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第61回 誕生日の嘘

何回目だ、このパターン……。


どう見てもここはユリカの部屋で、僕の腕枕で寝てるのはユリカだ。

確か昨日の夜は…僕達のバンド・鴨川ルクセッションの初めてのライブで、めちゃくちゃ盛り上がって、アンコールまでもらって、ユリカと香織が現れて、ステージで酒を口移しで飲まされて、そのあと二人のキャットファイトが始まって──


そうだ、ジャンケンで決着を着けてもらったんだった。


ただ、何度も口移しされたテキーラとバーボンでグルグル回った記憶の中では、ジャンケンには香織が勝った気がするのだが、

何がどうなって今僕はユリカの部屋にいるのか。

まあいいか、あとでバンドのメンバーに訊けばいいか。


いや。

訊かない方がいい気がする。


とりあえず、この状況だ。

今帰ったら、舞子がバイトに行ってる間に部屋に戻れるだろう。

そしたら舞子は…


──あれ?舞子?舞子と何か約束してたような…


「あーっ!」


「え?どうしたの?」


しまった。

思わず大きな声を出してユリカを起こしてしまった。


「あ、いや、ごめん。ちょっと夢でびっくりして起きた」


「そう」


そう言ってユリカは寝返りを打って、また寝息を立て始めた。


そうだった。

ライブが終わった後、日付が変わる時に舞子とたこ焼きを食べるはずだったんだ。

でも、トラブルでライブが長引いて、

仕方ない、終わってから行けばいいかと思っていたら、舞子はいなくなってて。


──どうしたんだ?


もしかしてユリカと香織とのキス、いや、強制口移し飲酒を見て、呆れて帰っちゃったのか?

それとも、日付が変わる瞬間のたこ焼きハッピーバースデーの約束を守れなかったから、怒って帰ってしまったのか?


いずれにしても、とりあえずアパートに帰ろう。

僕は静かにベッドを出て、床に脱ぎ散らかした衣類を身に着け、

音を立てないようにユリカの部屋から脱出することに成功した。


また、河原町まで自転車を取りに行って、そこから鴨川沿いを北上しなければならない。

やれやれ。

面倒だが、自分が蒔いた種だ。仕方ない。

他にも種を蒔いた気がするが。


舞子がなぜライブハウスから居なくなったのかは分からないけれど、

なにはともあれまずは謝って、舞子が許してくれるまで謝って、それで機嫌を直してくれたら、一緒にたこ焼きを食べに行こう。

朝まで帰ってこなかったのは、打ち上げが盛り上がりすぎたことにすれば…


色々と都合の良いことを考えながらペダルを踏んでいると、あっという間に鴨川デルタが見えてきた。

路地を曲がり、自転車を停めて部屋に上がる。

時計を見ると十一時半、そろそろ帰ってくる頃だ。


と、部屋のドアがガチャリと開く音がした。


「あ、ハルくん帰ってる!ただいま~」


「おかえり、舞子。そんで、ごめ…」


「きのうはごめんね~」


僕が謝ろうとしたのを遮るように、先に舞子が謝ってきた。


「え?」


「ライブ最後まで観られなくてごめんね。時間遅くなったでしょ?それで途中でもう眠くなっちゃって、悪いと思ったんだけど、先に自転車で帰ってきちゃったんだよ」


「え?そうなん?」


じゃあ、アンコールの前に舞子がいた気がしたのは気のせいだったのか?

いつ頃までいたんだ?


