5-5 モデルとなった女性(前編)
前回の続きになります。
次世代AIのモデルとなった女性客の大学生のエピソード回となります。
「私、そろそろ帰りたいけど……。研修、早いから……」
と言って気まずそうな表情で帰ろうとする千尋に、何か不思議そうな表情で早希は質問を投げかけ呼び止める。
「何で、モデルの依頼を引き受けたのっ? あーし、どうしても気になるっ?」
その一言で気まずそうな表情を見せる千尋に、巧実の母である香苗が何かを思い出したように証言する。
「そう言えば、先週初めで終わりじゃなかったっ? 教育実習っ?」
香苗の一言を耳にした瞬間、ギクッと肩が強張り気まずい表情を見せる千尋。
その表情を見逃さなかった巧実は、逃げ出そうとする千尋の肩を掴み強引にカウンター席に座らせる。
「はいっ、これは何か隠しているのは確実だな。ミネルバも正直に話したことだから、どういう事かパクって貰いましょうか。千尋ちゃん」
と言って尋問する巧実に、居合わせた紬久美や早希に加えミネルバを連れてきた彩や未琴も同様の気持ちで耳を傾けてくる。
その上、真剣な眼差しで千尋に詰め寄る姿は事情聴取に立ち会う警察官その物。
さらに、対面する香苗が睨みを利かせ追い打ちを掛けるように千尋に問い詰める。
「何か疾しいこと隠していないっ? ひょっとして、親にすら話せないレベルっ?」
香苗に問い詰められた千尋は、何度も首を横に振って必死に黙秘を徹する。
しかし、ミネルバの一言が白状せざる得ない状況に追い込まれることに。
「私も知りたいですっ! 私のモデルであるあなたのことが知りたいですっ!」
その一言が、詰め寄られる千尋の隠していた過去を居合わせた人達に話すことになる。
「……ったく、仕方ないわね……。その代わり、この事は誰にも話さないって誓って。契約に引っ掛かるから」
と言って項垂れる千尋に、疑問に思った彩が何故か理由を必要以上に聞きたがる。
「どうしてナイショなのっ? 疾しいこと全くないなら話せばいいのにっ!」
当然、巧実だけでなく紬久美や早希や未琴も彩の疑問に同感する。
ところが、芸能関係に関わったことがある香苗だけは何となく理由を察する。
「それって、守秘義務に関わる内容かしらっ? 下手したら、家族にすら話せないほどの守秘義務が契約書にっ?」
と真顔で質問してくる香苗に、ゆっくり首を縦に振って間違いないことを伝える千尋。
だが、何を言っているのか理解できない巧実は首を傾げて香苗に理由を聞き出す。
「守秘義務っ? それってどういう事だよ、母さんっ?」
「一応、芸能関係の仕事をした経験があるから何となく分かるのよ。例えば、企業などが関わるプロジェクトに主な守秘義務の内容が契約書に記載されている。それで、間違いないねっ?」
と言って香苗が千尋に再確認を求めると、
「そうよっ。この件は、国家機関のプロジェクトだから公になるまで言えなかったのっ! だから、公になるまで絶対に他人には話さないって約束してっ!」
と言い返し念を押すように約束を要求する千尋。
必死になる千尋の真顔を見た瞬間、契約内容が相当な厳しさだと誰もが察しがつく。
巧実だけでなく、居合わせた誰もが緊張した面持ちで静かに頷き約束を同意する。
あの、隠し事が皆無なASIのミネルバでさえ、
「一応、私達のことは公になるまで詳細な公式情報を控えています。約束します、千尋様が話してくれたことを」
と言って頷いて誰にも話さないと千尋に誓う。
すると、千尋は大学時代での出来事を話し始める。
「それは、私が大学に入学して半年以上か経過した頃……」
……友人の推薦で、学園祭のミスコンに参加することになったの。
大学内では、「学園祭のミスコンでミスキャンバスに選ばれたら芸能界デビューは確証される」ってウワサが持ちきりで自ら参加する女子大生がいるくらい。
実際、勉強そっちのけでコスプレイヤーやレースクイーンのアルバイトに明け暮れ芸能界デビューを狙う先輩や同期がいるくらい。
当然、教員志望で入学したのに芸能関係には全く興味ない私は断固拒否。
それに、見ず知らずの人に見られるのは恥ずかしくて絶対に出たくなかったから。
ところが、友人の一人が私の知らないところで勝手に推薦しちゃって……。
しかも、もう一人の友人が「教師が人見知りなんてヤバいって。せっかくだから、人見知りを治すチャンスだと思って」と言われちゃったから参加する羽目に。
