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第51回 琵琶湖まみれ

「ええか、ボン、この網持ってな」


「うん」


「裏行って、『アマゴ』て書いてあるとこから小さい魚十二匹取ってきて、その次に『アユ』て書いてあるとこから大きい魚九匹取ってきてくれ」


「うん!」


『チーフ』と呼ばれている板長さんにそう言われて、九歳の僕は大きな網を持って意気揚々と厨房の裏口を出た。


親戚の集まりで連れて行かれた宝山、会席料理は美味しかったけど、子供には退屈な大人の話が続いて、僕は一人で美しく手入れされた日本庭園の錦鯉を見ていた。

そこに、「中田さんとこのボンやないか?」と店の様子を見に来た社長さんが声をかけてくれて、「暇やったら料理作ってるとこでも見るか?」と厨房に連れて行ってくれたのだ。


厨房に子供を入れるなんて、田舎の料理屋だからと言えばそれまでだが、突然入り込んだ小学生に厨房の人たちは優しかった。

あっという間に皮を削がれて5つのパーツに分けられてお刺身になっていく大きなヒラメ、見たこともない大きな油の入った鍋で揚がっていく天ぷら、美しく盛り付けられていくお皿たち。

気がついたら、白衣の魔法使いたちが、次々と素材を“ごちそう”に変えていく魔法を見せてくれていた。


だからその魔法使いの親玉に用事を言いつけられた僕はもう得意満面だった。

厨房の裏には小さな池があって、僕は言われた通りにまず十二匹のアマゴを掬い、チーフのところに持っていった。

チーフは笑顔でそれを受け取り、ピチピチと跳ねる十センチほどのアマゴを、白い粉の入った大きくて深いタッパーにそのまま放り込んだ。


「こうしたらな、コイツら自分で自分に衣つけてくれんねん」


次にチーフは、生きたまま粉をまとったアマゴを一匹指でつまんだ。


「ええか、こうやって尻尾持ってな……まず半分だけ、ジューッて入れるんや。そしたら魚が『熱ッ!』言うて体をクイッて曲げよる。そこで全部を落とすと、きれいな盛りやすい形で揚がるんや」


そう言いながら次々と手早くアマゴを揚げるチーフはかっこよかった。

続いてアユを掬いに行く。


「アユは大きいの九匹やで」


我ながら手際よく言われた通りに魚を掬えたことが誇らしかった。

網を持って厨房に戻ると、


「アユ、おおきにな。こっちかして」


そう言って今度はアユに竹串を打ち始めた。


「串は口から入れて、真っ直ぐ刺す。泳いでる姿みたいに波打たせて刺すやり方もあるけど、あれは見た目優先や。身が崩れるし、お客さんも食べにくい。うちは味優先やからな」