「うん、でも、ハルくんがギター弾いた曲は最後まで聴いたよ。カッコよかった」


てことは、あのユリカと香織の騒ぎは見られていないのか。


良かった。


……そう思ってしまった。


「そうやったんや。でも、バースデイたこ焼きの約束、実行でけへんかってゴメンな」


「ううん。私が眠くなっちゃったからだし」


そう言って笑った舞子の顔に、かすかな翳りがあったことに、僕は気付かなかった。


僕は自分を守るために、

舞子は僕を守るために、

それぞれ都合のいい嘘を選んでいた。


「僕もあの後打ち上げで盛り上がってしもて、朝まで飲んでて、帰ってきたら朝七時過ぎてたわ」


舞子が確実にバイトに出かけて不在になっていることが確実な時間に偽った。


「そうなんだ~。じゃあ、あんまり寝てないんじゃない?」


「今の今まで爆睡してたわ。帰ってきてそのままバタンや」


「そういや、服も昨日のままだもんね」


よし。

色々うまく繋がった。

それに、日付変わった瞬間のたこ焼きプレゼントができなかったのも僕だけのせいではなさそうだ。

じゃあ改めて、誕生日のプレゼントだ。

たこ焼きだけじゃなくて、何か欲しいものとかあったら、と考えたのは僕の罪悪感からか。


「じゃあさ、改めて誕生日のお祝いさせてよ。たこ焼きはもちろんだけど、他にも何でもしてあげるわ」


「え~?そんなのいいよ。」


「いやいや、とは言っても約束果たせなかったのと、朝帰りのお詫びに…そうや!北山のマールブランシュのケーキとかどうや?あっこのモンブラン凄いって話やし、それか、どーんとホールのケーキでもええし。とにかく何かさせて!」


「う~ん…そんなに言ってくれるんだったら…あ!そうだ!そしたら、ホットプレート買って!」


へ?ホットプレート?

なんでだ?


「この前商店街で見つけて欲しかったんだけど、どうしようかな~って迷ってたのがあって」


あ、分かった。お好み焼きだ。

僕の部屋には、"焼く"ための調理器具は、卵焼き器とフライパンしかない。

だから舞子はいつも、大量のお好み焼きをフライパンで一枚ずつ焼いていた。

ホットプレートなら一回にたくさん焼けるという算段に違いない。

最近、お好み焼き攻撃の頻度が少し落ちてきて、ちょっと助かったなーなんて思っていたのだが、またあの日々が始まるのか。

まあ、それで舞子が喜んでくれるなら。


「ええよ」


僕は答えた。


「でもそれなら、ホットプレートじゃなくて、もっとちゃんとした鉄板を買いに行こう。電気やとどうしても火力や焼きムラあるやろし、ちゃんとした厚みのあるやつ、そやな、鋳物の本格的なやつ買いに行こうや。」


炊飯土釜を買った大阪の道具屋筋に行けばそんな鉄板が売ってるに違いない。


「えー?そんなのいいの?」


「ええよええよ。えっとな、今から車で大阪の道具屋筋ってとこ行こ。そこ行ったら絶対ええのあるから」


「大阪?えー!?」


「いや?」


「そんなの…楽しい!」


そうと決まれば善は急げ。

罪悪感に蓋をするみたいに、アクセルを踏む理由を増やしていく。

僕達はすぐに車に乗って堀川通を下り、京都南から名神に乗った。


…はいいが、そういえばお昼を食べてない。


「舞子、お腹すかへん?」


「うん。ちょっと」


「ほな、高速乗ったとこやけど、ちょっと先の桜井パーキングで何か食べて行こか。言うても、自販機のうどんとか、熱すぎて持てへん自販機のハンバーガーとかやけど。」


「あれ、何だかワクワクするから好きだよ」


「おっけ」


桜井パーキングの自販機の食べ物は、まあ思った通りのものだった。


うどんは腰も何もなく、ぶつぶつと切れて、出汁はひたすら味の素の味しかしなかった。

「バカの想像するご馳走」みたいな皿を掲げた、コック帽に白ひげのおっちゃんが描かれた自販機のハンバーガーは、むちゃくちゃ熱いくせにバンズはシワシワでべちゃっとしていて、間に挟まっているのは見事な合成肉だった。