最初は、書類選考で落とされると思っていたが最終選考まで残るなんて想定外。
そんな私に待ち受けるのは、雲一つ無い秋晴れの屋外に設けられた特設ステージ。
特設ステージには、誰もが最有力と謳われる四人の美人な先輩達。
特設ステージに上がる私は耳から聞こえてくるほど胸の鼓動が凄まじく、運営側のインタビューでは何を言っているのか覚えていないくらい緊張が高まっていた。
もしかしたら、作り笑いで必死に平静を装っていたのかもしれない。
限られた時間だというのに一分が異常に長く、目の前に見える風景がスローモーションに見えてくる。
私の心中は、「早く終わって、出来ればミスキャンバスに選ばないで」と必死に願った。
ところが、ミスキャンバスの結果発表で私の名が呼ばれるなんて思いもしなかった。
呼ばれた瞬間、緊張が最高潮で私の頭は真っ白……。
「……表彰式で何もかも分からなかったが、翌日の集合写真と賞状などがミスキャンバスに選ばれた実感をした……」
と千尋が大学に在学中の出来事を話し終えると、早希が不満そうな顔で反論する。
「それって自慢話っ? 肝心なこと話してないじゃないっ!」
すると、千尋は不満そうな表情を見せる早希に、
「本題はこれからよ。この後、私に降りかかる災難の始まりだから」
と言って宥めてくる。
宥める千尋の言葉を聞いて、不満を収めたのか話の続きに耳を傾ける早希。
早希と同様、巧実を始め千尋の話の続きに耳を傾ける。
宥めることに安堵した千尋は、ミスコンが終わった後のことに関して話し出す。
「ミスキャンバスに選ばれて一週間後、見知らぬ人達が校門前に集まってきて……」
……誰だろうと思ったら、友人の一人が「芸能事務所のスカウト達」って教えてくれた。
何処の芸能事務所の人達かは知らない、何処でウワサを聞きつけたのかは分からないけど、目的が何か言わなくても見当がつく。
間違いなく、校門前に集まっている芸能事務所のスカウト達が狙いは私。
スカウト達の目的は、所属する芸能事務所への勧誘。
ウワサでは、飛ぶ鳥を落とすくらいの勢いのある大手の事務所のスカウトも待ち受けていると耳にしたことがある。
準ミスキャンパスの先輩が校門を通過しても興味を示さず、スカウト達は校門の向こうにいる私に視線を注いでくるのが何よりの証拠。
身の危険を感じた私は、身を隠すように誰もが寄りつかない裏門から登下校を繰り返してスカウト達から逃れる日々を送る羽目に。
まさに、芸能関係に興味ない私とスカウト達のイタチごっこ。
スカウト側が姑息な手で待ち伏せすれば、私は友人達の輪に紛れ込んでスカウト達の包囲網を抜けきり。
必要以上に勧誘を押し迫られたら、完全無視や「興味は無い」と主張し払い除ける日々。
数ヶ月も続けば大抵のスカウト達が諦めてくれたのか、ターゲットを準ミスキャンパスの先輩か芸能に興味がある他の学生に変更して私を狙うことはほぼ無くなった。
それでも、しぶとく私を狙って待ち伏せするスカウトも中にはいたけど、大半は肩身の狭い立場から逆転を試みる弱小か新規で名が知られていない新参の芸能事務所。
勧誘が無理だと察した途端、諦めがついたのか再び来ることはなくなった。
大学側も問題に思ったのか、学園祭でのミスコンを中止にすべき議論が浮上するように。
そのウワサを聞いて心の中では安堵した私だが、運営側と継続を熱望する人達の反対活動により今も継続している。
今回の一件で、例え友人二人に強く勧められても二度とミスコンには参加しないと宣言。
何故か推薦する友人二人との関係は遠退いたけど、しつこい芸能事務所からの勧誘から二度と無いと思うと安心して学業に専念できると気持ちを切り替えることが出来たわ。
そんな平穏な日々が年末まで続いた頃、年越しで実家に戻った私は自分の部屋を掃除している最中にお母さんが手紙を渡されたの。
私宛の手紙、裏にはASIを開発している研究機関の名義……。
「……これが、プロジェクトが進行しているASI達との関係の始まり。ここから、今言った守秘義務と深く関係する話になるから」
と言って千尋の真顔を見て、ここから自分達の知りたい本題になると確信する巧実達であった……。
ご覧いただき有り難うございます。
次回は今週の土曜日の予定です。




