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第13回 男女七人春物語

「ハルヒト、この頃ホンマ付き合い悪ない?」


深夜シフト明け、上がってそのまま客になってモーニングを食べているとき、タツヤが言った。


「そう言えばそうやな、ここ二ヶ月ほど」


マサキがコーヒーをすすりながら相づちを打つ。

佛教大の学生で、北野白梅町のこの店に平日だけちょこちょこ入っているバイト仲間だ。

もう一つのバイトは三条のパブで、週末はそっちがメインらしい。


「そういや最近、OBチームの練習にも来てへんやんけ。三品先輩が『中田はどうしてん!?』って怒ってたぞ」


ヒロくんも続ける。

高校のラグビー部で一緒にスクラムを組んだ仲だ。

卒業してからもOBチームを作って、市民リーグでそこそこ本気の試合を続けている。

僕も、金毘羅さんでは不覚を取ったくせに、楕円球を持てばいくらでも走れる妙な体質をまだ引きずっていた。


「女か? 女やな?」


タツヤがニヤニヤしながら覗き込んでくる。


「そうなんか? 外大のユリカとは去年の秋に別れたはずやし」


「そのあとのお嬢様…誰やったっけ? 秋から付き合ってた子」


「薫子な。あの子も、正月に串本からタクシーで帰ってしもてから連絡取ってへん言うてたよな?」


三人が好き勝手に名前を並べていく。


「新しい女でもできたんか!? 言え!」


タツヤの詰め方はいつも通りしつこくて、しかも勘がいい。

真正面から受けていたら、そのうち本当の所に手が届きそうだ。


どうごまかすか、一瞬だけ頭が真っ白になった末に、口が勝手に動いた。


「ペット。そう、ペット飼い始めたねん、二ヶ月くらい前から。世話せなあかんねん」


「ペットぉ!?」


「お前、そんな趣味あったか?」


「何飼うてんねん。夜遊び全部断るペットて何やねん」


畳みかけてくる三人を前に、僕は勢いだけで続けた。


「ハムスター。知ってるか? 油断したらすぐ死ぬねんで。ほやから、あんま家空けられへん」


「ハムスター!?」


半分くらいは笑ってくれるかと思ったが、意外と真剣に食いついてくる。


「でもお前、そう言いながら先週はまるまる姿見えへんかったやん」


「そうそう。店の高校生の子らがマハラ連れてけって言うから、ハルヒトも誘おう思て電話したのに、全然出えへんかったし」


先週、僕は舞子と讃岐うどんを食べ歩きながら、四国の真ん中あたりを走り回っていた。

もちろん、ハムスターなど一匹もいない。


◇    ◇    ◇    ◇


高松港から、宇野行きのフェリーに車ごと乗り込んだのは、日が西に傾きかけた頃だった。

舞子は昼に食べた骨付鳥とおむすびで「もう何も入らない」と言っていたが、僕は甲板のうどんにどうしても別れの挨拶をしたかった。


さすがに、香川の町で食べたうどんたちに比べると格落ち感は否めない。

それでも、海風の中で紙の丼を手にすするその一杯は、旅の終わりをしみじみと告げる味がした。


「ハルくん、よくそんなに食べられるねー」


舞子が笑い、僕は「ラグビー部」とだけ答えた。


宇野港に着き、車はふたたび本州へ戻る。

しばらく一般道を走り、乗れるところだけ高速に乗る。

ヘッドライトの列が、夕暮れの道を流れていく。

京都まで、渋滞さえなければだいたい五〜六時間といったところだ。


カーステからはユーミンの声が流れている。

舞子は、行きには真っ暗で見えなかった景色を、窓の外にかじりつくみたいに眺めていた。


…はずなのに、三時間ほど走ったところで、急にまぶたが重くなってきた。


「舞子ごめん。次のパーキング入る。このままやとヤバい」


「え? 大丈夫?」


「ギリギリまでは大丈夫。たぶん」


「私、なんかしよっか?」


そう言うと舞子は突然、ほっぺたを指でぐいっと下に引っ張り、その隙間からもう片方の手の指で鼻を押し上げ、豚鼻にした。

横目にそれが入った瞬間、変な声が漏れる。


「ぶっ」


「やった! ウケた!」


「ありがとう。あと数キロは戦えるわ」


そんな会話をしているうちに「加西」のサービスエリアの看板が見えてきた。

駐車場に滑り込んで、僕たちは建物の方へ歩き出す。

トイレとコーヒーだけで済ませるつもりだったのだが、舞子の一言で予定はあっさり変わった。


「ねえ、なんかちょっとお腹すいてきた」


フェリーでうどんを食べたとはいえ、ラグビー部の胃袋に「さっき食べたから」はあまり関係がない。


「じゃ、ここで晩ごはんにしよか」


券売機の前で立ち止まると、横に貼られた手づくりポスターが目に入った。


