第十一話 花魁
ユイの目の前には、死してなお、赤い着物と豪華な簪を身に纏った、妖艶な美しさの花魁が立っていた。
「ふん、ずいぶんと手際が悪いことでありんすな。待ちくたびれて首が長くなるところでありんした」
「まぁ、わっちをあの煤けた檻から引っ張り出したことだけは、褒めて遣わしんす」
「この大恩、おぬしの一生をかけて、わっちに尽くすことで返すがよいんさ」
「…………は?」
ユイは顔を顰める。
「いや、なんでそうなる?」
花魁は不思議そうに首を傾げている。
「……尽くす? ウチがお前に? なんで?」
「おぬしは見込みがありんすね。並の人間にそれだけの霊力は扱えはしんせん。名をなんと申す?」
「いや、人の話聞けよ」
「おぬしが、わっちを檻より解き放ったのでありんしょう?」
「……んまぁ、結果的にはそうだけど」
「ならば当然でありんす」
「わっちの足元にひれ伏し、わっちに一生奉仕し続けるなんて、これ以上ない最高の褒美でありんしょう?」
「……うっぜ」
ユイは花魁を睨みつける。
「随分と生意気な小娘でありんすな」
花魁はサホリに視線を移す。
「そっちの小娘はどうでありんす?」
「ほぅ……お前さんの方は凄まじい生命力でありんすね」
サホリは足が地面に縫い付けられたように一歩も動けないでいる。
「……え、わたし……ですか?」
サホリが自分を指差して花魁に聞き返す。
「おぬし以外に誰がおると申す?」
「……ん?ちょっと待った」
ユイがサホリと花魁を交互に見つめる。
「……サホリ、コイツのこと視えてんの?」
「えっ、うん」
「……マジ?」
「……うん」
「…………マジかよ」
なんでだ? ウチと長く関わったせいか?それとも、あの時、保健室でウチの霊力がサホリに流れ込んじまったとか?
「これ、勝手に盛り上がるでない。わっちに向けたその不躾な態度、これ以上は許しんせんよ」
「名をなんと申す?」
「……えっと、サホリです……望月沙保理」
「…………望月?」
その名を聞いた瞬間、花魁が表情を変える。その瞳は完全に焦点を失っていた。
「おぬし……あの望月の子孫か。どうりで」
花魁が見ているのは、目の前のサホリではなく、彼女の記憶の底にある景色だった。
そして花魁が再び口を開く。
「気が変わったでありんす。わっちはおぬしに憑いていくことにいたしんしょう」
「…………は?」
ユイは驚きを通り越して呆れている。
「この娘にはわっちが必要でありんす」
ユイは耳に手を添えると、花魁を小馬鹿にしたような態度で聞き返す。
「……パードゥン?」
「この娘が、望月の血を引くものだからでありんす」
答えになってねぇよ、このすっとこどっこい。
「望月の血? なんだそれ?」
「それは――」
花魁が一瞬、口を閉ざす。
「それは、いずれ分かることでありんす」
ダメだ。こいつめんどくせぇ。
「ともかく、わっちはこの娘と共に参りんす」
そう言い残すと、花魁は一瞬にして、闇に溶けたように姿を消した。
彼女がいたはずの場所の空気だけが、不自然に冷え切っていた。
アイツどこに消えた?
ユイは屋上を見渡す。
花魁はどこにもいない。
風は吹いていない。ただ、サホリのスカートだけが揺らめいていた――




