其の伍
第二章 水辺に咲く百合の花
第一章最終節でタイトル回収ができたものの、アバンタイトルにて交わされた女子生徒の噂話を未回収のまま章を終えるという前代未聞の暴挙に出てしまった。
なんともみっともない。しかし、あろうことか作者は、第一章のアバンタイトルを第二章のどこかで回収できれば読者も納得するだろうし、物語の構成的にも問題ないだろうと思っているのだから、嘆かわしい限りである。
しかし人は誰も皆、等し並みに不完全さを抱えているものだ。常日頃、完璧超人の作者でも、時にこのようなミスを犯しても良いではなかろうか。
さて誰も得をしない反省風自画自賛を終えたところで、そろそろ物語に入ろうと思う。
では前回までのあらすじ。
義男が……えっと……二人を送った後……、……怪しい男が現れました!
作者は説明が下手であった。
第二章 水辺に咲く百合の花
其の伍
「よう、兄ちゃん。やっと見つけたぜ。手間かけさせやがって」
そう言い放った男の後ろには二つの黒い影が控えていた。
義男に声をかけた男は身長が190センチはあろうかという大男。時代錯誤甚だしい茶髪のリーゼント頭に学校非指定の緑色の学ラン姿、ここいらでも有名な喧嘩屋、柳田虎太朗である。その両脇には肩まで伸びた長髪をセンター分けにした、いかにもチャラそうな男と横に幅のある大柄なメガネの男が立っていた。
「またお前かよ」
「よぉ、九条。しばらく会わねえうちに男前が上がったな。可愛子ちゃんを二人もつれて下校だなんてよう。俺なんて……俺なんてなぁ……」
そう言うと柳田は学ランの内ポケットから幼女アニメのキャラクターが刺繍されたハンカチを取り出し、溢れる涙を拭い始めた。断っておくが、これは決して柳田の趣味ではない。柳田の愛妹からのプレゼントであり、柳田は妹に喜んで欲しいと言う理由で毎日それを使用しているのだ。舎弟の二人も柳田の欠点には気づいていた。
「柳田さん……」
——それ、いい加減しまって欲しいっス。
——多分それが九条から馬鹿にされてる理由っス。
「んなぁこたぁいいんだよ。なんか締まらねえと思ったら、危ねえ危ねえ、言い忘れてたぜ」
「また『いつものアレ』やんのかよ。どうせ回を増すごとに作者も飽きて、やらなくなるんだからやめとけよ」
「うっせー。なんだ作者って。まぁ、いい。それじゃあ覚悟して聞けい! あ〜、花は桜木、男は柳田。義理に生きて人情に死ぬ——」
「——あっそ。じゃ、その義理とやらで今日は見逃してくれよ」
「まぁ、そうだな。じゃあ今日のところはひとつ……って見逃す訳ねえだろ、このすっとこどっこい! 人の見得切りに横入りしてんじゃねぇ! 最後まで言わせろい!」
「え〜、それ毎日聞いてんじゃん。お前もよく飽きないよな」
やや甲高いしゃがれた声でノリツッコミを入れる柳田に半ば呆れて対応する義男。義男はここ数日、毎日のようにこのくだりを繰り返している。
「うるへ〜! よく聞いとけ、男の中の男の口上をよ!」
「よっ! さすが柳田さん、男の中の男!!」
「『ヤ・ナ・ギ・タ』だ! 『ダ』じゃなくて『タ』だ! 仲間のオメーが間違えんな!」
「あ、すんません……」
「まったく……頼むぜほんと。あ〜あ〜、こほんっ。あ〜あ〜、ではでは。花は桜木、男は柳田。義理に生きて人情に死ぬ。姓は柳田、名は虎太朗。泣く子も黙るこの男、人呼んで喧嘩馬鹿たぁ俺のことでぇい!」
「よっ、柳田さんかっこいい!」
「男の中の男!!」
「そうかぁ? あはは? そうだろう。わっはっはっはっは」
自分はこれからも毎日これに付き合わされなければならないのか。そう呆れながらも、柳田の歌舞伎のような見得切りを少しかっこいいと思う厨二な義男であった。
「それで柳田。今日はなんの用なんだ? 待ち伏せしていたなら、それなりに用があるんだろ?」
「おっといけね。そうだった。肝心なことを言い忘れるとこだった——奴はどこにいるんだ?」
「やつ?」
「鬼塚だよ。言わねーでも分かるだろ。あいつ、朝から探してんだけど、どこにもいやしねえ。最近、毎日そうだ」
