EP 9
「夜中に騒ぐな! 胃薬でも飲んで寝ろ!」 胃腸へのダイレクト除菌
「ゴクッ……。こ、これは……アルカリ性の毒薬!? しまっ――」
ルナミス帝国近衛騎士団長キュロスは、口内に噴射された謎の液体(※食用重曹水)を咄嗟に飲み込んでしまい、絶望に目を剥いた。
この男の恐るべき『解体スキル』が乗った薬液。それが体内に入ったということは、己の内臓が分子レベルでドロドロに溶かされるということ。
(無念……! だが、せめて一太刀だけでも……!)
キュロスが最期の力を振り絞り、魔導剣を握り直そうとした、その時だった。
――シュワァァァァァァァァァッ。
「……む?」
キュロスの体内から、炭酸が弾けるような軽快な音が鳴った。
同時に、彼の全身から噴出していた黄色い闘気(二郎覚醒)が、まるで火に水をかけたように「プシュゥゥゥ」と音を立てて鎮火し、完全に消滅してしまったのだ。
「な、なんだこれは……!?」
毒による激痛など、どこにもない。
それどころか、先程までキュロスの胃腸を激しく締め付けていた『豚神アブラ飯』の強烈な胃もたれと、喉の奥からせり上がってくる不快な胸焼けが。
スーッと、まるで朝の高原のそよ風のように、跡形もなく消え去っていたのである。
対象:深夜のドカ食い(L缶)による過剰な胃酸と油分で暴走する『極めて不健康な胃腸』。
処理:アルカリ性の重曹水(食用)をダイレクトに胃へ送り込み、胃酸を中和。さらに『解体』の魔力を乗せることで、胃壁にこびりついた不要な油分だけを優しく分解・洗浄する。
「あああぁぁ……」
キュロスの口から、恍惚とした吐息が漏れた。
重すぎる鎧(胃もたれ)から解放された彼の表情は、戦意の欠片もない、まるで悟りを開いた僧侶のような穏やかなもの(賢者モード)へと変わっていた。
「だろ? スーッとしただろ?」
俺が重曹水スプレーをエプロンにしまいながら言うと、キュロスはハッとして我に返り、ガクンと両膝を突いた。
「拙者の……最強の奥義が、一瞬で中和された……? いや、それだけではない。貴殿は、拙者の内臓の不調まで完璧に治癒(解体)してしまったというのか……!?」
「当たり前だ。寝る前にあんなニンニク臭くて脂っこいモン食ったら、胃酸が逆流するに決まってんだろ。ちゃんと腹八分目にして、消化のいいモン食え」
俺が呆れたように説教すると、キュロスはワナワナと震え出した。
(バ、バカな……! 敵の将であるこの私を、一瞬で殺せる状況だったにも関わらず……あえてそれをせず、己の秘薬(胃薬)で私の苦痛を取り除いたと!?)
キュロスの脳内で、またしても『武士道』という名の壮大な勘違い(アンジャッシュ)が爆発していた。
(圧倒的な武を持ちながら、敵の身を案じる慈悲深さ。『塩を送る』とはまさにこの事! なんという器……なんという王の風格! 我が君主マルクス陛下にすら匹敵する、いや、それ以上の覇王の器……!)
「九条湊、殿……」
キュロスは魔導剣『斬鉄・菊一文字』を鞘に収め、俺の前に深々と平伏した。
その額を、ポポロ村の冷たい土にこすりつける。
「拙者の、完全なる敗北にござる」
「えっ? あ、うん。まぁ、分かってくれたならいいんだ」
「貴殿の『武』と、その海よりも深き『仁(胃薬)』。確かにこの身に刻み込みました。これ以上、剣を交えるのは武士の恥。このキュロス、潔く兵を引かせていただきます!」
キュロスはビシッと立ち上がると、感動の涙で目を潤ませながら、夜の闇へと疾風のように走り去っていった。
その背中は、胃もたれが解消されたおかげで、来る時よりも三割増しでスッキリと軽やかだった。
「…………なんだあのサムライ。夜中に人の家の屋根をドタバタ走り回って、胃薬飲んで帰っていったぞ。酔っ払いか?」
俺はポツンと残された勝手口で、首を傾げた。
まぁいい。これでやっと静かに眠れる。
俺は大きな欠伸を一つして、出張所の扉を閉めた。
こうして、ルナミス帝国が誇る「武力」と「知力」の最高峰は、たった一人のオカン清掃員の『まかない飯』と『胃薬』の前に、完全な白旗を揚げることとなったのであった。