「ほい!持ってって!」


弧を描くように盛り付けられたアマゴの唐揚げは金色に輝き、白い皿の上で串を打たれたアユはまだ動いていた。


そうやって、9歳の夏の僕は、琵琶湖の魚の匂いと一緒に、「大人のごちそうを作る魔法」と「宝山の厨房の音」をまるごと覚え込んでしまった。


まさか、その何年もあとに、その魔法を、舞子に全部見せる日が来るなんて、その時は思いもしなかった。


◇    ◇    ◇    ◇


「いらっしゃい、わー、大きなったね、ハルヒトくん!」


舞子を連れて宝山の暖簾をくぐると、女将さんが迎えてくれた。

舞子が後ろから「へえ、すごい歓迎だね」と笑う。

案内された二人用の個室は、窓から美しい日本庭園が見える席だった。


「わ!すごい!」


「このお店はな、実家と同じ町内の、造園とかを中心にやってはる土建会社の社長さんがやってはんねん」


「だからお庭もこんなにすごいんだね。京都みたい」


個室の扉がすっと開いて、女将さんがお茶とおしぼりを持ってきてくれる。


「ホンマ久しぶりやねえ、ハルヒトくん。はい、お茶どうぞ」


「あ、ありがとうございます。」


「お父さんから聞いてるから、今日は鮎の塩焼きコースでええね。ビール飲む?」


「いや、今日は車やし、こっちは未成年なんで」


僕がそう言うと女将さんは、今日、ラグビーでも実家でも散々言われたあの言葉、


「まあまあ、エラい若い彼女連れて!入ってきたときから思てたけど、可愛らしいお嬢さん。」


と茶化された。

こういう余計な一言が出るところが、田舎のつながりという感じだ。


舞子が、湯呑みに視線を落として「いえ」と小さく笑った。

その笑い方が、いつもより半拍だけ遅い気がして、僕は何も言えなくなった。

冗談で済ませていい言葉ではないと、ようやく少し分かってきていた。


「ほな、ちょっと待っててね」


そう言って扉を閉めて出ていった女将さんは、すぐに戻ってきて、新しい急須から湯呑みに今度は湯気の立つ熱いお茶を入れてくれた。


「はい、落ち着いたら今度は熱いお茶でも飲んで、料理待ってて下さい」


女将さんが言う。


「三成やな…」


僕がボソッと呟くと、舞子も女将さんも不思議そうな顔でこちらを見たが、説明はしなかった。

三成なら、もう一杯出してくれるかもしれない。



「お待たせしました。稚鮎の飴炊きとうるかです。」


まずは突き出し。


「「いただきます!」」


声を揃えて手を合わせ、箸を取った。


「あ、これは春に買って帰ったやつだね。大好きになったやつ」


舞子は飴炊きに箸を伸ばした。


「こっちのうるか?って何だろ?」


舞子が小皿の隅にちょこんと盛られた、ねっとりとした茶色いものを見つめる。


「うるかは、鮎の内臓を塩と酒で漬けて発酵させたものや」


そう言って、僕は小皿の方を指さした。

舞子は「……内臓?」と小声で復唱して、しばらく箸先を宙に迷わせてから、ほんの少しだけすくって舌の上にのせた。


「……あ、意外といける。思ったよりまろやかで、クセもそんなに強くない」


「やろ? 苦うるかは独特やけど、ちゃんと手間かけて作ってるところは角がとれてて旨いねん」


「うん。美味しい。これ、ご飯が欲しくなるね」


舞子はすっかりうるかが気に入ったようで、ちょっと箸で取っては口に運ぶ、を繰り返していた。

僕も久しぶりのうるか、苦味とコクを堪能した。


「鯉の洗いです」


「え!?鯉!?」


和歌山の由良でお刺身の苦手は克服したはずの舞子が思わず声を上げた。


「鯉って、あの池にいる綺麗なお魚だよね?あの子たち食べるの?」


「いやいや、あれは観賞用やし、あのままやと泥臭くてとても食べられへん。これは食用の黒い鯉で、綺麗な水でしっかり泥抜きしてあるし、多分そんな匂いとかクセとかなくて食べやすいで。」