「名物!かつめし」


皿の上の白ごはんに、ビフカツと茶色いソース。

見た目はやたらとそそられる。


「舞子、これにせえへん?」


「ハルくん、さっきうどん食べてたけど、こんなガッツリいけるの?」


「大丈夫。ラグビー部」


体育会系というのは、こういうとき判断を誤りがちだ。

僕は迷わず「かつめし(ダブル)」のボタンを押し、舞子は普通サイズを選んだ。


呼び出し番号を聞いてトレイを受け取り、プラスチックのコップで水を汲んでくる。

ソースの香りは期待通りだったが、味は…まあ、可もなく不可もなく。

高速のサービスエリアで出合った旅のごはんとしては、充分に「当たり」の部類だ。

ただ、ダブルはさすがにやりすぎだったらしい。


「ごちそうさまでした」


完食して席を立ったときには、胸から下がすっかり重くなっていた。


車に戻って缶コーヒーを開けた瞬間、さっきより深い眠気が襲ってくる。


「舞子、ごめん。完全にやってもうた。眠気が…」


「えー!」


「このまま運転したら、居眠りで事故って、二人まとめてあの世コースかも」


「それはダメ!」


「やんな。今日はもう、ここで寝てこう」


「うん。じゃあ、後ろの私のスペースね?」


いつから僕の車の後部が舞子の"スペース"になったのかは分からないが、もうどうでもよかった。

クッションだらけの後ろに移動して、毛布にくるまった瞬間、ビッグ・ウェンズデーの波みたいな眠気にさらわれた。


◇    ◇    ◇    ◇


目を開けたときには、車の外はすっかり朝だった。

天井の内張りをぼんやり眺めながら、昨日の流れをたどる。

そうだ、サービスエリアで寝たんだった。

…ということは。


視線を落とすと、胸のあたりに小さな頭がくっついていた。

舞子が、僕の胸に鼻先を乗せて、すーすーと寝息を立てている。


どうやら夜のどこかのタイミングで、抱き合うような体勢になってしまったらしい。


僕はそっと左腕を抜こうとしたが、その動きで舞子が目を覚ました。


「ん…んにゃ…あ、ハルくん。おはよ」


「おはよ」


お互いの顔を見た途端、なぜだか笑いがこみ上げてきた。

息がかかる距離で笑い合っているうちに、窓の外の朝の光が強くなっていく。


…あの朝の舞子は、ほんまに、ハムスターみたいに可愛かった。


◇    ◇    ◇    ◇


そこまで思い出していたところで、マサキの声が現実に引き戻した。


「おい、ハルヒト。何ニヤニヤしながらボーッとしとんねん。そろそろ眠いし帰るぞ」


時計を見ると、店内はすでに夜明け前の静けさに戻っている。

慌ててトレイを片づけ、レジで会計を済ませた。


「今度、そのハムスター見せてくれや!」


タツヤが意味ありげな笑みを残して、ソアラに乗り込んでいく。

ドアを閉める直前、一瞬だけ笑みが薄れて、真顔になった気がした。

心配してるのか、単なる好奇心なのか、タツヤ本人にしか分からない顔だった。


僕は自転車で東へ、出町柳のアパートへ戻った。


◇    ◇    ◇    ◇


その週の土曜、昼前。


「ハッルヒットくん、あっそぼー!」


玄関の外から、タツヤの声が響いた。

小学校の夏休みに、クワガタ捕りに誘いに来たときとまったく同じ調子だ。


コーヒーを片手に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に沈んでいた僕は、軽く舌打ちしてしおりを挟み、ドアを開けた。


「どうしたん、急に」


「ハムスター見せて」


「は?」


「ほやから、ハムスター見せてや。二ヶ月もかけて口説いたペットやろ?」


そう言いながら、タツヤは遠慮なく部屋に上がり込む。

昔からずっとこうだ。

こっちの事情なんか気にせず、面白そうな匂いがする方へ勝手に踏み込んでくる。


もちろん、部屋のどこを探してもハムスターはいない。

猫も、モルモットも、カピバラもいない。


どう説明しようかと頭を抱えたちょうどそのとき、玄関のドアが開いた。


「ただいまー! 今日も忙しかったー!」


ホテルのモーニングのバイトから、舞子が帰ってきた。


「あ、え、えっと、はじめまして……」


見知らぬ男が部屋の真ん中にいることに戸惑いながら、舞子はしどろもどろに頭を下げる。


タツヤはその顔を見て、一瞬だけ目を細めた。

それから、わざとらしくゆっくりと区切って言う。


「は・じ・め・ま・し・て。ハムスターちゃん」


その笑い方は、たちが悪いくらい鋭かった。

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