第十一章 王都大掃除とタイムセール。~オカン清掃員、聖騎士団を漂白する~
帝国の次なる一手。「聖」なる王国への情報漏洩
ルナミス帝国がポポロ村を『特別不可侵領域』に指定してから数日。
帝都の宮殿にある皇帝の私室では、マルクス皇帝がチェス盤を前に、一人静かに駒を動かしていた。
「……不可侵に指定したというのは、あくまで表向きのポーズ、というわけですな」
背後の影から、書類を抱えた内務卿オルウェルが音もなく姿を現した。彼の胃腸は九条湊の味噌汁のおかげですっかり健康を取り戻していたが、その知性は相変わらず冷徹極まりない。
「当然だ」
マルクスは黒のナイトを動かし、不敵に微笑んだ。
「我が帝国が、正体不明の『清掃員』一人に怯えて完全に引き下がるなどあり得ん。だが、キュロスやお前を退けた怪物を相手に、これ以上の直接戦力を消耗するのは愚策。……ならば、他人の刃(チェスの駒)を使えばいい」
「他人の刃……。もしや、隣国を動かすのですか?」
「左様。我がルナミス帝国の東に位置する『レオンハート王国』。……あそこの連中は、我々とは違った意味で『話が通じない』からな」
レオンハート王国。
それは、絶対的な『光』と『神聖正義』を信奉する、狂信的な騎士の国である。彼らにとって世界は「善」と「悪」の二つにしか分類されず、自らの正義に反するものは、いかなる存在であろうと「邪悪」として徹底的に排除する性質を持っていた。
「オルウェルよ。レオンハート王国の『白銀聖騎士団』へ、特級の極秘情報をリークせよ」
「……どのような内容で?」
「『緩衝地帯のポポロ村に、おぞましき解体の魔術を操り、帝国の誇る魔導兵器を一瞬でバラバラの残骸へと変え、兵士たちの衣服(鎧)をも剥ぎ取ってパンツ一丁にする、邪悪なる魔王の残党が潜んでいる』とな」
マルクスが淡々と語るその情報は、事実をありのままに伝えているはずなのに、言葉の選び方次第で「世界を滅ぼす邪悪な化身」の報告書へと完璧に偽装されていた。
「なるほど」
オルウェルは眼鏡の奥の目をギラリと光らせた。
「レオンハートの正義の狂信者ども(聖騎士団)なら、その報告を聞けば、王命を待たずに独断で『悪の討伐』へと動くでしょう。彼らの放つ神聖な『聖属性魔法』が、九条湊のあの未知の『中和・解体攻撃』と衝突した時、どちらが勝つにせよ……我々は安全な特等席から、九条湊の底力を完全に計測できる」
「その通りだ。行け、オルウェル。正義の光で、あのポポロ村を照らし出してやるのだ」
マルクスが白のキングをパタンと倒した。帝国の張り巡らせた見えざる謀略の糸が、静かに隣国へと伸びていく。
◇ ◇ ◇
数日後、レオンハート王国の聖都。
大聖堂の謁見の間に、眩いばかりの純白の鎧を身にまとった男が立ち尽くしていた。
彼の名は、白銀聖騎士団の団長・アストル。
彼は、手元に届いた「帝国からのリーク文書」を読み終えると、激しい怒りでその拳を震わせた。
「おののの……おのれ邪悪なる魔王の残党め……! 帝国の兵士たちの武器を奪うだけでなく、衣服までをも剥ぎ取り、白ブリーフ一丁でゴミ拾いを強制するなどという、精神的かつ陵辱的な責め苦を与えるとは……! なんというおぞましき、悪魔の所業……!」
アストルの背後に控える聖騎士たちも、一斉に正義の怒りに燃え上がった。
「団長! このような邪悪、放置すれば我が王国の聖なる光が汚されます!」
「今すぐポポロ村へ進軍し、その『解体の魔王』を神聖魔法で漂白してやりましょう!」
「うむ! 我がレオンハート王国白銀聖騎士団の正義の剣の前に、いかなる邪悪も無力! 者ども、出陣だ! 泥を恐れず、ただひたすらに光の道を突き進むぞ!!」
「「「おおおおおッ!!!」」」
ジャキィィィィィンッ!!
聖騎士たちは、一切の迷いなく自らの大剣を引き抜き、高らかに正義の鬨の声を上げた。
彼らは信じて疑わなかった。自分たちこそが世界の光であり、その進む道に間違いなどないと。
……しかし、彼らはまだ知らなかった。
どれだけ神聖な光をまとっていようとも。
遠征の道中で「泥だらけになったブーツ」のまま、九条湊が命をかけてワックスを掛けた出張所の床を踏みにじった瞬間、自分たちが『漂白(解体)』される側になるという、世にも恐ろしい現実を――。




