プリシラの魔法
◇◆◇◆
────これはまだルークの身長が、両親の腰くらいだった頃のこと。
彼は早くも魔法の才能に目覚め、研究の奥深さを実感し、日々鍛錬に明け暮れていた。
(────出来た)
魔法陣の描かれた紙を見下ろし、ルークは満足そうに頷く。
「あとは、ちゃんと発動するか確認……」
椅子に座ったまま執務机の上にある魔法陣の紙を手に取り、ルークは魔力を流す。
ゆっくり、ゆっくり慎重に。魔法陣をなぞるように。
「あっ」
突然目の前の景色が変わったかと思えば、ルークは尻餅をついた。
着席した状態でライアンの執務室に転移したため、空気椅子のような体勢になってしまったのだろう。
(いたた……今度から、転移は立ってやろう)
少し痛む腰を撫でながら立ち上がるルークの前で、部屋の主たるライアンは大きく目を瞬かせる。
「ルーク?一体、いつ入ってきたんだ?」
「今。転移魔法で」
「おお!凄いじゃないか!」
驚いたように目を見開き、ライアンは惜しみない賛辞を送った。
その横で、執事のセバスもルークの偉業を褒め称える。
「転移魔法と言えば、高い空間認識能力と優れた魔力コントロール、それから飛び抜けた魔力量が必要とされます。故に、宮廷魔導師団でも使えるのはほんの一握り。ルークお坊ちゃまの将来が、楽しみですね」
「はっはっはっはっ!なんてったって、私とヘイゼルの自慢の息子だからな!」
誇らしげに顎を逸らすライアンに、セバスは微笑んで頷く。
その様子を見て、ルークは僅かに口角を上げた。
(自慢の息子か。大袈裟だな)
これは謙遜ではなく、照れ隠し。
ちゃんと喜んでいる。
「もう少し改良したら、転移魔法でどこか……旅行にでも連れて行ってあげるよ」
まだ実用段階には達していないため今すぐではないものの、近いうちに実現出来る筈だ。
「旅行か!それはいいな!楽し……」
────ドカンッ。
耳を劈くような破壊音が、ライアンの言葉を遮った。
「今のは、庭の方か?」
「ええ、恐らく」
動揺しつつも平静を保ち、ライアンとセバスは顔を見合わせる。
────と、ここで部屋の扉をノックされた。
「入れ」
「失礼します」
一言断りを入れてから、入室するのはレーヴェン公爵家の騎士ワイアット。
銀の鎧に身を包んでいるためか、彼は動く度に少し音を鳴らしていた。
「ご報告です。プリシラお嬢様が庭で魔法を使用し────」
この頃のプリシラは物作りじゃなくて、魔法に関心を向けていた。
なので、度々こういった騒動を起こしている。
「────空の風景を変えました」
「(空の風景?天候でも操ったのか?それとも、空を割ったとか)被害は?」
「いえ、特には」
「ん?」
予想外の回答に目が点になり、ライアンは一瞬固まる。
が、すぐ元に戻った。
「あれほどの破壊音がしたのに、被害0なのか?」
「はい。プリシラお嬢様曰く、あれは空の風景が変わる合図で攻撃性皆無だと。まあ、明らかに音量を間違えたとは言っておりましたが」
「(音量の問題だけでは、ない気がしますが……)」
セバスは破壊音と称すべき音の種類に、『笛やベルなどの音には、出来なかったのでしょうか』と苦笑した。
でも、決して口には出さない。
「ただ、そうですね……直接の被害ではありませんが、突然の爆音や見慣れないオーロラに驚いてものを落とすなどの二次被害は多々ありました」
「オーロラ?」
不思議そうに首を傾げ、ライアンはワイアットを見つめる。
すると、彼は窓の方を手で示した。
「あれです」
百聞は一見にしかず。口頭で説明するより見てもらった方が早いだろう、と判断したらしい。
ライアンやセバスはワイアットに促されるまま、窓の外……いや、空を瞳に映して呆然とした。
そこには、確かに虹色のカーテンみたいなものがあったから。
(……綺麗)
思わずルークも目を奪われ、ただただ立ち尽くす。
そんなとき、またあの破壊音が鳴り響いた。
かと思えば────空の風景が、パッと変わる。
「ほう?今度は虹か!素晴らしい!こんな魔法もあるんだな!」
感動を露わにして、ライアンは頬を緩めた。
その刹那、セバスが横から口を挟む。
「いえ、恐らく既存のものではなく────プリシラお嬢様の作成した新しい魔法かと(ああいった効果の魔法など、生まれてこの方聞いたことがありませんし)」
「「「!」」」
ライアンやルークのみならず、報告に来たワイアットまで大きく息を呑んだ。
それも、その筈。新しい魔法なんて、今の時代滅多に生まれないから。
まず、第一に大体の魔法は既にある。
魔法文化の発展により使用魔力の軽減や手順の簡略化と言った改良は時々あるものの、それだけ。
完全新作を考案したければ、実現不可能とされた魔法に挑戦するか全く別の理論を用いた魔法を構築するしかない。
(新しい魔法……既存の転移魔法を使えるようになっただけの僕とは、比べ物にならないほどの……)




