EP 7
王都を駆けるマッチョ。半額シールと王女の感謝
「どけぇぇぇぇぇぇッ!! タイムセールに遅れるゥゥゥッ!!」
レオンハート王国の美しき石畳のメインストリートを、常軌を逸したスピードで爆走する一つの『影』があった。
作業着を弾け飛ばし、全身の血管をバキバキに浮き立たせた身長2メートル超えの超絶マッチョ(※九条湊)。
その後ろを、エコバッグを握りしめた極貧アイドルと、見習い女神が「待ってくださぁぁい!」と泣きながら追いかけている。
「ひぃぃぃっ!? な、なんだあの巨大な筋肉の化け物は!」
「あれは魔神!? 王都に魔神が攻めてきたぞォォ!」
すれ違う王都の民たちが悲鳴を上げて道を空けるが、俺の耳には全く入っていない。
目指すは王都の中心にそびえ立つ、王室御用達の超高級スーパー『ロイヤル・エデン』のみ。
「見えたぞ! あそこだ!」
時計の針がタイムセール終了の『18時00分』を指す、そのわずか30秒前。
俺は、優雅なマダムたちが並ぶスーパーの入り口に、土煙を上げてズザーッと滑り込んだ。
「い、いらっしゃいませ!? あ、あのお客様、当店はドレスコードが……って、半裸!?」
入り口の屈強なドアマンが俺の異様な姿(半裸マッチョ・バケツ装備)を見て止めに入ろうとしたが、俺は水戸黄門の印籠のごとく、アストル団長から巻き上げた『特売日・全品半額優先整理券(VIPパス)』をビシッと突きつけた。
「優先パスだ! 精肉コーナーへ通せェッ!」
「はっ、ははぁーーッ!! VIPのお客様、ご案内いたしますぅぅぅッ!!」
黄金の輝きを放つ絶対的権力の前に、ドアマンは道を開けた。
俺はそのまま精肉コーナーへと猛ダッシュする。
そこではちょうど、店員が震える手で『幻の霜降り飛竜肉』と『最高級オークの豚バラブロック』のパックに、【全品半額】の赤いシールを貼り付けようとしているところだった。
「もらったァァァァァァァァァッ!!!」
ペタッ。
シールが貼られた瞬間。
俺の丸太のような太腕が、マッハの速度でパックを鷲掴みにし、持参した保冷バッグへと滑り込ませた。
「ふぅぅぅぅ……」
筋肉の限界突破(マッスル化)が解け、俺の体はシュゥゥゥと音を立てて元の標準体型へと戻っていく。
心地よい疲労感と、ずっしりと重い保冷バッグの感触。
「……勝った。俺は今日、王都の主婦たちの頂点に立ったぞ……」
「「しゃ、社長ぉぉ……おめでとうございますぅぅ……」」
遅れて到着したリリスとリーザと共に、俺は王都のスーパーの中心で、確かな勝利の余韻に浸っていた。
◇ ◇ ◇
翌日。
王都の一角にある高級宿のスイートルーム(※アストル団長が手配した)。
「この度は、我がレオンハート王国を未曾有の危機からお救いいただき、誠にありがとうございました」
俺の目の前で、煌びやかなドレスに身を包んだ美しい少女――この国の第一王女であるセリア姫が、深々と頭を下げていた。
その後ろには、服を着て(※重要)完全武装したアストル団長をはじめとする白銀聖騎士団が、直立不動で並んでいる。
「神聖魔法すら通じぬ原初の悪意を、わずか数分でチリ一つ残さず『浄化』してしまわれたと聞きました。貴方様こそ、神が遣わした真の『聖者』様に違いありません。これは王家からの、心ばかりの感謝状と報奨金でございます」
セリア姫が、恭しく金箔塗りの証書を差し出してくる。
だが、俺はそれをチラリと見ただけで、手元の作業に全集中していた。
「あー、うん。ご苦労さん。そこに置いといてくれ」
「……え?」
俺は、昨日手に入れた大量の『半額肉』を、出張用のまな板の上で小分けに切り、一つ一つ丁寧にラップで包んでいたのだ。
「いいか姫さん。お前の城の料理長にも言っといてくれ。こういうデカい肉を、買ってきたパックのまま冷凍庫に放り込むのは三流のやることだ」
「れ、冷凍庫……?」
「肉の鮮度を落とす最大の敵は『冷凍焼け』だ。空気に触れたまま凍らせると、水分が飛んでパサパサになっちまう。こうやってラップで空気を完全に遮断して、さらに金属製のバットに乗せて急速冷凍する。これが旨味を閉じ込めるオカンの絶対法則だ」
俺がピシッとラップの端を切りながら力説すると、セリア姫の瞳が、ハッと大きく見開かれた。
(空気を遮断し……隙を与えずに、迅速に守りを固める(急速冷凍)……!?)
姫の隣で、アストル団長がゴクリと息を飲んだ。
「ひ、姫様! これは、ただの肉の話ではございません! 『肉』とはすなわち『我が国の民』! 悪意(空気)に触れさせず、迅速かつ強固な法と秩序(ラップと金属)で国を包み込み、平和の鮮度を保てという……聖者様からの、究極の『国家防衛論』にございます!!」
「ああっ……! なんという深い御言葉! 聖者様は、私のような未熟な王族に対し、国を治めるための『真理』を説いてくださったのですね……!」
セリア姫の目から、ポロポロと感動の涙がこぼれ落ちた。
彼女は俺の手からラップの箱を恭しく受け取ると、それを宝物のように胸に抱きしめた。
「この教え(ラップ)、我がレオンハート王国の家宝として、末代まで語り継ぎます!!」
「いや、それただのサランラップだから。返して。肉包めないから」
こうして、レオンハート王国の平和は(俺の意図しないところで)盤石なものとなり。
俺のクーラーボックスには、完璧に下処理された最高級の半額肉が、みっちりと詰め込まれたのであった。




