り)、もう片方に薄型のノートPCを抱えて立ち上がった。
最近天界に入った新入りの男神――『炎上神ワイズ』である。
「なんか、すごく非生産的で時間の無駄なよーなんで、俺は抜けますわ。自分の仕事があるんで」
ヘラヘラと笑いながら言い放つワイズ。
その瞳の奥にある、他者を完全に「数字を稼ぐための駒」としか見ていない冷酷な光に触れ、リリスの肩がビクッと跳ねた。
「ひっ……」
リリスは直ぐ様視線を逸らし、小動物のようにヴァルキュリアの背後に隠れた。かつて彼女が天界の正規ラインから外された一因には、このワイズが提唱した「無能な神のリストラ計画」が絡んでいるのだ。
「リリス、大丈夫よ。私が守るから」
ヴァルキュリアがリリスを庇うように立ち上がり、ワイズを鋭く睨みつけた。温厚で礼儀正しい彼女が、一切の敬語を捨てて冷酷に言い放つ。
「ワイズ。貴様の顔は不愉快だ。今すぐ消え失せろ」
「あらら~。ずいぶんな言われようっすね。嫌われてるみたいでショックだわー」
ワイズは全く堪えた様子もなく、大げさに肩をすくめた。
「でーも~。この会社で、一番数字(PV)を持ってるのは俺っすよ? 結果がすべてでしょ」
「…………」
ワイズが退室していく背中を、ルチアナは無言で、しかし明確な殺意を持って睨みつけていた。
(調子のんなよ……クソガキが)
ルチアナの握りしめた拳が震える。
彼が稼ぐ数字(PV)。それは、無理やりに村を焼き、悲劇を演出して生み出された『偽りの復讐劇』だ。
(私が作りあげたアナステシア世界を、おもちゃにしやがって。お前のやってる事は命の冒涜だ。ただの悪趣味な炎上配信者が)
カグヤもまた、扇子の裏で静かに軽蔑の息を吐いていた。
(三流ですわ。……物語を作る時、神は人々を愛し、共に笑い、共に泣き、亡くなったら弔う。それが一流の神というもの。貴方のような、愛も哲学もない安物の『ざまぁ』など、月の世界には必要ありませんわ)
そして。
天界から遠く離れた、薄暗い天魔窟のモニタールーム。
アルマーニのスーツを着たヤクザ神・デュアダロスもまた、モニター越しにワイズの退室を見届け、葉巻の煙を吐き出しながら低く唸った。
「仁義がないのう……ゴミカスが。安全圏から火遊びしとるガキは、いつか必ずその火で焼け死ぬんじゃ」
神々からの全方位の殺意とヘイトを背に受けながら。
ワイズは一人、PVを稼ぐための『新たな犠牲者』を探すべく、ノートPCを開くのだった。




