EP 2
「土足で上がるな!」 泥だらけの聖騎士団と、玄関の攻防
「よし! 完璧な仕上がりだ!」
ポポロ村、『九条清掃・アナステシア出張所』。
俺は腰に手を当て、額の汗を拭いながら、目の前に広がるピカピカの木目調フローリングを見下ろして深く頷いた。
「どうだリリス、リーザ。ワックスを三度塗りして、乾拭きで限界まで磨き上げた、この『鏡面仕上げ』! 顔が映りそうなくらいツルツルだろ?」
「すごいですぅ! 床がキラキラ光ってて、歩くのがもったいないくらいです!」
「さすが社長ですわ! わたくしめ、スリッパの裏のホコリすら気になってしまいます!」
玄関で大人しくスリッパを履いているヒロイン二人が、パチパチと拍手喝采を送ってくれる。
やはり掃除の基本は床からだ。床が綺麗だと、空間全体の空気が浄化されたような達成感がある。
俺が自己満足に浸っていた、まさにその時だった。
――ドゴォォォォォォォォンッ!!!
「なっ!?」
突然、出張所の入り口のドアが、爆発したかのように外側から蹴り破られた。
砂埃と共に現れたのは、全身を白銀の鎧で包み、十字の刻まれた巨大な剣を構えた数十人の騎士たちだった。
「見つけたぞ、邪悪なる魔王の残党め!!」
先頭に立つ、一際立派な鎧を着た男(聖騎士団長アストル)が、大音声で叫んだ。
「我らレオンハート王国、白銀聖騎士団! 帝国の兵士たちを陵辱し、この村に潜伏する悪魔よ! 我が神聖なる正義の光をもって、貴様をこの世から浄化して――」
ベチャッ。
アストルが、剣を天に掲げながら、力強く一歩を踏み出した。
ベチャッ。グチャッ。ズリッ。
後続の聖騎士たちも、鬨の声を上げながら、次々と出張所の中へと踏み込んでくる。
ポポロ村までの数日間の強行軍。その道中で、彼らの分厚い金属ブーツには、大量の『粘り気のある泥』と『馬のフン』と『枯れ葉』が、これでもかとこびりついていた。
俺の目は、彼らの構える恐ろしい大剣でも、神聖な闘気でもなく。
たった今、俺が魂を込めて磨き上げ、三度塗りしたばかりの『鏡面仕上げのフローリング』に、無残にも刻み込まれていく『真っ黒な泥の足跡』に、完全に釘付けになっていた。
「…………おい」
俺の口から、地を這うような、怨念めいた低い声が漏れた。
「ん? どうした悪魔よ。我が聖なる光の前に、恐怖で声も出ないか?」
「お前ら……せっかく、ワックスを掛けたばかりの床に……」
俺は、腰のホルダーから『100均のフロアワイパー(※超強力ウェットシート装着済み)』を静かに引き抜いた。
「土足で、しかも泥だらけの靴で上がり込んでんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
オカンの逆鱗が、完全に弾け飛んだ。
「な、なんだと!? 床だと!?」
「人の家に入る時は、玄関で靴の泥を落として、靴を脱ぐのが常識だろうが!! お前らのその薄汚いブーツの裏、泥だけじゃなくて馬のフンまで踏んでるじゃねぇか! 不衛生にも程があるぞ!!」
対象:土足厳禁のフローリングを泥まみれにする、極めてマナーの悪い『非常識な不法侵入者たち(白銀聖騎士団)』。
処理:フロアワイパーに『解体』の魔力を乗せ、床の泥汚れごと、不法侵入者の『不衛生な靴と鎧』を玄関の外へと強制排除する。
「お前らみたいな泥んこ野郎は、一歩も中に入れるかァッ!!」
俺は、ツルツルのフローリングの上を、フロアワイパーを構えたままスケート選手のような神速の滑りで突進した。
「なっ!? なんだその恐るべき速度は! ええい、構わん、聖なる刃で両断――」
「――『解体』!!!」
ズッシャァァァァァァァァァァァァッ!!!
俺が振り抜いたフロアワイパーのウェットシートが、フローリングにこびりついた泥汚れを完璧に絡め取りながら、アストルたちの足元を薙ぎ払った。
「ぎゃあああああああっ!?」
その瞬間。
聖騎士たちの足元を固めていたはずの『白銀の金属ブーツ』と『すね当て(グリーブ)』が、床の泥汚れと一緒に「不衛生なゴミ」としてペリペリと剥ぎ取られ、玄関の外へと綺麗に掃き出されてしまったのだ。
「あ、足が!? 私の神聖防具が、濡れた布で拭き取られただと!?」
「ひぃぃっ! 靴下になっちゃったぁぁっ!?」
俺は動きを止めず、玄関でフリーズしている騎士たちの足元を、ワイパーで激しくゴシゴシと擦りまくった。
「靴を! 脱げ! 脱げ!! 上がらせねぇぞコラァ!!」
「アバーーーッ!? 靴下が! 靴下まで『汚れ』として拭き取られていくゥゥッ!!」
数秒後。
そこには、ピカピカのフローリングの境界線(玄関マットの手前)で、上半身は立派な白銀の鎧を着ているのに、下半身は全員『裸足にパンツ一丁』という、最高に間抜けな姿で震える聖騎士団の姿があった。
「はぁ……はぁ……。まったく、どいつもこいつも泥を落とすって常識がないのか」
俺はウェットシートを取り替えながら、呆れたようにため息をついた。
「ば、バカな……」
アストル団長は、自分の裸足の足先を見つめながら、ガクガクと震えていた。
「我らの聖なる鎧が……魔を打ち払う白銀の加護が……ただの『泥汚れ』として処理された……? こ、これが、帝国軍をパンツ一丁にしたという、解体の魔王の真の力……!!」
アストルは、屈辱と恐怖で顔を真っ赤にしながら、残された上半身の鎧から眩い光(聖属性の闘気)を立ち上らせた。
「おのれぇぇ! こうなれば、我が命と引き換えにしてでも、貴様のその余裕の顔を、神聖なる光で焼き尽くしてくれるわァァッ!!」
アストルの大剣が、太陽のような極大の光を放ち始める。
だが彼は、自分が立っているのが「オカンが命を懸けて磨き上げた、鏡のように光を反射するフローリング」の上であるという、最も致命的な事実に、まだ気づいていなかったのである。