「ハルくんがそう言うなら」


と舞子が一切れ、薄く切られた半透明の身をつまんで、キョロキョロ机の上を見回している。


「あ、鯉はな、山葵醤油やなくて、そこに付いてる辛子酢味噌で食べるねん。」


「へー、なんか丸い小さいのが入ってるね」


「それは鯉の卵。プチプチして美味しいで」


「へえ……あ、これ、好き」


「せやろ?子供の頃から大好きやねん、鯉の洗い。親父が琵琶湖で釣ってきて、家の裏で大きいタライで三日くらい泥抜きしてから外で捌いてたん覚えてるわ」


「うん。もしかしたら海の魚より好きかも」


僕も滋賀県にいる分にはそうだった。

もともと海のない県だから海の魚を扱う感覚が違うのか、流通が発達しているはずの今でも、なんだか海の魚がぴんと来ない。

お刺身なら鯉の洗いが一番、焼いて食べるなら鮎かアマゴかニジマスか、そして何と言ってもゴリやモロコやワカサギの飴炊きが好きなのだ。



「鮎ざくです」


店の人がさらりと置いていったその小鉢を、舞子はしげしげと覗き込んだ。


「鮎ざくって……何?」


「まあ、ざっくり言うたら、鮎ときゅうりの酢の物やな」


「鮎の……酢の物!? そんなの初めて聞いた……」


舞子は首をかしげながら箸を伸ばし、慎重にひときれつまみ上げる。

香ばしく焼いた鮎に、刻んだ胡瓜、酢の香りとともにほんのりとした甘さが立ちのぼる。


「えっと……これ、焼いてあるの?」


「うん。炭火で焼いた鮎を一回冷ましてから、骨取ってきゅうりと一緒に酢の物にしてある。夏の定番や」


舞子は少し戸惑いながらも、焼き目のついた鮎の切り身を恐る恐る口に運んだ。


「……!!」


目を見開いたまま、一瞬動きが止まる。


「……なにこれ。骨、ない? 柔らかい……!」


「そや、うまいこと焼いて骨取ってあるし、酢でしまって余計に食べやすいんよ」


「なんか、ほろ苦さと、酢のきりっとしたのと…ああ、うまく言えないけど……」


「口の中、涼しなるやろ」


「なるなる。なんかもう、風鈴が鳴ってる感じ」


「そりゃまた詩的やな……」


舞子はふふっと笑い、もう一切れを嬉しそうにつまんだ。


「今まで、鮎って塩焼きだけかと思ってた。こんなに色んな食べ方あるんだねえ」


「うちの辺では、鮎は“高級食材”やのうて“あるもん”やからな。飽きんように、いろんな料理法あるねん。煮ても焼いても揚げても酢でもいける」


「うらやましい……」


笑いながら鮎ざくの残りをしっかり味わう舞子の姿に、僕は心のどこかでちょっとだけ安堵していた。

やっぱり、こうやって一緒に“うまいもん”を食べて「美味しい」って言ってくれる相手って本当にありがたい。


でも、まだまだコースの本丸にはたどり着いていない。


「アマゴの唐揚げです。すだちを絞って、塩でお召し上がり下さい」


来た!

メインの鮎の塩焼きの前の、これも僕の大好物!


「わ!可愛いお魚!」


「まだ成長途中の若魚やからな。」


僕は、昔聞いた「自分で粉をまとって生きたまま揚げられる」話を思い出したが、

それを今ここで話したら、舞子はきっと「アマゴさん……かわいそう……」と眉を下げて、食欲をなくしてしまうに決まってる。

だから、僕は何も言わず、ただ「こいつ、うまいで」とだけ伝えた。


「ほら、このすだち絞って、横にあるお塩、ちょんって付けて食べてみ」


舞子が従う。

サクリと軽い音がした。


「……うわ。なにこれ、すごい」


「やろ?」


さっくりと揚がったアマゴは、まだ小さいから骨まで全然気にせずに食べられる。

すだちの酸味と、ちょっとの塩が川魚独特の風味を極上の香りへと昇華させ、

香ばしくも柔らかい身の後から、かすかな苦味が追いかけてくる。


「唐揚げって、鶏さんしか知らなかったけど、お魚さんの唐揚げもこんなにすごいんだ!」


さすがに一品ずつ少しずつ出てくるので、舞子も落ち着いて箸を進めていた。


「なんか、こんなにいいものばかり食べさせてもらって、ちょっと申し訳ないくらいだね」


舞子が笑いながら言う。けれど、その笑顔の奥に、少しだけ居心地の悪さみたいなものが混じっているのが分かった。


「申し訳ないって、誰に?」


「ハルくんのご家族とか……滋賀の人たちとか。私、ただのよそ者なのに」


「ちゃうよ。オカンも親父も、“舞子ちゃんに食べさしたってやって”言うてたやん。

……昔、ボンの頃の俺が美味しい思いさせてもらった分、今度は舞子が食べたらええねん」


「うん。ありがとう」


舞子はそう言って笑顔を向けた。

そこに、満を持して今日のメインが登場するステージが整えられ始めた。


「失礼します。」


そう言って仲居さんが、テーブルの上の空き器を下げてから、

銀色に輝く大きな機械をワゴンで運んできて、真ん中に据えた。


網の上に大きく屋根がかぶさるように天井があり、網の下の受け皿には水が入れられている。


「ホース、つなぎますね」


そう言って機械から延びたオレンジ色のホースを、壁の小さな扉を開けて出てきたガスの元栓にカチリとはめ込み、栓をひねった。


「火、つけます。熱ぅなるので気ぃ付けて下さいね」


そう言って仲居さんが機械の方のつまみをひねると、「カチカチカチ…ボッ!」という音がして、

網の上の天井部分に火が入った。


火を点けてくれた仲居さんと入れ違いで、今度は大きな皿を持った仲居さんがやってきて、


「鮎です。お好みでそこの塩してもろてから、網の上に置いて下さい。遠火の上火でじっくり焼きますんで、表面がぱりっとして、軽く焦げが付いたらひっくり返して下さい。焼き加減、分からんかったら遠慮のうそこのボタンで呼んでもろたら、具合見に来さしてもらいますんで」


