EP 8
交差する闇。裏路地の赤い血と、死を呼ぶ四番(DEATH4)
レオンハート王都の裏路地。
そこは、表通りからは決して見ることのできない「死の領域」だった。
『ギャアアアアッ!?』
王都を支配する暗殺ギルド『黒い蛇』の精鋭たちが、次々と無残な姿で路地に転がっていく。
その中心に立っていたのは、赤黒い闘気を纏った一人の男――龍魔呂。
『死を呼ぶ四番(DEATH4)』の異名を持つ、闇社会の処刑人だ。
「……掃き溜めだな」
龍魔呂は、血濡れた短剣を振るい、路地を埋め尽くす暗殺者たちを冷徹な瞳で見下ろした。
彼の周囲には、噴き出した血が川となり、路地全体を赤黒く染め上げていた。鉄錆の匂いが充満し、まさに地獄絵図そのもの。
龍魔呂は、自らの『死のアート』を完成させると、静かにその場を去った。次に消すべき標的を求めて。
――その、わずか数分後。
「ふぅ……。特売肉も無事ゲットしたし、今日は最高の一日だぜ」
鼻歌交じりに路地を通ったのは、保冷バッグを肩に担いだ九条湊だった。
彼は王都の地図を片手に、近道だと思って裏路地に入り込んだのだが、その光景を見て、ピタリと足を止めた。
「…………は?」
目の前には、凄惨な死体ではなく、路地一面に広がる『赤黒い液体』の海があった。
壁から床から、あちこちに飛び散る鮮やかな赤。
「誰だァァァッ!! 王都の裏路地で、こんなに大量のペンキをぶちまけた大バカ野郎は!!」
湊は拳を震わせた。
彼にとって、それが人間の血液であるか、ペンキであるかは関係ない。
汚い! 不衛生! そして何より、歩くたびに足裏がペタペタと張り付くのが不快極まりない!
「ったく、これだからガラの悪い街は嫌なんだ。ペンキをこぼしたなら、ちゃんと後始末をして帰れよ!」
湊は即座に保冷バッグを安全な場所に置き、バケツと『最強の漂白洗浄剤』を取り出した。
「今日中に掃除して、とっとと帰って晩飯の準備をしなきゃならんのだ。……一気にいくぞ、『解体・大除菌』!!」
湊は路地の入り口から、水をぶちまけ、洗剤を撒き、巨大なモップで豪快に磨き始めた。
彼がモップを振るうたびに、赤黒い「死の海」は、真っ白な泡となって跡形もなく消え去っていく。壁の飛び散りも、床の染みも、数分間の労働ですべてが『新品同様の綺麗な石畳』へと変貌を遂げていた。
「よし、完璧だ。これで歩きやすくなったな」
湊は汚れ一つない路地を満足げに見回し、再び肉の入ったバッグを担いで去っていった。
まるで、最初からそこに何もなかったかのように。
……そして数分後。
再び路地に戻ってきた龍魔呂は、自分の足を止めた。
「…………あ?」
先程まで、自分が丁寧に築き上げた「死のアート(血の海)」があったはずの場所。
そこには、清々しいほどに綺麗な石畳と、ほのかに香る石鹸の匂いだけが漂っていた。
「俺の……俺の殺戮の跡が……どこにも……ない?」
龍魔呂は、自分の見間違いかと目をこすった。
血は一滴も残っていない。暗殺者たちの死体すら、綺麗に積み上げられ、その上から何か『漂白剤』のようなものが撒かれている。
「俺の『死』を、一瞬で消し去る怪物が王都にいるだと……?」
無敵の処刑人が、初めて冷や汗を流した。
自分の力を「ただの汚れ」として処理し、歴史から消し去る存在。
龍魔呂の背筋に、凍りつくような悪寒が走る。
その時、龍魔呂の耳に、遠くから呑気な鼻歌が聞こえてきた。
特売肉の入った保冷バッグを提げた、ただの作業着姿の男が、路地の曲がり角でこちらを見ている。
「あ、オイ。そこのあんた。夜中に変なところで立ち止まってないで、さっさと帰りなよ。風邪ひくぞ」
湊が放った、あまりにも日常的な一言。
龍魔呂は、その男から放たれる「一切の殺気を感じさせない、あまりにも濃密な『主婦オーラ』」に圧倒され、言葉を失うのだった。




