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あの日見た墓の名前を僕達はまだ知らない。  作者: とみりん
第一章 危ない男にご用心
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其の壱

「ねぇねぇ、聞いた? 二組の……」


「うん聞いた。一人犠牲になったって……」


「怖いよね。うちらも気をつけなくっちゃ」


「でもこういうのってあまり口にしない方がいいらしいよ。悪い気が移るって」


「なにそれ。でも怖いから、うちも控えとこ……」



挿絵(By みてみん)



   第一章 危ない男にご用心

   其の一


 遠い冬を越え、やっとのこと顔を出した春休みは、三学期の流行風邪《はやりかぜ》による学校閉鎖の影響で二週間から三日間まで縮まり、もはや春休みとは名ばかりの三連休と化していた。

 その間、本作主人公の九条義男《くじょうよしお》はというと、意中の女子、川崎英美里《かわさきえみり》とデートができたのはいいものの、残りの二日間は大量の宿題に追われ、朝から晩まで休む間もなく机に向かっていた。

 『休みに休めない』そういう日本人の常識や体質は、おそらくこのような少年期の体験によって構築されていくのであろう。そもそも休みに『宿題なる仕事』を課されること自体、どうかしているのだ。

 まさにこのような教育制度は、元来の『社会の中で自立し生きていくために必要な知識や判断力、他者との関わりを身につけさせるもの』という目的とは程遠く、最早『国にとって都合よく働く物言わぬ労働者を育む制度』と言った方が正確かもしれない。実に嘆かわしい限りである。 

 そんな地獄のような春休みを終え、義男は新学年、新学期を迎えるのであった。


 新学期初日、まだ登校門限《とうこうもんげん》より一時間も早いにも関わらず、昇降口《しょうこうぐち》の掲示板《けいじばん》に張り出されたクラス替え発表の紙には、既に大勢の生徒が群がっていた。ほとんどの生徒がそこに足を運ぶ中で、その様子を正門からじっと眺めている一人の少女の姿があった。本作ヒロインの一人、柊結衣《ひいらぎゆい》である。


「よっ、柊。新学期早々早いな。実に良いことだ。感心感心」


 正門で竹刀《しない》を持って生徒を迎え入れる、なんともオールドファッションなその男は、作者から名前すら与えられることのない可哀想なモブキャラ体育教師である。


「おはようございます。どのクラスになってるか気になって、早く来過ぎちゃいました」


「そうか。新学年とは胸が踊るものだ。先生も今年からは生徒指導だからな。胸が躍っている。先生、張り切って行くぞ」


 お前のことなど聞いていない。普通の生徒であれば、口に出さずともそのような態度をとり軽くあしらうであろうが、柊結衣はそうではない。体育教師のつまらない話にもニコニコと対応をする、根っからのいい子なのである。


「あれ、結衣早いじゃん。もうクラス確認した?」


 結衣が体育教師の相手をしているところ、横から話しかけてきたのは雨宮優子《あまみやゆうこ》。結衣の親友である。


「優ちゃん、おはよう。ううん、まだ。なんか掲示板に人だかりができてて」


「まだなの? 鈍臭《どんくさ》いわね。さ、行くわよ」


「え? えぇ〜? でも、いま行っても人がいっぱいで見えないよ?」


「そんなの押しのければいいのよ。いいから着《つ》いてきなさい」


 大人しく控《ひか》えめな結衣とは対照的に優子は小柄な体格ではあるが、肝が据《す》わり、物怖《ものお》じせず、いつも自信に溢《あふ》れている頼もしい性格なのである。二人が親友なのは、この凸凹感《でこぼこかん》が丁度いいからなのかもしれない。

 優子が険《けわ》しい人混みを掻《か》き分け、その後ろに結衣が続く。掲示板にたどり着くと、二人は目を凝らして自分の名前を探し始めた。


 ——義男君と同じクラスになりますように。

 結衣は心の中で強く念じた。


「え? 今なんか言った?」


「言ってないから! 何も言ってないから!! そんなのいいから早く探そ!!!」


 ——あ〜、焦った〜。バレちゃったかと思ったよ〜。優ちゃん変なところで鋭《するど》いから……。


「あ、あったわ。わたし二組。結衣も一緒ね」


「そんなあっさり! もうちょっと引っ張ろうよ。こういうのってワクワクしながら探すのが楽しいんじゃん」


「いやよ、めんどくさい。目的を果たしたんだからそれでいいじゃない。さ、教室行くわよ」


「ちょ、ちょっと待って」


「なによ」


「まだ、ちょっと見てたいから」


「九条君なら同じ組よ」


「え?! ほんと!!??」


「嬉しそうね」


「うううううううれしくないから! ほんと、普通だから! もう、優ちゃん変なこと言わないの! 別に普通だよ? ただ義男君はいつも仲良くしてくれてるから……その……ちょっと気になっただけ!」


