EP 7
酒場の噂話と、死を呼ぶ四番(DEATH4)の影
ルナミス帝国の最新鋭監視網が「朝のゴミ拾い」で全滅した、その日の夜。
ポポロ村の片隅にある小さな酒場『ひまわり亭』では、村の幹部たちが静かにグラスを傾けていた。
「……いやはや、九条の旦那には恐れ入りましたわ。あのオルウェルはんが、森の奥で『生きた災害や……』て、真っ白になって震えてはりましたもん」
猫耳の商人ニャングルが、安物の芋酒を煽りながらケラケラと笑う。
隣では執事のリバロンが、完璧な手つきで自らのグラスを磨いていた。
「ええ。ドローンをハエ叩きで落とし、地雷を犬のフンとして除菌する。あの御方の『認識』そのものが、すでにこの世界の法則を書き換えているのでしょうな」
「伝説のお掃除勇者……。九条様がいれば、この村は安泰ですね」
村長のキャルルも、ようやく安堵の表情を見せて微笑んだ。
だが、ニャングルはふと、その笑みを収めてグラスの中の濁った酒を見つめた。
「……けどな、村長。この世界、九条の旦那みたいに『綺麗好き』な奴ばっかりやないで」
夜風が、酒場の戸をガタガタと揺らした。
ニャングルの声が、一段階低くなる。
「旦那の掃除は、理不尽やけど温かい。せやけど、世の中にはもっと……笑えん『掃除』をするバケモンが居るんや」
「笑えない掃除……?」
キャルルが小首をかしげると、ニャングルは声を潜めて語りだした。
「ルナミス帝国やレオンハート王国の裏で、冒険者たちが震えながら噂しとる名前がある。……『死を呼ぶ四番(DEATH4)』。聞いたことないか?」
その名が出た瞬間、リバロンの磨いていた手がピタリと止まった。
「……かつて地下格闘場で、あらゆる敵を赤黒い嵐と共に粉砕し、観客ごと『解体』したという、伝説の奴隷戦士ですな。今は自ら悪と断じた者を処刑して回る、歩く死神……」
「そうや。そいつが現れる時、辺りには『赤黒い闘気』が吹き荒れ、どれだけ強大な悪党も一瞬で消滅される。……旦那の『解体』が職人の技なら、そいつの『解体』は、この世から存在そのものを削り取る呪いや」
ニャングルは、怯えるように自分の肩を抱いた。
「噂じゃ、そいつは『子供の泣き声』を聞くと、顔面蒼白になって理性を失うらしい。……その瞬間、空から『鉄のコンテナ』が降ってきて、死の軍火器で辺り一面を更地にするんやと」
「そんな……。それはもう、掃除なんて呼べるものじゃ……」
キャルルが震える声で言うと、ニャングルは力なく笑った。
「せやな。……妙な話やけどな、そのバケモンの名字も……『九条』って言うらしいで」
――ッ。
酒場に、一瞬の静寂が流れた。
湊と同じ「九条」という名。
一人は、笑顔でゴミを拾い、まかない飯を作るオカン清掃員。
一人は、赤黒い嵐の中で悪を屠り続ける、孤独な処刑人。
「……他人の空似やろ。あんなお節介な旦那と、死神が身内なわけあらへん」
ニャングルは自分に言い聞かせるように酒を飲み干した。
だが、その話を聞いていたリバロンだけは、夜の闇が広がる窓の外をじっと見つめていた。
◇
同じ頃。『九条清掃・出張所』の厨房では。
「よし! 明日の朝食の仕込みも終わったな」
湊は鼻歌を歌いながら、まな板を熱湯消毒していた。
奥の部屋からは、腹いっぱい食べて満足したリリスの寝息と、リーザが寝言で「印税……印税が欲しいですわ……」と呟く声が聞こえてくる。
湊はふと、窓の外に広がる月夜を見上げた。
美しい、静かな夜だ。
(……なんだ? 少し、外が『脂っこい』気がするな)
湊のオカン・センサーが、微かな違和感を捉えた。
夜の冷気の中に混じる、独特の「ニンニクと背脂の焦げる匂い」。
それは、ルナミス帝国最強の戦士が、己のリミッターを外そうとしている予兆であった。
暗闇の森の奥で、近衛騎士団長キュロスが、日本刀型の魔導剣を引き抜く。
「……オルウェルは敗れたが、拙者は違う。九条湊……貴殿の『概念攻撃』、拙者の『速さ』で断ち切らせてもらう」
キュロスの体内で、摂取したばかりの『L缶・豚神アブラ飯』の魔力素が、闘気へと激しく変換され始める。
ドクン、と彼の心臓が爆ぜるような音を立てた。
「奥義――『二郎覚醒』」
マッハの速度で夜を駆ける騎士。
そして、それを「夜中の騒音」としか思っていない清掃員。
越える激突の刻が、すぐそこまで迫っていた。