「あぁ、鬼塚なら、朝のホームルームの時に教室を出てパチンコ屋に行ったよ。其のあとは知らない」
「新学期早々パチ屋だぁ? 悪だ……奴は本物の悪だ……」
「で? 鬼塚のこと話したし、もう帰っていいか?」
義男がそう言うと、柳田の舎弟がおもむろに口を開いた。
「おいおい。そんな訳あるかよ。今日、俺達がお前を待ち伏せたのはな。お前を引っ捕えるためなんだよ。お前をひっ捕らえてボコボコにすれば、逃げ上手の鬼塚も姿を現すだろうっていう算段だ」
「そうなのか、柳田」
「まぁな。俺も毎日同じことの繰り返しに飽きてきたところだからな。ここらで終止符を打とうと思ってな」
「なるほど、卑怯な手だな。お前が考えたのか、腰巾着A」
「誰が腰巾着Aだ!」
「あれだろ? よくドラクエとかでボスキャラが笛を吹いたらどこからともなく、なんの脈絡もなく現れるモンスターAとBだろ、お前ら」
「おい……あんま舐めたこと言ってると、ぶっ飛ばすぞ……」
腰巾着Aは声を震わせ、額の血管をぴくぴくさせながら静かに怒った。
そんないかれ腰巾着Aに対し、静かに顎を上げ、わずかに見下すような視線で義男が言葉を放った。
「おい……今日の僕は虫の居所が悪いんだ。これ以上、絡むなら……タダでは済まないぞ」
嘘である——
この男、虫の居所が悪いどころか、大好きな柊結衣と一緒に登下校ができることとなり、めちゃくちゃ喜んでるのである。あまりの嬉しさに顔のにやけが収まらず、家に入ることができなかった為、町内をウロウロしていたほどである——義男は今、かつて無いほど、ものすごく機嫌がいい。
「ヤバイっスよ柳田さん。今日は放った方が……」
腰巾着Aが義男の気迫に押され弱気な言葉を漏らした。勿論、先ほどの義男の言葉はただのハッタリだが、彼らの目にそうは映らなかった。
日頃、鬼塚と連んでいる義男は学校内外を問わず、伝説の不良として知られているのだ。義男自身に喧嘩の腕っぷしや経験などは皆無だが、皆が義男を強者と思い込んでいることを、義男が利用しないはずがない。義男はさらにハッタリを続けた。
「どうするんだ腰巾着A・B? 僕は本気だぞ」
義男の目はマジだった。義男の視線の奥にはまるで鬼が宿っているのではないかと思えるほど、深く静かで、なにものにも形容し難い殺気を纏っていた。
——ヤバい……ここをなんとか演技でやり過ごさなければ、確実に殺される……。もし、こいつらがこれでも逃してくれなかったら、ここを猛ダッシュで逃げるしかない。そうだ。サッカー部の中でも一番の俊足だった僕が、こんなボテ腹のヤンキーごときに捕まるわけがない。大丈夫だ。柳田は逃げる者まで追いかけたりはしないだろう。逃げるとしたら後ろか? いいや、ダメだ。ターンで切り返す際にタイムロスが生じる。ここはディフェンスを交わす時のように腰巾着Aに対して対角線に切り込んで振り切るのが上策だ。
義男の冷静で、驚くほどヘタレな状況分析が、彼の目に宿る奇妙な冷静さ、そこに宿る殺気を生んでいた。
「今日のところは勘弁してやるよ。だが明日。明日だ。明日必ず鬼塚を連れて来い。放課後の屋上だ。もし約束が守れなかったら、俺がタイマンでオメェをぶっ飛ばす。分かったな」
柳田の喧嘩ルールはタイマン。これは絶対のルールである。
柳田にとって義男はそこまで恐る相手ではない。タイマンを張って負ける気など微塵もない。しかし、今、義男に喧嘩を売ったのは自らの舎弟、腰巾着Aだ。このまま状況がエスカレートすれば義男とタイマンを張るのは腰巾着Aということになる。しかし、腰巾着Aは義男の威圧で後退りをするほど圧倒されていた。この状況で腰巾着Aに勝ち目はない。
不良グループの親玉として、腰巾着の兄貴分として、舎弟に無謀な喧嘩をさせ、怪我をさせることは避けたいと思った柳田は、静かに身を引くこととした。
この後、柳田らのおかげで気持ち悪いにやけ顔がすっかり取れた義男は、寄り道もせず、そのまま帰宅した。
新学期早々、嬉しいことや面倒なこと、色々なことがあった為か、シャワーを浴び、布団を被ると電気を消すのも忘れ、泥のように眠り込んだ。




