5-2 若い女性客
前回の続きになります。
閉店前に来店してきた若い女性から始まる会となります。
閉店三十分ほど前、客の行列から解放され店内は香苗と手伝いを強要された巧実の二人で店内の後片付けに追われる。
既に、香苗が応援で呼んだ近所のオバさん二人は退店したばかり。
「巧実っ、店頭に吊しているのれんを仕舞ってっ!」
と香苗が命じてきたので、散々振り回されて疲れ切った巧実は重い足取りで店頭へと向かう。
巧実がのれんを仕舞おうとしたとき、若い女性客が駆け込んで入店してきた。
「おっ、お客さんっ! ラストオーダー終わってますっ!」
と言って追い払おうとする巧実に、駆け込んできた若い女性客を見て香苗は懐かしそうな笑顔を見せる。
「水戸さんっ、お久しぶりっ! 今日は、教育実習の帰りかしらっ?」
と言って笑顔の香苗は、何故か拒む素振りを見せずエプロンを身に着けると準備をする。
「かっ、母さんっ? この人、誰っ?」
と言って困惑する巧実に、笑顔を見せる香苗は閉店間際に突然駆け込んできた若い女性客を紹介する。
「水戸千尋、去年大学を卒業したばかりの常連さんよ。今は、教員になるための実習を受けているとウワサで聞いたけど」
「教育実習生っ? それにしても、読者モデルのような綺麗な女性が教育実習生だなんて……?」
と言って巧実は、テーブル席に座る千尋の容姿を観察する。
艶がある飴色のセミロングの髪、均整の整った顔立ち、薄着の上からでも分かるバランスがいいプロボーション。
巧実が通う学校には紬久美がいるが勝るとも劣らない美貌と、言わずとも肌で感じる知性を醸し出している。
間違いなく、学校にいたら人気の美人教師として男子生徒だけでなく男性教師もほっとかないだろう。
まさしく、才色兼備を絵に描いた女性だと実感する巧実。
さらに、香苗からタレコミ情報を聞くことになる巧実。
「三年前、大学の文化祭でミスキャンバスに選ばれたのよ。彼女っ!」
「ちょっと、恥ずかしいから言わないでっ! 店長っ!」
と言って耳を真っ赤に染める千尋を見て、何処となく納得する巧実。
同時に、千尋がミスキャンバスに選ばれたのも納得する巧実は静観するのみ。
そんな中、千尋は静観する巧実を見て、
「店長……。この人、誰……? さっきから、黙ってばかりだけど……」
と言って香苗に訴えてきた。
すると、黙り込んでいる巧実に目で威圧する香苗が紹介する。
「ゴメンね、私の息子よ。シャイだから、黙り込んでいたみたい」
仕方なく、巧実は自分の名を言って会釈する。
「たっ、巧実です……」
すると、千尋は知り合いでもないのに知人のように巧実に話し掛けてくる。
「巧実君って、大学生っ? 意外と背が高くて大人しそうだから」
「いいえっ、高校生です。俺っ、近くの中高一貫校に通っています」
と言って巧実が質問に答えた瞬間、何故か千尋の目が興味に満ち溢れてくる。
「へぇーっ、有名人が数多く通っている有名な中高一貫校に。まさか、君みたいな陰キャが通っているなんて」
と言ってきた千尋を見た瞬間、少しイラッとした巧実は心の中で不満を訴える。
(勝手に陰キャと決めつけるなっーの。見た目は陰キャだけど、こっちはこっちで高校生活をエンジョイしてますっ! 今はトラブルに巻き込まれているけどっ!)
