第五話 トンネル
――ある日。
生ぬるい風が吹き込む教室の片隅で、心地よい眠りに落ちかけていた。
机の上の教科書が頭の重みを受け止め、意識がゆっくりと輪郭を失っていく。
しかし、その平穏は唐突に破られた。
「ねぇねぇ知ってる? 学校近くの、幽霊トンネルの噂」
「知ってる! 夜になると女の霊が出るんでしょ」
「あと交通事故が多いとか、神隠しに遭うとか」
女子たちが数人、くだらない話に花を咲かせている。
また心霊スポットの話か。
自分から霊を視に行って、何が楽しいんだか。
「今日の夜、みんなで行ってみない?」
「いいね、賛成ー!」
そんなところにわざわざ行かなくても、その辺にいるっての。
「……え、行くの?」
廊下側の席から、サホリが心配そうに彼女たちを見つめている。
「望月さんも行くー?」
「無理だよぅ。私がそういうの苦手だって知ってるでしょ」
「確かに。サホリは臆病だもんねー。無理に誘わなくてもいいんじゃない?」
サホリはホッとした表情を浮かべ、胸を撫で下ろした。
そう思ったのも束の間。
「いいじゃん、望月さんも行こうよ。みんなで行った方が、楽しいし、怖くないよ」
サホリはなぜかユイの方を見る。
……おい……こっち見んなし。
「……ユイちゃんが行くなら、行っても良いかな」
待て、待て。なぜそうなる。
絶対行かねえからな。
「……ウチはパス」
ユイは感情の起伏がない、冷ややかな声で言い放った。
二度目の誘いは絶対に許さないという意味を込めて。
「えー、安倍さん、サホリに冷たーい」
……だりぃ。
ユイは眉間に皺を寄せる。
「ねぇ望月さん。安倍さん冷たいよね?」
ユイはサホリを見る。潤んだ大きな瞳が上目遣いでユイをじっと見つめている。
小さな唇がかすかに震え、何かを言いかけていた。
「……はぁ、分かったから。行くって」
「おっ安倍さんノリいいじゃん」
「安倍さんも行くって言ってるし、サホリも来るよね?」
サホリはコクリと頷く。
「じゃあ決まりだね! 今日、二十時に学校集合ってことで」
「幽霊トンネルはここから近いみたいだし」
幽霊トンネル……ねぇ。
てか、そういうのって、丑三つ時に行くもんじゃねーの?
――その夜。
ユイが校門へ向かうと、そこにはすでに、四人とも集まっていた。
「やっときた」
「安倍さん遅すぎー」
夜の学校に集まるJKたち。その中に一人だけ混ざる、場違いな寝巻き。
別にいいっしょ。すぐ帰るし。
「安倍さん、遅刻したから罰ゲームね」
なんだその理不尽なJKルールは。
「……何? 罰ゲームって」
どうせくだらないことだろうけど。
「罰ゲームはねー、みんなの一番前を歩く刑」
ほれみろ。くだらねえ。
ユイが歩き始めると、後ろをサホリが小走りで付いてくる。
「ユイちゃん……怒ってる?」
「……なんで?」
「だって、行きたくなさそうだったから。私のせいかなって」
コイツは人の心配ばっかだな。自分が一番怖いくせに。
「……別に。たまにはいいんじゃね?」
ユイは横目でサホリを見る。
サホリの表情が、少しだけ明るくなったように見えた。
――この時はまだ、知る由もなかった。
トンネルが、絶望と狡猾に満ちていることを。
五人はトンネルへと歩を進める――




