EP 8
騎士団長キュロスの夜襲。ゲリラ戦術と『超回復・二郎覚醒』
深夜のポポロ村。
月明かりすら届かぬ暗闇の中を、一筋の『影』が音もなく疾走していた。
ルナミス帝国近衛騎士団長、キュロス。
彼はクラウゼヴィッツの『戦争論』を体現する、帝国の最高戦力だ。
(……情報統括局のパノプティコン(監視網)を物理的に破壊した手腕、見事。だが、その過信が命取りとなる)
キュロスは気配を完全に殺し、『株式会社・九条清掃 アナステシア出張所』の屋根に舞い降りた。瓦を一枚も鳴らさない、完璧な『隠密』の動きである。
(敵の主力武装は、魔力を中和する『重曹水(薬液)』と、概念を剥がす『モップ(触媒)』。ならば、それらを取り出す暇すら与えぬ『超絶速度』での近接戦闘こそが最適解!)
キュロスはゆっくりと、腰に帯びた日本刀型の魔導剣『斬鉄・菊一文字』の柄に手を掛けた。
同時に、彼の体内で凄まじい化学反応が起こり始める。
「……奥義――『二郎覚醒』」
ボワァァァァッ!
キュロスの全身から、黄色みがかった強烈な闘気が噴出した。
出撃前に大量に摂取した『一〇〇式戦闘糧食(通称:豚神アブラ飯・ニンニクマシマシ)』の莫大なカロリーと背脂を、一時的に全細胞へ強制還元し、肉体を限界以上にブーストさせるルナミス帝国最強のドーピング奥義。
その代償として、彼の胃腸は悲鳴を上げ、極度の胃もたれと胸焼けに襲われるが、この圧倒的な『速さ』の前には些末な問題だ。
(いくぞ……一撃で、首を刎ねる!)
キュロスが屋根から飛び降りようと、脚の筋肉をバネのように収縮させた、その瞬間。
――ガラッ!
「うるさいなぁ、もう。誰だよ、夜中に屋根の上でドタバタしてる奴は」
出張所の勝手口の扉が開き、エプロン姿の男――九条湊が、不機嫌そうに顔を出した。
その手には、お馴染みの『100均の重曹水スプレー』が握られている。
(なっ……!? 私の完璧な隠密行動を、察知しただと!?)
キュロスは驚愕した。
だが、ここで立ち止まるような三流ではない。
「……気づかれたか。だが、遅い!!」
ドンッ!!
キュロスが屋根を蹴り砕き、弾丸のような速度で湊へと突進する。
そのスピードはまさに音速。常人の目には、黄色い閃光が走ったようにしか見えない。
「『斬鉄・一閃』!!」
キュロスが抜刀し、白刃が湊の首筋へと迫る。
空気を切り裂く鋭い風切り音。
鋼鉄すら容易く両断するその剣線は、確実に湊の命を刈り取る――はずだった。
「だーかーら! 夜中に騒ぐなって言ってんだろ!!」
ガシッ。
「……は?」
キュロスの動きが、ピタリと止まった。
音速で振り下ろされた彼の一撃は、湊の『左手』によって、いとも容易く受け止められていたのだ。
……それも、湊が持っていた『チリトリ(鉄製)』の縁で。
「バ、バカな……!? 拙者の『二郎覚醒』による神速の一撃を……鉄クズの盾で受け止めたというのか!?」
「鉄クズじゃない! 大事な商売道具だ!」
湊は不機嫌そうに眉をひそめ、キュロスの顔をまじまじと見つめた。
「……なんだアンタ、顔色が真っ青じゃないか。それに、口からものすごいニンニクとアブラの匂いがするぞ。さては、寝る前にあんな脂っこいモン(L缶)を山ほど食ったな?」
(……な、なぜ拙者の胃腸の不調(代償)を、一瞬で見抜いた!? もしや、この男の『概念攻撃』は、対象の内臓機能すらも強制的に把握する能力なのか!?)
キュロスは脂汗を流し、咄嗟に後ろへと跳び退こうとした。
だが、湊のオカン的行動の方が早かった。
「おまけに、そんな胃もたれしてるのに、夜中に屋根の上を走り回るなんて……。胃下垂になるぞ! ちょっと大人しくしてろ!」
湊は、右手に持っていた『100均の重曹水スプレー』のノズルを操作した。
「ほら、胃のムカつきを抑える『特製・重曹水(※食品添加物グレード)』だ。飲め!」
シュッ!
「……っ!? むぐっ!?」
湊がスプレーのレバーを引いた瞬間、シュワシュワの薬液(ただの重曹水)が、キュロスの口内にダイレクトに噴射された。
「ゴクッ……。こ、これは……アルカリ性の毒薬!? しまっ――」
キュロスは絶望に目を剥いた。
だが、次の瞬間。
彼の体内に起きたのは、死の苦しみではなく……圧倒的な『安らぎ』だった。