香苗は、不満そうな顔で千尋を見ている巧実に厳しく注意する。
「巧実っ、相手は仮にもお客様っ! 不満そうな顔でお客様を見ないっ!」
「店長、私は気にしてませんよ。「教師たる者、生徒と向き合う覚悟を持ちなさい」ってお祖父ちゃんから言われたから、この程度で凹みませんよ。私っ!」
と言って千尋は笑顔を見せ気丈さをアピールする。
千尋の笑顔を見た香苗は、少し安堵と先行きの不安が入り交じった複雑な表情を見せ、
「器が広いのか、単に空気を読まないのか分からないけど……。メンタル強いわね」
と言って提供する料理の下準備をする。
「店長っ、いつものヤツお願い」
と言って千尋が馴れた素振りを見せると、改めて常連客だと実感する巧実はあったことが一度も無い。
それもその筈、千尋が来店するのはラストオーダー間際にやってくるため巧実が知るはずも無い。
ラストオーダーだと言うのに向かい入れる香苗の懐の広さを実感する巧実だが、千尋が閉店する時間帯に来店するのか気になって仕方が無かった。
そこで、巧実はカウンター席に座る千尋に理由を聞くことにした。
「ところで、こんな時間帯に来店を……? ラストオーダーで提供する品数が……?」
「この店の味、忘れることが出来なくて。小さい頃から、家族と一緒に来ていたから」
と言って懐かしむ千尋を見た瞬間、家族ぐるみの常連とすると同時に老舗だと実感する。
その時、今は亡き祖母の記憶が蘇り今は店長として店を切り盛りする香苗に聞く巧実。
「まさか、お得意ってどのくらいっ? もしかして、俺が生まれる前から……?」
「そうね、お義母さん《おかあさん》が元気で店を切り盛りしていた頃かしら。家族ぐるみで来店してたから小さい頃の水戸さん覚えている。とても、可愛かったわ」
「何故、彼女だけ来店っ? しかも、この時間帯にっ?」
「仕事が忙しくなったから仕方ないわ。でも、水戸さんだけは学生時代も週一ペースで通ってくれる。でも、ここ最近は就職活動やら教育実習でこの時間帯でしかこれないの」
「でも、閉店間際だというのに……? 母さんっ?」
「お義母さんの教えかな。「困っている人がいたら見過ごすな」って」
と香苗が返答したとき、今は亡き祖母の笑顔が脳裏に蘇り印象を語る巧実は、
「婆ちゃんが……? 俺の知る婆ちゃんって、目を細める笑顔のイメージが強いけど?」
と言って思い出し香苗から聞き出そうとする。
すると、香苗は提供する料理の準備をしながら当時の記憶を思い返す。
「色々と厳しかったわね、お義母さんが切り盛りしていた頃は。でも、店が終わってからはとても優しかったから頑張れたわ」
「婆ちゃん、人望あった人なの? 母さん?」
「そりゃあ、人望があった人よ。現に、お義母さんの人望や常連さんのおかげで今も続けられている。もし、それが全くなかったら私の代で店畳んでいたかも。確実に」
と香苗の話を聞いた巧実は、老舗の理由が利益だけでなく祖母の人望や人の繋がりで今も店が続いていることを知る。
老舗と呼ばれるのも、常連客という人の繋がりがなければ続かない。
そして、人望などのパイプラインがなければ維持することは出来ない。
そんな中、千尋が笑顔で香苗に催促してきた。
「店主、お腹ペコペコだから早くお願い」
すると、笑顔を見せる香苗は鉄板の上で料理をカウンター席に座る千尋の目の前で作り始める。
腕を振るう香苗の華麗な手捌き、十分に熱せられた鉄板の上で踊る食材達。
そして、食欲をそそる炒める音と店内に広がるソースの香り。
まだ夕飯を取っていない巧実にとっては空腹地獄で、その音と香りだけでヨダレが口いっぱいに広がりゴクリと唾を呑みグウッと腹の虫が鳴る。
「ゴメン、コレが終わったらご飯用意するわね。巧実」
と言って笑顔で料理を作る香苗と、巧実の腹の虫を聞いてクスクスと笑う千尋。
二人の笑顔を見た巧実は、お腹に手を当てて赤面の恥ずかしそうな表情を見せる。
四・五分後、千尋の目の前に二品の料理が出来上がる。
「お待たせ、チーズ明太もんじゃとソース焼きそばよ」
と香苗が料理を提供すると、子供のような笑顔の千尋は小さなコテを手にもんじゃ焼きを食べ始める。
小さなコテでお焦げを作って一口入れると千尋の頬が緩み、
「この味、この店の味よっ! コレ食べないと、この街に帰ってきた気がしないっ!」
と言って香苗が提供する料理を堪能する。
料理を味わう千尋を見て、空腹を余計に堪える巧実の表情が辛そうに見える。
十数分後、料理を十分堪能した千尋はレジに移動して会計を済ませる。
「ごめんなさい。現金のみだから」
と言って笑顔で会計する香苗を見た千尋は首を横に振って、
「大丈夫。この店の雰囲気が大好きだから」
と言って笑顔を見せる。
こうして、ラストオーダー間際で駆け込んできた千尋が満足した表情で退店する。
それを見送る巧実と香苗は、のれんを仕舞えると一段落。
ところが、彩が困った表情で入ってくる。
これが、新たな事件の始まりを告げる事になるなんて……。
ご覧いただき有り難うございます。
次回は来週の火曜日の予定です。




