第十話 接触
※読みやすさ向上のため、9月26日に1〜19話を統合・整理しました!混乱を招いてしまい申し訳ございません。
「私、蘆屋満里奈。マリナでいいよ、よろしく」
「……お、おう」
差し出された掌に、こちらも右手を重ね合わせる。
「名前なんて言うの?」
「……安倍。安倍結だけど」
「…………安倍?」
その名前を聞いた瞬間、それまで笑顔だったマリナの口角が、かすかに下がった。
「……ふーん、そっか。……安倍か」
記憶の引き出しをひっくり返すように、マリナの視線が行き場なく宙を彷徨う。
「…………」
「よろしくね、ユイ!」
いきなり呼び捨てかよ。なんかこいつとはやりにくいんだよな。
――その日の放課後。
ユイとサホリは校門を出て、駅へと続く坂道を並んで歩いていた。
少し前までは、たまに言葉を交わす程度の関係だった。それが、気づけばこうして二人で帰るようになっている。
なんでサホリはウチと一緒に帰りたがるんだろう。
家の方角が一緒ってのもあるだろうけど。
前よりベタベタくっついてくる気がする。
でも、不思議と嫌じゃない。自分でも意外だった。
「ユイちゃん知ってる? 数学の佐藤先生、産休に入るんだってね」
「……マジ?」
「うん、今日お休みだったでしょ? 気になって、職員室で聞いてみたの。おめでたいよね!」
へぇー……。先生も、やることやってんだなー。
ユイは突然、足を止める。
「どうかしたの?」
ユイは後ろを振り返る。
――何もない。
「そんなとこ隠れてないで、出てこいよ」
「…………」
背後の電柱の陰から、青い髪がぴょこっと飛び出した。
しばらくの沈黙のあと、気まずそうな表情を浮かべたマリナがおずおずと姿を現した。
「……バレたか。よく分かったわね」
「バレバレだっての」
教室出た時からついて来てたこともね。
あれで尾行のつもりだったんか。
「なんで隠れてたの?」
「……別に? ちょっと二人が気になっただけだけど?」
「あ……えっと、蘆屋さんこんにちは」
サホリがユイの背中に隠れながら、マリナに話しかける。
「ユイ、その子とどういう関係?」
「何者なの。その子」
サホリとの関係か……改めて聞かれると、なんだろうな。
「ユイちゃんは私の親友だよ!」
ユイの背中に隠れていたサホリが、ふんぞり返るようにして胸を大きく張り、両手を腰に当てて目の前に立つ。
つま先立ちで少しでも自分を大きく見せようとしている姿が、微笑ましさを誘う。
ユイは顔を赤らめ、そっぽを向く。
そんな恥ずかしいこと、よく平気で言えるな。
「ふーん、親友ね」
マリナは胸の前でクロスした腕を勢いよく解き、人差し指をピシィッとサホリの鼻先に突きつける。
「あんた、相当寄せ付けるみたいで、さぞ大変でしょうね」
「……?」
サホリは首を傾げている。
途端にユイの目つきが変わる。ユイは瞬きを忘れて目を見開く。視界が一気に鮮明になる。
待て、待て。ウチですら確信したのは最近のことだぞ? なのに、初対面のこいつがなんでそのことを知ってるんだ?
「……マリナ、なんで分かるんだよ?」
「はぁ? それだけの生命力が身体から溢れてたら、嫌でも目に付くっての」
そういえば、花魁もなんか似たようなこと言ってたな。
「あんたのせいで、この辺一帯を除霊して回るの大変だったんだから!」
「んなこと言ったって、サホリに悪気はないんだから、責めてもしょーがなくね?」
サホリはコク、コクと頷いている。
「そのくらいにせい、痴れ者が」
「ひっ……」
悲鳴は形にならず、空気が漏れるような音だけが、マリナの喉の奥で鳴った。
同時に、全身の筋肉から一瞬で強烈に力が引き抜かれる。
マリナはその場に崩れ落ちる。
――目の前には。
花魁が立っていた――
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