と、鮎を置いていった。


「え! ハルくん、ハルくん! この鮎、まだ動いてない!?」


「んー、串刺さってるから死んでるんやと思うけど、なんかの反応とかなんかな」


「そうなの?今まで串でこんがり焼き揚がったのが炭火の周りに立ててあるのしか見たことないから…」


「いやこれ、絶対に美味いやつ!」


そう言って僕は串を持って裏表に塩を振り、上火ロースターの網の上に置いた。


「あの時の僕みたいだな」と、ふと頭に浮かんだ。

ロースターの前に座る舞子は、九歳で厨房の裏の池に回された時の自分より、ずっと真剣な顔で鮎を見ている。


塩をふられた鮎が、網の上にそっと置かれると、

さっきまで静かだったその空間に、じわりと変化が生まれた。


天井に仕込まれたガスの上火から、見えない炎が絶え間なく降り注ぎ、

鮎の表面がじんわりと、まるで体温でもあるかのように艶を帯びていく。


次第に、塩がじり…じり…と溶け始め、鮎の皮に薄く透明な膜を作る。

その膜の下、身の脂がほんのりと汗をかいたようににじみ出し、

そして、皮と塩とが一緒になって焦げの一歩手前の香ばしさを放ち始めた。


「…いい匂いしてきたね」


舞子が、まだ焼きあがらぬ鮎をじっと見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。


火は下からではなく、上から静かに照らしているだけなのに、

不思議なほど均等に、ゆっくりと焼きが進んでいく。


やがて、薄く張っていた皮の一部がプツ…と小さくはじけ、

そこからほんの少しだけ蒸気が立ちのぼった。


それと同時に、香ばしい匂いがふわりと空気を包み込む。


干した青竹を炙ったような、

山あいの夕暮れにどこかの家から漂ってくるような、

そんな郷愁を帯びた、懐かしい香り。


「見て、しっぽのとこ、カールしてきた」


舞子が小さな声で言った。


しっぽがくるりと弧を描き、

背中のあたりにもほんのり焦げ目がついてきた。


表面の塩は白く結晶化し、

骨の周りの身がうっすら浮き上がるように盛り上がっている。


「…そろそろ、ひっくり返そか」


僕は静かに串を持ち上げ、身を崩さないようにゆっくりと反転させた。

ジュッ、とかすかな音を立てて、焼けた皮が網に触れる。


舞子が、目をまん丸にしてそれを見守っている。


今度は反対側の皮が、またゆっくりと張り詰めていく。

ほんのわずかな時間だったが、それはまるで鮎が別の姿に変わっていく儀式のようにも思えた。


焼けた塩の香りと、皮の焦げる匂いが混じり合い、

もうそれだけで白ごはん一杯いけそうな衝動にかられる。


あと少しだ。


身はふっくら、骨はパリパリ、

皮はカリカリで、腹身には、川の苔を食べて育った香りと、かすかなほろ苦さがぎゅっと詰まっている。


あと、ほんの数分。

そして、待っているのは、至福の瞬間。


「焼けたよ」


僕はそう言って、舞子の前の四角い信楽の皿に鮎の串を置いた。


「ありがとう……でもこれ、どうやって食べたらいいの? 山や屋台で売ってるものみたいに、串を持ってかぶりつくんじゃ、絶対にないよね?」


「うん。ほな、ちょっと見てて」


僕の皿にも焼けた鮎を乗せる。

串を軽く回しながら抜き、鮎の胸ビレのあたりから尻ヒレのあたりまでを、箸でそっと押さえるようにして背中側の身を緩めていく。


「こうしておくと、骨がすっと抜けやすいねん。そうしたら、この尾ヒレをパキッと」


そう言って尾ヒレを折る。


「尾ヒレを折っておくと、背骨が途中で切れずに、きれいに抜けるんや」


「そしたら、胸ビレの下あたりを箸で挟んで、左手で頭を持って軽く捻ってから引っ張ると…」


「わあ!」


頭の付け根から背骨が一本、まるで模型のようにきれいに抜けた鮎を見て、舞子が声を上げた。


「あとは、箸で食べやすい感じで身を取って、食べる」


「これは?」


舞子が小皿に入った緑色の液体を指さして訊く。


「それは蓼酢。たでっていう葉っぱをすりつぶして酢と合わせたやつで、ちょっと辛くてさっぱりしてる。鮎はそれをちょんと付けて食べると、最高に美味しいねん」


舞子は、恐る恐る少し蓼酢をつけてむしった鮎を食べた。


「……あ、ほんとだ、ちょっとピリッとしてるけど、すっごくさっぱりする!」


「やろ?鮎の香りが引き立つんや、これで」


そう言いながら僕は、次の鮎をロースターに置き、食べ終わったら次の鮎、また食べ終わったら次の鮎と、

あっという間に六匹の鮎を二人で食べてしまった。


「ふわ……こんなに贅沢な鮎の食べ方、初めて」


そういう舞子に


