絶望
「(今ここで問い質すのは、悪手よね。ルークは結構気難しい性格をしているから。何より、ウチの脳筋達が余計なことを言いそうで不安だわ)話は以上よ。急遽、集まってもらって悪かったわね」
正面に向き直って、ヘイゼルは解散宣言をした。
それを合図に、各自散らばっていく。
いつもなら『せっかくの家族団欒だし、食事でも』となるところだが、全員本当に忙しいようだ。
「ねぇ、ルーク」
ヘイゼルは、立ち上がって歩き出すルークを呼び止めた。
ゆっくりと振り返る彼を前に、彼女は務めて普段通りの調子で話す。
「今夜、少し時間をもらえるかしら?」
「いいけど、何か用でも……」
ヘイゼルの思惑……というか、我が子をフォローしようとする意図に気づいたのか、ルークはピクッと僅かに反応を示した。
途端に、不機嫌そうな表情を浮かべる。
「そういうのいらないから」
気が立っているということもあり、ルークはヘイゼルの気遣いを跳ね除けた。
(プリシラより劣っているという紛れもない事実を一人気にして、悩んで……それを母上に悟られている上、慰められるなんて……あまりにも、惨め過ぎる)
爪が食い込むほど強く手を握り締め、ルークはヘイゼルを一瞥する。
「話がそれだけなら、もう行くよ」
そう言うが早いか、ルークはヘイゼルの返事も聞かずにこの場を後にした。
(嗚呼、本当に……腹が立つ。腹が立つ!)
自室に直行したルークは、怒りのままに執務机を殴る。
殴る。
そして、殴る。
「一体どうすれば、追いつけるって言うんだ……!」
『いつかはきっと』なんて幻想を抱けない程度には差があり、ルークは頭を抱える。
幼いながらも、世の中には努力じゃどうにもならない壁があるということを痛感してしまった。
────それからというもの、ルークは荒れに荒れた。
と言っても、基本他者に八つ当たりはしないし、極力苛立っている姿を見せないようにもしている。
また、ヘイゼルがさりげなく手を回して一人になれるようにしたりプリシラの近況が耳に入らないようにしたりしていたため、追加の燃料投下は避けられた────冬までは。
「時間逆行魔法……!」
自室の窓から庭を眺め、ルークはグニャリと顔を歪める。
冬本番とは思えないほど、活き活きしている花や草木を見つめて。
一気に劣等感が膨れ上がる中、庭に集まってきた騎士や使用人達が声を弾ませる。
「さすが、プリシラお嬢様!春を蘇らせるとは!」
「時間逆行と言えば、魔法の最大難問の一つですよね!それを解き明かすなんて、素晴らしい!」
「生物にも、有効なのかしら!もし、そうなら肌年齢を若返らせてほしいのだけど!」
「さすがにまだ生物は難しいらしいが、プリシラお嬢様ならそのうち出来るようになるだろう!」
そんな誰かの一言に、周囲の者達は誰一人として否を唱えない。
むしろ、『うんうん!』と共感を示した。
プリシラが、不可能を可能にするのはもはや日常茶飯事なので。
「こんなのっ……追いつける筈が、ない!」
ルークも内心『プリシラなら、いつかは』と同意していたために、強いショックを受けた。
堪らずその場に蹲り、床に手をつく。
今のルークを支配するのは、確かな絶望だった。
(双子なのに、こんなに差があるなんて理不尽だ……!プリシラが欲張って、魔法の才能を僕の分まで持って生まれたんじゃないのか……!)
あまりにも荒唐無稽で、言い掛かり同然の言い分である。
ルークだって、それは分かっている。
だが、止められない。
(プリシラより先に生まれていれば、精霊の愛し子という肩書きは僕にあったんじゃないか……!)
そう考えるものの、とても想像出来ず……ルークは歯軋りした。
イメージの世界でさえ、プリシラに勝てない自分が酷く情けなくて。
「くっ……!プリシラさえ……プリシラさえ、居なければ!僕がこんな思いをすることも、何もかも上手くいかなくて悩むこともなかったのに……!」
苦しそうな表情を浮かべ、ルークは頻りに頭を振りながら両手で髪の毛を掻き回す。
それはまるで、グチャグチャになった思考と情緒を体現しているようだった。
「そしたら、僕は幸せで……!しぁ、わせ……っ!」
違う、と……そうじゃない、と心の奥底では分かっている。
だから、ルークは言い淀んで口と体の動きを止めた。
(プリシラは何も悪くない……僕の心の問題だ。でも、こればっかりはそう簡単に割り切れないし……いっそ魔法の分野から手を引けば全て丸く収まるんだろうけど、それだけは無理だ。魔法は僕の生き甲斐で、日常で、人生だから。絶対に手放せない。手放したくない)
『嫌だ』という心からの本音を前に、ルークはふと自身の手のひらを見下ろす。
「せめて、何か一つでもプリシラより勝っているところがあれば何とか折り合いを付けられそうだけど……」




