↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
井の中の蛙大海で溺れる   作者: ドネルケバブ佐藤


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/4

虚無

みんな苦しい


みんな生きてる

先輩の一人に聞かれて、俺は言葉に詰まった。興味があること。故郷では、俺は何にでも興味を持ち、何でもそれなりにこなせる人間だった。だが、ここではそれが通用しない。表面的な興味など、何の価値もないのだ。




夜中にコンビニでバイトを始めた。学費と生活費を稼ぐためだったが、それ以上に、大学での惨めな現実から逃避したい気持ちが強かった。しかし、バイト先でも似たような経験をした。同じバイトの学生たちは、俺よりも要領よく仕事をこなし、客との会話も自然だった。




「田中くん、もう少しテキパキやってもらえる?」




店長に注意された時、俺は故郷での自分を思い出していた。あの頃の俺なら、こんな簡単な仕事で躓くことなどなかった。だが、今の俺は違う。何をやっても中途半端で、何を見ても劣等感を感じる存在になっていた。




深夜のアパートで、俺は故郷の友人たちのSNSを眺めていた。彼らは地元の大学や職場で充実した日々を送っているように見えた。みんな笑顔で、楽しそうで、俺が置き去りにしてきた世界で輝いていた。




その時、俺は気づいた。苦しんでいるのは俺だけなのではないか。東京に出てきた意味があったのか。俺は特別な人間だと思っていたが、実際には平凡以下の存在だったのではないか。そんな疑問が心を支配し始めた。




布団にくるまりながら、俺は天井を見つめていた。故郷の小さな部屋から見えた星空を思い出していた。あの星たちは今でも同じように輝いているのだろうか。そして、俺はここで何を見つけようとしているのだろうか。




答えは見つからなかった。ただ、深い海の底に沈んでいくような感覚だけが、俺の心を支配していた。








五月の連休明け、大学の食堂で一人で昼食を取っていると、見知った顔が視界に入った。高校の同級生だった山田だった。彼も東京の大学に進学していたのを思い出した。お互いに気づいて手を振り合い、彼は俺のテーブルに座った。




「田中、元気だったか?」




山田の笑顔は故郷で見たものと変わらなかった。だが、その安定感が逆に俺を不安にさせた。




「まあ、何とかやってるよ。山田はどうだ?」




「俺も何とかな。でも、思ってたより大変だよな、東京って」




その一言で、俺の心の奥にあった孤独感が少し和らいだ。山田も同じような思いをしているのかもしれない。




「今度、時間がある時に飲まないか?他にも何人か、故郷から出てきてる奴らがいるんだ」




山田の提案に、俺は迷わず頷いた。




一週間後、新宿の居酒屋で、俺は故郷の同級生三人と再会した。山田の他に、佐々木と鈴木もいた。みんな異なる大学に通い、それぞれ異なる経験をしていた。




「正直に言うとさ」鈴木がビールを一口飲んでから切り出した。「最初はかなり落ち込んだよ。周りのレベルが高すぎて」




佐々木も頷いた。「俺なんて、最初の英語の授業で、帰国子女の奴らが普通に議論してるのを聞いて、絶望したもん」




彼らの告白を聞いて、俺は驚いた。彼らも同じような経験をしていたのだ。俺だけが特別に苦しんでいるわけではなかった。




「でもさ」山田が続けた。「最近は少し慣れてきたかな。自分は自分なりのペースでやればいいって思うようになった」




「そうそう。比べても仕方ないもんな」鈴木が同調した。




俺は彼らの言葉を聞きながら、複雑な気持ちになった。安堵と同時に、なぜか落胆も感じていた。俺の苦悩は特別なものではなかった。ありふれた、凡庸な悩みだったのだ。




「田中はどうよ?」佐々木が俺に視線を向けた。




「まあ、似たようなもんかな」




俺は曖昧に答えた。彼らの前で、自分だけが特別に苦しんでいたなどと言えるわけがなかった。




その後、彼らは大学生活の楽しい面についても話し始めた。サークル活動、新しい友人、バイト先での出来事。彼らなりに東京での生活を楽しんでいるようだった。




「俺、最近彼女できたんだ」鈴木が照れくさそうに報告した。




「マジで?どんな子?」山田が身を乗り出した。




「同じサークルの子でさ。めっちゃ優しいんだよ」




彼らの会話を聞いていると、俺は自分が置いてきぼりにされているような気分になった。彼らは東京での新しい生活に適応し、それなりに充実した日々を送っている。俺だけが取り残されているのではないか。




「田中は何かサークル入ったか?」山田が尋ねた。




「いや、まだ決めてない」




実際には、いくつかのサークルの見学に行ったが、どこも俺には敷居が高すぎた。いや、高すぎることにして、これ以上自分を客観視したくなかっただけかもしれない。




帰り道、電車の中で俺は考えていた。彼らも最初は苦しんだが、今はそれを乗り越えて前に進んでいる。俺はまだそこから抜け出せずにいる。それは何を意味するのだろうか。




数日後、大学で偶然出会った同じ学部の田村と話をする機会があった。彼は俺と同じように地方出身だったが、既に複数のサークルに参加し、多くの友人を作っていた。




「最初は不安だったけど、案外みんな優しいよ」田村は言った。「完璧な人間なんていないし、みんなそれぞれ悩みを抱えてる」




「そんなもんかな」




「うん。俺も最初は劣等感の塊だったけど、今は楽しいよ。もちろん、まだまだ大変なこともあるけど」




田村の言葉は、故郷の同級生たちと似ていた。彼らは皆、最初の困難を乗り越えて、新しい環境に適応していた。




その夜、アパートで一人になった俺は、鏡に映る自分を見つめていた。




「俺は何をしているんだろう」

よければ評価、感想、ブックマークお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。