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第二話 保健室

――翌朝。


ユイは日直の仕事を終えると、教室の自分の席で、早々に寝ていた。


廊下から賑やかな笑い声が聞こえてくる。


一人、また一人と生徒たちが増えるたびに、静かだった教室に笑い声と椅子の引く音が重なる。


スタ……スタ……。


誰かがユイに近づいてくる。


「ユイちゃん! おはよう!」


「……ん」


怠そうに体を起こすと、目の前に眩しいほどの笑顔が飛び込んできた。

サホリから漂う、甘い石鹸のような朝の匂い。


ユイはサホリの足元に視線を移す。

そして、目が止まる。


昨日までは薄かった。


だが――。


サホリの右足には、昨日よりくっきりと、五本の指の形をした黒い痣が浮かんでいた。


「……」


やっぱり、まだ残ってたか。


「ホームルームはじめるぞー」


教師が教室に入ってくると、それまで賑やかだった教室の空気が引き締まる。


やれやれ……今日は数学、物理に体育。

無限地獄かよ。


今日ほど憂鬱な日があるだろうか。


肩を落として、息を吐きながらも、ユイは廊下側の席のサホリを見ていた。


――三時間目。


ユイはペンを口に咥えている。

校庭で、体育の授業をしているクラスの様子を眺めていた。

教室には外から聞こえてくる声だけが、響いていた。


ご苦労なこった。

まぁでも次、ウチらも体育なんだよなぁ。


――その時だった。


「……うっ」


廊下側の席から呻き声が聞こえてきた。


「サホリちゃん大丈夫?」


サホリの後ろの女子生徒がサホリの肩をたたいている。


「大丈夫? 具合悪いの?」


あの真面目で優等生のサホリが、机に突っ伏している。


「……身体が重くて……なんか眩暈がするの」


サホリと女子生徒のやり取りを、ユイは横目で見ていた。


「先生! サホリちゃん、具合が悪いみたいです。保健室に連れていっていいですか?」


「大丈夫か、望月。保健室行くか?」


「……はい。そうします」


女子生徒はサホリに肩を貸す。

そして、ゆっくりと保健室へ向かう。


「先生ー、ウチもだるぃんで保健室行っていいっすかー?」


ユイは右手を真っ直ぐに突き上げると、激しく左右に振った。


「お前はいつもの仮病だろ。当然ダメだ」


「いや、まじっす。マジで腹痛いんすよ」


カッ、カッ、カッ。


先生の黒板を書く手は止まらない。


「あー、無理ー。痛すぎて死ぬー」


教師は手を止め、呆れたようにユイを見る。


周囲からヒソヒソ話す声が聞こえてくる。


「好きにしろ。」


……なんかいけた。


「ウッス。アザッース」


ユイは勢いよく立ち上がると、スキップしながら保健室へ向かった。


女子生徒とサホリは保健室に着く。

サホリを支えながら、空いた片手で扉をゆっくりと開ける。


「失礼します」


「あら望月さん。具合悪いの?」


女子生徒がサホリの代わりに養護教諭に説明する。


「今朝は元気だったんですけど、一人で歩けないくらい辛そうなんです」


「そう、ベッドで少し安静にさせましょうか」


「あとは先生が見ておくから、教室に戻っていいわよ。ありがとう」


女子生徒は、ペコリと頭を下げると、保健室を後にする。


ユイは鼻歌を口ずさみながら、階段を降りていた。

サホリに付き添っていた女子生徒とすれ違う。

女子生徒は顔を俯けて、ユイに会釈をすると、そそくさと教室に戻っていく。


なんだ? そっけねぇの。


ガラ、ガラ、ガラ。


「失礼シャース」


「……安倍さん。どうせまた仮病でしょ?」


養護教諭は眉を八の字に下げながらも、隠しきれない笑みを浮かべた。


「ウッス。ベッド借りまーす」


「いいけど、先生は望月さんのご両親に電話をかけてくるわね」


「ウッス」


養護教諭は職員室へと向かっていった。


保健室にはサホリとユイの二人きり。

窓からは、心地よい春の風が吹き込み、カーテンがゆらゆらと揺れていた。


ユイはサホリがいるベッドの横に立つ。

サホリが苦しそうに横たわっている。


サホリが目を開け、ユイの方を見上げる。


「ユイちゃんまた……仮病?」


「ちげーし。マジ腹痛だし」


「……嘘ばっかり」


苦しそうにしながらも、サホリが口を開く。


――バサッ。


ユイは毛布をひっぺがす。


サホリの右足には、五本の指の形をした黒い痣が、今朝よりさらに黒く、はっきりと浮かんでいた。

痣からは、黒い煙のようなものが、足全体にまとわりついている。それは少しずつ、足から身体へ這い上がっているように見えた。


思ったよりやべーな……。


これやると疲れるから、あんましやりたくねーんだけど。


ユイは右手の人差し指と中指を立てて、口にあてると、呪文を唱え始める。


「オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン」


そして、右手の二本指をサホリの足に当てると、ユイは深く息を吸い込む。


「急急如律令!!」


――その瞬間。


サホリの右足はオレンジ色に光り、黒い痣は、まるで幻だったかのように、たちまち消えていく。


「ユイちゃん、今何かしたの?」


「……別に」


サホリはユイを見上げる。


「……あれ、今、ユイちゃんの後ろに……」


「あ?」


「……ううん。何でもない」


サホリはもう一度、ユイの背後を見た。


――何もない。


ただ一瞬だけ――


白い毛並みと、こちらを見つめる金色の瞳が見えた気がした。


ユイは何事もなかったかのように、保健室の隅にある棚へ向かった。


「……っ」


一瞬視界が揺れる。


よろめきながらも、ユイは棚をゴソゴソと漁り始めた。


棚に隠してあった漫画を取り出すと、

ユイはベッドにダイブする。


「どこまで読んだっけなー」


ページをめくる音と、風で揺れるカーテンの音。


――隣のベッドには。


すやすやと寝息を立てているサホリがいた――

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