「まだ、シメのご飯があるで」


とわざと不敵な笑みをたたえて言ってみた。


「ご飯?ご飯って、あ、近江米だから美味しいとか?」


僕は、少しだけもったいぶって笑った。


「失礼します。そしたら、ロースターと空いたお皿、下げさせてもらいますね」


そう言って仲居さんが鮎の骨だけがきれいに残ったお皿と機械を下げて、扉を閉めて行った。

と、三分もしないうちに


「失礼します」


と、さっきの仲居さんが土釜とお茶碗としゃもじの乗ったワゴンを押して現れた。

テーブルの真ん中に土釜を置く。

もうこの時点で、何とも言えない香気が溢れ出ている。

それが更に、仲居さんが蓋を取ると…


「うわ~!!!!」


2人で声が出た。

僕は何回か食べたことがあるが、それでもこの香りは反則級だ。


土釜の中のご飯は金色に輝き、真ん中に大きな鮎が二匹、ほくほくと湯気を立てて横たわっている。


「骨抜きますね」


そう言って仲居さんが、さっきの僕と同じ手順で、でも遥かに美しく遥かに手早く鮎の骨を抜いた。


「混ぜさせてもらいます」


その鮎の身をしゃもじでほぐしながら、金色の炊き込みご飯の中に混ぜ込んでいく。

ふと舞子の顔を見ると、ただでさえ大きな目がさらに見開かれて、食い入るように土釜の中を見つめていた。


「舞子、目ぇ、落ちるで」


「わ!ごめんなさい!あんまり美味しそうだからつい!」


仲居さんも笑いながら、


「ほな、あとはこちらのお茶碗にすくってお召し上がりください。すぐにお味噌汁もお持ちしますね」


そう言って去っていった。


舞子が僕のお茶碗に、鮎の炊き込みご飯をよそってくれる。


「わー、ありがとう」


「だってハルくんに任せると、お茶碗の外にせっかくのご飯こぼすからね」


確かに。


金色のご飯の間に白い鮎の身が混ぜ込まれたお茶碗は、鮎から出た出汁と、ほんのりとしたお醤油の香りが漂って、僕達を誘っていた。


「「いただきます!!!」」


まずは一口。


「!!!!!!!!!!!!!!!」


声にならない。

いや、声など必要ない。

僕も舞子も、同時に黙々と食べ進めそうになったその時、


「失礼します」


と仲居さんの声がして扉が開いた。


「瀬田しじみのお味噌汁と、日野菜のお漬物です。あと、熱いお茶もこちらに。」


ああもう、なんという至福。

僕も舞子も、ここまでにもう充分なくらい食べていたはずなのに、全然箸が止まらない。

食べては土釜からお茶碗によそい、しじみの香りで満たされた味噌汁を飲み、また炊き込みご飯を食べ。


もう一言も喋らなかった。


最後に土釜に残った、軽くおこげになったご飯を舞子と少しずつ分け合い、

急須のお茶を注ぐ。

鮎と醤油がほんのりと香るお茶漬けに、程よく漬かった日野菜のお漬物の辛味がよく合う。


舞子は最後のお茶漬けを飲み込んだあと、しばらく何も言わず、両手でお椀を包んだまま、湯気の消えた底を見つめていた。


「どうしたん?」


「ううん。なんかね」


舞子は少し考えてから、


「…ここで食べたもの、絶対一生忘れないんだろうなって思って」


とだけ言った。


「しかしそれにしても」


僕はそう呟いた。


「「すごかった」」


とハモった。

思わず笑いが漏れる。


ちなみにデザートだけはごく普通の喫茶店でも出てくるバニラアイスだった。

なんでやねん。


◇    ◇    ◇    ◇


「「ごちそうさまでした」」


「はい、よろしお上がり。ハルヒトくん、お嬢ちゃん」


「舞子です」


「舞子ちゃん、滋賀県の鮎はどうやった?」


「本当に感動しました。ハルくん…ハルヒトさんから聞いてはいたけど、本当にすごく美味しかったです」


「それは良かったわぁ。今年の鮎も九月いっぱいやから、最後に食べてもらえて良かったわ」


「おばちゃん、ごちそうさまでした。お腹いっぱいです!」


「私もお腹いっぱいです!」


「ありがとうね。お父さんによろしく言っといて。あ、あと、もっと顔出したげや!舞子ちゃんばっかりかもてんと!」


「はい…」


やはり田舎のおばちゃんは、一言多い。


店を出ると、もうすっかり暗くなっていた。


「舞子、今日はちょっと違う道通って帰ろか」


「え?うん。いいよ。」


僕は舞子に、ちょっとした風景を見せてやりたかった。

それがあんなことになるなんて、この時は思ってもいなかったのだが。


そうだった。今日は……三連休の初日だった。

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