傲慢
呟いた瞬間、故郷の友人の言葉が蘇った。
「お前はいつもそうだな。自分のことしか見えてない」
中学時代、些細なことで落ち込んでいた俺に、親友の原田が言った言葉だった。その時は腹が立ったが、今思い返すと、彼の指摘は的確だったかもしれない。
俺は確かに、自分の苦しみばかりに焦点を当てていた。周りの人々も同じような経験をし、同じような悩みを抱えているという事実を、どこかで受け入れたくなかった。自分だけが特別に苦しんでいるという感覚が、逆説的に俺のアイデンティティになっていたのかもしれない。
翌週、再び故郷の同級生たちと会った時、俺は思い切って本音を話してみた。
「正直、まだ全然慣れないんだ。お前らみたいに前向きになれない」
すると、山田が意外な反応を見せた。
「え、俺が前向きに見えるか?」
「見えるけど?」
「そう見えるだけだよ。実際は毎日不安だらけだ。将来のこととか、このまま東京でやっていけるのかとか」
鈴木も頷いた。「俺だって、彼女ができたって言ったけど、正直うまくいくかわからないし、勉強についていけてるとも思えない」
佐々木が苦笑いを浮かべながら言った。「みんな、表面的には頑張ってるように見せてるだけなんじゃないかな。俺も含めて」
その瞬間、俺は愕然とした。彼らも俺と同じように悩み、苦しんでいた。だが、それを受け入れながらも前に進もうとしていた。俺はその事実を受け入れることができずにいたのだ。
「結局さ」山田がビールを飲みながら続けた。「お前は独りよがりなんだよ。自分だけが苦しんでるって思い込んでる」
その言葉は、まるで矢のように俺の心を射抜いた。図星だった。俺は自分の苦しみに酔いしれ、他人の痛みや努力を見ようとしていなかった。
「でもさ」山田の表情が和らいだ。「それでもいいんだよ。誰だって独りよがりだ。俺だって、自分のことで精一杯で、他人のことなんてよくわからない」
その言葉に、俺は戸惑った。
「だから、独りよがりのまま、一緒にいればいいんじゃないか?完全に理解し合えるなんて無理だし、完全に共感することもできない。でも、それでも隣にいることはできる」
山田の言葉は、俺にとって新しい視点だった。完全に理解し合えなくても、完全に同じ気持ちにならなくても、それでも一緒にいることができる。そんな関係性があるのだろうか。
山田の言葉は、その後も俺の心に残り続けた。独りよがりのまま、一緒にいる。その意味を理解しようと、俺は日々考えていた。
六月に入り、大学での生活にも少しずつ慣れてきた。相変わらず周囲のレベルには圧倒されていたが、以前ほど絶望的な気持ちにはならなくなった。それは、故郷の友人たちとの会話のおかげだった。
ある日、図書館で勉強していると、隣に座った学生が困っているのに気づいた。彼は経済学のテキストと格闘していたが、明らかに理解に苦しんでいるようだった。
「その部分、わからないんですか?」
俺は思わず声をかけた。
「ええ、この概念がどうしても…」
彼は安堵の表情を浮かべた。俺は自分なりの理解を説明してみた。完璧な説明ではなかったが、彼には参考になったようだった。
「ありがとうございます。助かりました」
彼の感謝の言葉を聞いて、俺は不思議な気持ちになった。俺も苦手な分野で苦労していたが、それでも他人の役に立てることがあるのだ。
その学生、林と友人になった。彼は俺と似たような境遇で、地方から出てきて東京の大学生活に戸惑っていた。だが、彼の悩みは俺とは少し違っていた。彼は人付き合いが苦手で、友人を作ることに苦労していた。
「田中さんは、友人がいていいですね」
ある日、林が羨ましそうに言った。
「そんなことないよ。俺だって、最初は一人ぼっちだった」
「でも、故郷からの友人がいるじゃないですか」
確かにそうだった。だが、その友人関係も、最近になって新しい意味を持ち始めていた。
「でもさ、友人がいても、完全に理解し合えるわけじゃないんだ」
俺は山田の言葉を思い出しながら言った。
「それでも、一緒にいることができる。それが友情なのかもしれない」
林は首を傾げた。「よくわかりません」
俺も完全に理解しているわけではなかった。だが、何となく感じていることを言葉にしてみた。
「例えば、同じ映画を見ても、感じることは人それぞれだろ?でも、その違いを否定するんじゃなくて、『そういう見方もあるんだな』って受け入れる。そして、一緒に映画を見た時間を共有する。それが友情なのかな」
林は考え込むような表情を浮かべた。
その後、俺は故郷の友人たちとの関係を改めて見つめ直した。彼らとの会話の中で、俺は自分の独りよがりさを指摘された。だが、彼らはそれを否定するのではなく、受け入れてくれた。そして、独りよがりな俺と一緒にいることを選んでくれた。
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