でも舞子の言うように、高速のパーキングのこういう食べ物って、なんだかワクワクするんだよなあ、なんて考えながら食べて、

ドリップ式がウリだという自販機のコーヒーを買って車に戻った。

コーヒー自販機は小さなガラス窓の奥で、何かがカシャカシャ動いていて、豆を挽いてるつもりらしいけど、出来上がったコーヒーは泥水だった。


吹田で高速を降りると太陽の塔が見えてくる。

エキスポランドの観覧車やジェットコースターを横目に見ながら千里中央で新御堂筋に入ると、梅田のあたりまでは一直線だ。

高架が下道になると、やがて御堂筋になる。

言うまでもなく、大阪を代表するメインストリートだ。

淀屋橋、中央大通り、長堀通と過ぎていく。


車で道具屋筋に来るのは初めてだが、確か難波の東側にある日本橋の方だったな、と思って千日前通りを左折した。

が、千日前の街並みは現れず、更に複雑な一方通行に阻まれて、何度も左折を繰り返す羽目になった。


何をやってるんだ僕は。

昨日のステージのことも、舞子のことも、どこかで同じように迷走している気がして、笑うに笑えなかった。


「ぐるぐる~ぐるぐる~♪」


舞子はよく分からない鼻歌を歌っている。

大阪球場の手前を左折すると、今度はちゃんと見覚えのある道具屋筋の南側に出られた。

時間貸しのパーキングに車を預け、アーケードの下を歩く。


「わー!!すごーい!!お店やさんごっこだー!!!」


舞子がはしゃぐ。


「いやここはな、ごっこやなくてホンマにお店やってはるプロの人らが道具を買いに来るとこやねん。僕のもってる土釜もここで買うた。」


「あの、すごく美味しいご飯が炊けるやつ!」


「そうそう。ここやったら、本気の鉄板見つかるかと思てな」


「わ!ここ、お好み焼きののれん出てるけど、お好み焼き屋さんじゃないんだよね?」


「うん。ちょっと入ってみよか」


「あ!お好み焼きのヘラ!こっちはたこ焼きの生地をチョンチョンって出すやつだ!」


「たこ焼きの舟いっぱい!あ、こっちは青のりと鰹節が入ってる缶だ!」


舞子のテンションが凄いことになっているのを感じながら店内を見回す。

テーブルに鉄板が付いてるのは、さすがに店じゃないと無理だなあ、なんて考えて、ふと目をやった先にそれはあった。


黒光りする、厚さ一センチはあろうかという大きな鉄板。

縁は一・五センチほど立ち上がり、取っ手が二つ付いている。

持ち上げてみると、ずっしりと重かった。

大きさ的にも、僕のアパートのコンロで二口またがって使うのにちょうどいい。


「舞子、これでいい?」


「すごいね!本当にプロって感じする!」


お店の人がやってきて説明してくれた。


「これくらい厚さあるとね、冷たい食材置いても鉄板の温度が下がらんと上手に焼けるんですわ。全体が均等に熱うなるから、場所によっての焼きムラとかもありませんなあ」


「いいですよね。舞子、どう?」


「どうも何も、こんな凄いの買ってもらっていいの?」


「いいよ、ハッピーバースディ!」


僕がそう言うと


「また珍しい誕生日プレゼントで喜びはるんやなあ、エラい若いお嬢さんやのに」


店員さんはそう言って笑った。


────


「おおきに、ありがとうございましたー」


支払いをして重い鉄板を抱え店を出る。


あれ?


舞子が入口あたりのショーウィンドウの前で固まっている。

なにかと思って見ると、視線の先は…

親子丼、ハンバーグ、お好み焼き、きつねうどん、ナポリタン、クリームソーダ、パフェ…

ショーウィンドウの中には“昭和の洋食屋の夢”がガラス越しにぎっしり詰まっていた。


そう、舞子は売り物の食品サンプルに釘付けになっていたのだ。


「それも欲しいの?」


そう言って値段を見ると、どれもそれなりの値段が付いている。

が、買ってやれないほどの金額ではない。


「欲しいのあるんやったら、買ってあげようか?」


「ううん、鉄板買ってもらったし、こんなの買って帰っても置き場所も使い道もなし、いいよ」


という言葉とは裏腹に、舞子はそこに根っこが張ったみたいに動かない。


「ほな、帰るで」


と言っても、頷くだけで動かない。


仕方がないので僕は片方に鉄板、もう片方に舞子──

重い荷物を二つも抱えて、駐車場の車まで歩く羽目になった。


「あ、そうや、舞子」


「ん?」


脇に抱えられた舞子が、見上げるように僕を見る。


「まだちゃんと言うてへんかったな。誕生日おめでとう」

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