「はいはい。行くよ」


「う、うん……」


 しのぶれど 色に出《い》でにけり 我《わ》が恋は 

 ものや思ふと 人の問ふまで


 おもわず千年前の和歌を詠《よ》みたくなるほどに、結衣の恋心はあまりにも分かりやすく表情と態度に現れており、優子はとっくの昔からその気持ちに気づいていた。

 誰の目にもバレバレの恋心を隠《かく》せているつもりになっている結衣を横目に優子がため息をついたその時であった。

 大きな声をあげて自転車のペダルを漕《こ》ぎ、正門を通り抜ける男の姿があった。


「ヤバいヤバいヤバイヤバいヤバーい! 遅刻だーーーーー!!!!!」


「こら! 九条!! スピードを落とさんか!!」


 本編始まって二千文字目にしてようやっと登場した本作主人公、九条義男である。

 義男は登校門限よりはるかに早い登校であるにも関わらず、目ん玉を見開いて大汗をかきながら、体育教師を轢《ひ》きそうな勢いで、大慌《おおあわ》てで正門を通り抜けた。


「こら! 九条!! 聞いとるのか!!」


「今の……義男君だよね?」


「うん……そうみたいね」


 あまりに唐突な出来事に結衣と優子も少々あっけに取られていた。

 体育教師に呼び止められた義男は自転車をとめ、体育教師は義男の元へと歩み寄る。


「お前、どういうつもりだ。今わしは轢かれかけたぞ。何故、そんな危険運転をしている。わしを納得させられる理由を持っとるんだろうな」


「そ、そんなの決まってるじゃないですか! このままじゃ遅刻! 遅刻してしまうから!! もう行っていいですか!?」


「何を言うとるかバカもん! 寝ぼけた目を擦《こす》ってよう見てみぃ。遅刻スレスレの時間に、あんな大勢の生徒が掲示板の前に群《むら》がるとでも思うんか?」


「え? あいつら新学期早々遅刻する気か?」


「ちゃうわい! はぁ、柊、今何時じゃ?」


「今、七時二十分です。あ、おはよう九条君。全然セーフだよ」


「え?! えぇぇぇ!!!????」


「『えぇぇぇ!!!!!????』はこっちが言いたいわ! 何をどうしたらこんなに時間を間違えられるんじゃ。まぁ、新学期だし、遅刻しないよう必死だったのも分かる。悪気はなかったようだし、今回は不問にする」


「ち、違うんですよ。川崎のやつがさっきメールで嘘の時間を教えてきて、ほら、これみてくださいよ」


「なんじゃこりゃ?」


「メールですよ。メール。川崎からの!」


「そうじゃなくてだな……はぁ、スマホ。はい、没収」


「えぇ!! ずっこい!!!!」


「ずるいことあるか。先生が不問にすると言っとるのにしつこく言い訳をしようとするからボロが出たんじゃろが。もうえぇ、放課後職員室に取りにこい」


「マジかよ〜〜〜〜。分かりました〜〜〜」


 体育教師にスマホを没収され肩を落とす義男の背後から一人の女が忍び寄る。女は後ろからそーっと義男の目を塞《ふさ》いだ。


「だーれだ」


 お決まりのバカップルワードが飛び出した。

 普段であれば口元がニヤニヤしてしまいそうなハニカミシチュエーションではあるが、英美里のイタズラにハメられ、新学期早々スマホを没収された今の義男は、この状況でハニカンでいられるほど機嫌が良くはなかった。とはいえ、英美里の甘い声と両の目を覆う手から伝わる温もりに、込み上げる特別な感情を抑えきれない義男は、精一杯のポーカーフェイスでツンとした言葉を返した。


「おい、『だーれだ』じゃないよ。川崎だろ」


「ピンポーン。よくわかったね。百点満点!」


「『百点満点!』じゃないよ。君のせいで僕はスマホを没収されたんだぞ。なんでそういうイタズラするかなぁ」


「えぇ〜? でもすぐ返してもらえるんでしょ? そもそも学校は勉強する為に来るとこなんだし、下校時間までは必要ないよね?」


「お前なぁ……」


 ——ん? 待てよ?


 義男は気がついた。

 英美里のやったイタズラには遺憾《いかん》の意《い》を覚えるが、彼女の言っていることは実にもっともである。そこに反論の余地はない。しかし、この付き合いたてのカップルが人目も気にせずいちゃつくような、ちょっと小っ恥ずかしくもあり甘酸っぱくもある、実に青春ラブコメ風なやり取りをもう少し引っ張りたい。そう思い、英美里に言葉を返そうとしたのだが、義男を見る雨宮の目が、その浅《あさ》はかな企《くわだ》てをあっさりと見抜いているように感じたのだ。


 そう感じた瞬間、男は静かに言葉を引っ込めた。



 ——つづく


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